レールが繋がる場所

 一年後、廃線が決定した。反対する者はいなかった。この町の者ですら、もう仕方ない、と言うような状況だった。町内を走る循環バスもあるし、電車がなくなったところで何も問題なかったのだ。さみしいという感情だけで物事を留めておくのは非常に難しい。
 保科は廃線と共に退社した。退社はしたのだが、駅の仮の管理者となった。この町の自治会に頼み込んでのことである。
 この駅を今後どのようにするかはまったく決まっていない。ただ、残しておいてほしいという宮川のためだけに動いている。
 使わなくなった路線は急速に劣化していく。夏は草が生い茂り、景観が悪くなった。一人でどうにもならないときは、自治会から業者に頼んでもらった。
 相変わらず、駅はコミュニティーの場として使われている。老人たちの散歩コースにあるこの駅には、毎日数人が立ち寄る。電車が来なくなっても、人は来ていた。
 保科は自宅にある古いテレビを駅に設置した。すると、老人たちはたいそう喜んだ。若者はスマホだろうが、年寄りはテレビなのである。
 冷えてきたので、ストーブを出し、その上にやかんを置いた。老人たちはコーヒーとストーブで暖を取りながら、テレビを見て、会話をし、満足して帰っていく。
 夕方。駅を閉める前に保科は一人でニュースを見た。
 聞き慣れた声がした。桂の声だ。そして、画面の中には、見慣れた風景が現れる。この駅だった。
 自分も映っていた。ちょっとしたドキュメンタリー番組のように編集されている。
 『地域のこれから』と題するそれは、慶海線の廃線を中心に組み立てられていた。
 さみしい、という言葉が何度も繰り返される。その大半は自分が口にしていた。
 場面が変わった。町内にある神社と宮川が映し出される。初詣の様子だろうか。桂にマイクを向けられた彼は、少しだけ緊張した面持ちをしていた。
『僕がやりたいことって、絶対成功するようなことじゃないんですよね。先生からも、親にも反対されました。この町から出ていくことについては、ちょっとだけ、申し訳ないなとも思います。やっぱり、地域には若い人がいたほうがいいじゃないですか。町の人たちの気持ちも分からないではないし。都会に一度出たら帰ってこなくなると思うのも分かりますよ』
 賽銭箱に小銭を投げ、鈴を鳴らし、手を合わせた。その時、宮川は何を願ったのだろう。
『――僕は、ゆくゆくは、この町に恩返しがしたいと思っています。そのために、一度、町から出ます。向こうでたくさんのことを学んで、それを、この町に持って帰りたいんです。それだけは分かってほしい。出たきりにはならないって』
 一体誰に向けた言葉なのだろう。反対する教師に、母親に、彼が出ていくことをさみしく思う住民にだろうか。
 思うことはたくさんあるのだろう。カメラに胸中を打ち明けている宮川の姿は、試験に向かう時の宮川と重なった。
 受験に臨む宮川の姿は、今見ても、立派だと思う。
 その背中を叩く自分。改札を抜ける宮川。松本はうまく撮っていた。
 場面が変わり、知らない土地が映し出される。都会のようだ。桂はマイクを手にし、大学の紹介をはじめた。
『さて、ここが宮川くんの通う大学です。彼は現在、ここに通い、少子高齢化の進む地域をどう活性化させるかを学んでいるようです』
 小綺麗な教室の中に、他の生徒と共に話し合い活動をしている宮川が映し出されていた。
 教鞭をとる教師は男性だった。地図やグラフを見ながら、保科には分からないことを話し合っている。
『このコースはどんなことを学ぶのですか?』
『現在は、地域にある魅力的な財産をどう活かすかについて考えているところです。新しく創るのではなく、今あるものをどう使うか。どう広げていくか。彼らと一緒に考え、ゆくゆくは、何か活動できたらと思っています』
 そこでテレビを切った。
 駅のシャッターをおろし、駅舎を見上げた。
 今年もまた雪が降る。そのうち、あの年寄りがまたしめ縄を持ってくるだろう。真っ赤な円筒ポストはうっすらと白い帽子を被っている。
 駅はずっとここに留まっている。その中で、物事はいろんな方向に進んでいく。
 遠くでは宮川が新しいレールを敷いている。それが数年後、ここに繋がるのが分かった。それが今から楽しみで仕方がない。
 物事が移ろうことは、全くさみしいことではない。新しい何かに繋がり、そこからまた進んでいく。
 あの時、彼の背中を思いっきり叩いて見送ったことを、保科は誇りに思う。
5/5ページ
スキ