レールが繋がる場所
共通テストのことを、相変わらずセンター試験と言ってしまう。
この駅で受験生を見送るのは、今年が最後だろう。そう思った保科は、できる範囲で準備をした。
使い捨てカイロに、万が一のための消しゴムと鉛筆。こういうのは会場でも配布されていそうだが、別にたくさんあってもいい。
遅延を知らせるための黒板には『宮川くん頑張れ』と書いた。
宮川はいつもの制服、コート、マフラーの格好で、いつも通り、日が登る前に駅にやってきた。今日はさすがにトイレに行きたくなるだろうからコーヒーは控えた。
いつもと違ったのは、単語帳もノートも出さず、じいっと改札の向こうを見ていたことだ。
紙袋に入れたカイロたちを渡すと、宮川は少しだけ驚いて、照れくさそうな顔をした。
「わざわざありがとうございます」
「いいんだよ。俺がしたかっただけだから。今日はもう勉強はしないのか」
「今したって、余計に緊張するだけです。不安にならないように今までしてきたので、大丈夫だと信じてます」
「そうか。偉いな」
宮川はその言葉を聞いた途端、俯いた。
「……そんな風に言ってくれる人、保科さんしかいません」
「どうして」
「高校の先生は、僕の進路にあまり賛成していなかったんです。高校の実績のこともあって、僕にもっと難しい大学を薦めてきました。学力は申し分ないんだから、難関大を目指してもいいって。簡単な大学を選ぶのは手抜きだ、みたいな空気、ありましたね。母もあまり遠くには行ってほしくないみたいで、一人暮らしにも反対していましたから。この町の人たちだって、若い人が出ていくことを、あまりよく思ってないでしょう。いろんな反対も押し切って、大学を選んでるんです」
カイロの封を切って、両手で包んだ。手袋をしていない手は、少し荒れている。
宮川がどうして突然、そんなことを保科に語りだしたのかは分からないが、教員にも、母親にもできなかった話なのだろう。
「保科さんも、さみしく思いますよね。僕が出ていけば、廃線の話はかなり現実的になるでしょうし」
「そりゃな。でもそれは、君をここに留める理由にはならない。高校の事情も、親の事情も、町の事情も、この会社の事情も、君の人生とは無関係だ。宮川くんは大丈夫だろ。やりたいことがはっきりしてるんだろうし。自分で敷いたレールの上を走ればいい」
こくん、と頷いた。
こうやって力強く送り出してやる人がいないのなら、自分が送り出してやろう。保科は宮川の背中をどん、と叩いた。
ホームに電車が滑り込んでくる。自慢ではないが、この路線は雪には負けない。毎年といっていいほど寒さが厳しくなるこの時期だが、必ず会場に届けてくれることだろう。
「行ってきます」
「頑張れよ、行ってらっしゃい」
それらを、例のリポーターとカメラマンに取材されていた。
継続的に取材に来るとだけ聞いていたが、この日に来るとは思っていなかった。
「前、廃線についてどう思うかって、質問してきたな」
桂の手にはマイクはなかった。松本はカメラを回している。
「……さみしいよ。この路線、俺もよく使ってたし。彼が町を出ていくのもさみしい。この駅がなくなるかもしれないのもさみしく思う。でも、さみしいからって、何かを留めておくのも違う気がするんだよ」
スコップを手にして、駅の外に出た。もう宮川のつけた足跡が消えてしまっている。
保科は黙って雪かきをした。その様子を、桂と松本はじっと見守っていた。
この駅で受験生を見送るのは、今年が最後だろう。そう思った保科は、できる範囲で準備をした。
使い捨てカイロに、万が一のための消しゴムと鉛筆。こういうのは会場でも配布されていそうだが、別にたくさんあってもいい。
遅延を知らせるための黒板には『宮川くん頑張れ』と書いた。
宮川はいつもの制服、コート、マフラーの格好で、いつも通り、日が登る前に駅にやってきた。今日はさすがにトイレに行きたくなるだろうからコーヒーは控えた。
いつもと違ったのは、単語帳もノートも出さず、じいっと改札の向こうを見ていたことだ。
紙袋に入れたカイロたちを渡すと、宮川は少しだけ驚いて、照れくさそうな顔をした。
「わざわざありがとうございます」
「いいんだよ。俺がしたかっただけだから。今日はもう勉強はしないのか」
「今したって、余計に緊張するだけです。不安にならないように今までしてきたので、大丈夫だと信じてます」
「そうか。偉いな」
宮川はその言葉を聞いた途端、俯いた。
「……そんな風に言ってくれる人、保科さんしかいません」
「どうして」
「高校の先生は、僕の進路にあまり賛成していなかったんです。高校の実績のこともあって、僕にもっと難しい大学を薦めてきました。学力は申し分ないんだから、難関大を目指してもいいって。簡単な大学を選ぶのは手抜きだ、みたいな空気、ありましたね。母もあまり遠くには行ってほしくないみたいで、一人暮らしにも反対していましたから。この町の人たちだって、若い人が出ていくことを、あまりよく思ってないでしょう。いろんな反対も押し切って、大学を選んでるんです」
カイロの封を切って、両手で包んだ。手袋をしていない手は、少し荒れている。
宮川がどうして突然、そんなことを保科に語りだしたのかは分からないが、教員にも、母親にもできなかった話なのだろう。
「保科さんも、さみしく思いますよね。僕が出ていけば、廃線の話はかなり現実的になるでしょうし」
「そりゃな。でもそれは、君をここに留める理由にはならない。高校の事情も、親の事情も、町の事情も、この会社の事情も、君の人生とは無関係だ。宮川くんは大丈夫だろ。やりたいことがはっきりしてるんだろうし。自分で敷いたレールの上を走ればいい」
こくん、と頷いた。
こうやって力強く送り出してやる人がいないのなら、自分が送り出してやろう。保科は宮川の背中をどん、と叩いた。
ホームに電車が滑り込んでくる。自慢ではないが、この路線は雪には負けない。毎年といっていいほど寒さが厳しくなるこの時期だが、必ず会場に届けてくれることだろう。
「行ってきます」
「頑張れよ、行ってらっしゃい」
それらを、例のリポーターとカメラマンに取材されていた。
継続的に取材に来るとだけ聞いていたが、この日に来るとは思っていなかった。
「前、廃線についてどう思うかって、質問してきたな」
桂の手にはマイクはなかった。松本はカメラを回している。
「……さみしいよ。この路線、俺もよく使ってたし。彼が町を出ていくのもさみしい。この駅がなくなるかもしれないのもさみしく思う。でも、さみしいからって、何かを留めておくのも違う気がするんだよ」
スコップを手にして、駅の外に出た。もう宮川のつけた足跡が消えてしまっている。
保科は黙って雪かきをした。その様子を、桂と松本はじっと見守っていた。