レールが繋がる場所

 宮川の通う学校が年末休業に入った翌日、近所に住んでいる老人がしめ縄を持ってきた。コミュニティーセンターでしめ縄を作る会が催されたらしい。
「もういいのに、寒い中」
「ええって、ええって。こんくらい」
 杖をつきながら、ゆっくりと腰を下ろす。保科が持ってきたコーヒーを震える手で受け取った。身体が小刻みに震えているのは寒さからではない。数年前から彼はずっと震えている。
 毛糸の帽子の下はつるっぱげの爺さんだ。腰も曲がっていて、家でじっとしていればいいのに、しょっちゅう駅に遊びに来る。
 彼の作ったしめ縄は立派なものだった。まだ青い稲を使っていることから、これのために稲を収穫したのだと思われる。
「あの子がおるじゃろうから」
「宮川くん?」
「そうそう。幼稚園から毎年なあ、しめ縄作りしとったけどなあ、あの子は筋がええ」
 また昔話がはじまった。毎年聞かされるから、もう覚えている。
 保科は相槌を打ちながらしめ縄を改札口の横に飾った。
 幼稚園、小学校と、毎年二学期の終わりにしめ縄作り体験が行われていたらしい。話もよく聞くし、利口で、手先も器用。彼のこの評価は、保科の彼に対するイメージとさほど変わらない。
 たった一人の子ども。地域住民からたっぷりと愛されていた。その愛を、重苦しいとも思っていないようだし、とても素直な子だと保科も思う。
「あの子の母親、もともとは都会におったんじゃろ」
「それは知らんけど」
「あれ、知らん?」
「知らん知らん。そんな話するわけない」
「宮川さんとこの一人娘でな。都会で作った子を連れて帰ったんよ」
 教えてとも言っていないのに、べらべらと喋る。こういうところが、田舎らしい。その家の者がわざわざ喋ったわけでもないのに、家のことが筒抜けなのだ。どこまでが事実なのかは保科には分からない。
「ほんま小さい頃の話。でもまた、都会に出るんじゃろ」
「県外とだけしか聞いとらんよ。まあどこ行っても、ここよりは都会でしょうな」
「さみしくなるなあ」
 さみしくなる。誰もがそう思っている。保科もその一人だ。
 だが、彼の歩む道を阻む理由にはならない。彼だって薄々は感じているだろう。この町の住人が彼のことをどう思っているかなんて。
 若い者は皆、都会に出ていってしまう。年寄りはそう言うが、それは仕方のないことだ。保科はどちらかといえば、この町の外に行ってほしいとすら思っている。
 保科もこの鉄道会社に勤めはじめたころは都会にいた。この町と似たような田舎に住んでいて、都会には憧れがあったのだ。だから大きな駅で働くことが決まった時は、とても嬉しかった。
 大きな駅の中で、大量の人々を見送った。大量の人々の間にある人間関係に揉まれた。どれもこれも、田舎では絶対に経験できないものだった。それらを経験したことは、自身にとって、財産であるとも思っている。
 どちらがいいとかではない。どちらかでしか得られないものがある。田舎は田舎にしかないものがあるし、都会は都会にしかないものがある。田舎を知っているのなら、都会も知っていて損はない。
「ほんなら帰るわ」
 紙コップをくしゃりと握りつぶし、身体を震わせながら立ち上がった。
「タクシーで帰る?」
「そうしよ。呼んでくれる?」
「はいはい」
 電話をしているあいだ、雪が強くなった。今夜は吹雪くかもしれない。こういう日、都会ではすぐに運休になった。だが慶海線は慣れっこなので滅多に止まらない。
 老人がタクシーに乗るところを手伝い、見送りをしたあとは、また一人になった。電車は一時間に一本か二本しか通らないし、客はいない。
 年末年始はとても静かなものだった。
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