レールが繋がる場所

「慶海線の廃線が検討されていますが、これについてどう思われますか?」
 女性リポーターから、ずい、とマイクが出された。
 正直なところ、どう思いますか、と言われても――と言いたいところだった。言葉を濁した中には、当然、様々な思いがあるのだが、それを一つずつニュアンスの違いなく表現することは困難だった。
「地元住民から長い間親しまれてきた路線ですから、それがなくなるというのは、さみしいものがありますね」
 テンプレートのような、きれいな回答であるとは思う。なくなるのは、さみしい。胸中にある感情の中の一つであることは間違いではない。嘘は言っていない。
 帽子を脱いで、降り積もった雪をはたき落とした。
 慶海線は、その名の通り、海沿いを走る路線である。ずっと海が見える場所を走っているというわけではなく、ここのように、降雪量の多い谷間に入ることもある。
 白雪駅という愛称を持つ駅。保科はここの駅長である。定年退職を考え始める頃になって、ここの駅長になった。保科の頭も、この地に降り積もる雪のように白くなった。最初は恥ずかしく思ったが、今ではもうなんとも思っていない。帽子を深く被り直し、カメラに向き直った。
「どうぞ、ストーブがありますので。ここでは寒いでしょう」
 男性カメラマンの鼻は寒さで真っ赤だ。まだ新人だろうか、二十代前半のように見える。歯をがちがち鳴らしていた。保科のこの一言で、彼の表情がほっと和らいだ。
 駅に入ってすぐ目の前に改札口、改札口の隣に切符売り場兼事務室と、至って普通の小さな駅である。
 事務室の前には木造のベンチとテーブル、灯油ストーブがあった。ベンチには地元の人が編んでくれた毛糸の座布団が置かれていた。ストーブの上にはやかんが置いてある。
 カメラマンはそのスペースをカメラで撮っていた。一通り撮影したあと、再度、リポーターと保科にカメラが向けられた。
「このアットホームな感じがいいですよね」
「私がここに来た時にはすでにこんな感じでした。そこにある生け花も地域の方が持ってきてくれたものですね。長い間、そうやって愛されていたんだと思います」
 そこで保科に対する取材は終了した。リポーターから名刺が渡される。今後、何度か取材があるかもしれないからと名前を覚えた。桂さん。ショートカットという容姿と滑舌の良さから溌剌とした印象を受ける。
 一方のカメラマン、松本は、いかにも機械が好きそうな、口数の少ない男だった。桂の後ろでぼうっとしている。
 二人が待っているのは、ここを利用する学生の帰りだった。
「コーヒーいりますか。ここ、自販機ないですし、到着までまだ時間がありますから」
「あっ、すみません。ありがとうございます」
 事務室に戻って、紙コップにインスタントコーヒーの粉末をいれる。ストーブの上にあったやかんから湯を注いで二人に渡した。
 その間、桂はぼうっとしていた松本を小突く。この一連の流れも撮られた。
「これを利用客に?」
「まあ、そうですね。散歩ついでに寄るだけの方もいますし、ここが交流の場になっているところはあります。学生さんもここで自習している時もあるんですよ。日が昇る前からいて。すごいですよ、彼は」
「そうなんですね」
 保科が本来の仕事に戻った後も、二人は撮影を続けていた。木造の駅舎なので、やや物珍しさがあったのだろう。良くも悪くも田舎らしい。駅のトレードマークは白い雪の中で映えている真っ赤な円筒ポストだ。白い帽子を被ったポストはどこか可愛げがある。誰も使っていないので回収も来なくなってしまったが、そのまま残されていた。
 駅を撮影し終えたあとはホームに入り、通過する電車を撮影していた。
 それから数分後、赤錆色の電車が停車する。松本がカメラを担ぎ、撮影の準備をする。
 降りてきたのは、男子高校生。詰襟の学生服の上に分厚い黒のコートを着て、首には群青のマフラーを巻いている。手には大きな鞄と英単語の本があった。
「おかえり、宮川くん」
「ただいま、保科さん」
 その様子も撮影されていた。
 宮川は桂たちに会釈をする。自分が取材されることは知っているようで、そのまま足を止めた。
 保科は離れていたので会話を直接聞いたわけではないが、宮川も保科と同じようなことを質問されたのだろう。
 毎日利用しているのは、彼しかいない。ここから一時間かけて高校に通っている。そんな彼は三年生。希望する大学は県外であるため、彼が卒業すれば客は実質ゼロになる。
 慶海線の廃線が検討されるのは当然のことだった。この状況は、この駅だけに限った話ではなかった。少子高齢化、人口減少が加速している地域だ。このまま残していても赤字になるだけ。会社としては今すぐにでも廃線にしたいところだろう。
 そのようなことを考えているうちに、桂と松本は取材を終え車に戻っていた。取材から解放された宮川はほっとした表情をしている。これから宮川は徒歩で家に帰る。英単語帳を鞄にしまっていたところに声をかけた。
「二学期はいつまでなんだ」
「補講は二十八日までです」
「そうか。順調か?」
「落ちることはないと思いますけどね。まあ、一応」
 彼が目指している学校はそこまで難しくないという。やりたいことができればよかったので、無理に難しい大学を選ぶ必要がなかった。本番で不安にならないようにするために勉強をしているような感じだった。
 ずっと地元の小学校、中学校にいて、高校ではじめて地元から出た。一年生だった彼は真新しい制服に身を包み、どこか初々しさもあったのだが、今はもう立派な受験生だ。随分と背が伸びた。精悍な顔つきをしていて、もうじゅうぶん大人といえる青年だった。
 朝、保科が駅を開けて、ストーブの火を点ける時にはもう宮川は駅に来る。ストーブの前に座り、テーブルの上にノートを出し自習をする。
 その様子もカメラで撮影されていた。桂はおらず、松本だけが撮影に来ていた。
 どうやら、二人のいつもの様子を撮りたいらしい。
 ノートに向かう宮川に、コーヒーを持っていった。朝食はいつも学校近くのコンビニで買うパンやおにぎりと聞いているので、砂糖とミルクをたっぷり入れている。糖分がないと、頭が働かない。
 それからの二人の間には会話はない。保科は黙々と仕事をするし、宮川も黙々と勉強をする。
 空が白くなってきたところで、宮川はノートを閉じ、改札を通る。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
 その二人のやりとりと、宮川が電車に乗り込むところを撮影し、松本はカメラをおろした。
「いいの撮れたか」
 保科が一言かけると、松本はこくんと頷いた。
 その仕草は、一年生だった頃の宮川を彷彿とさせた。
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