瑠璃色の星

 高校を出たあと、僕は専門で刺繡の腕を磨き、日奈子さんは経営を学んだ。 
 進路は別だったけれど、同じ県内ということもあって、頻繁に会っていた。僕が一人暮らしするようになって、日奈子さんが遊びに来る回数が増えた。
 僕らは三年生になった。
 今年の冬はやたらと寒かった。高三の冬を思い出す。
 あの年も寒かった。雪が降って、何度か電車が止まった。そういう日は、日奈子さんに付き合って、二人でだらだらとカフェで過ごした。もちろん僕は刺繡をしていて、たまに日奈子さんのおしゃべりに相槌を打つような感じだった。
 その感じは、高校を出てからも、僕らは何も変わらなかった。
 あれからもう数年経って、僕らはまた自分たちのこれからの道を考えなければならなくなった。
「ねえ、エンジェル業。またやらない?」
 ミシンを止めて、僕はずり落ちていた眼鏡を上げた。
「なんて言った?」
「だから。エンジェル業。またやらない? 今度はちゃんと仕事で」
 針を上げて、電源を落とす。ちゃんと聞かないといけない話らしい。
「エンジェル、まだやめたわけじゃないんでしょ」
「それはそうなんだけど、自然消滅したと思ってた」
「じゃあ、やろう。千尋は縫ってるだけでいい。それ以外のことは私が全部する。あの頃みたいに、私が届けてあげる。私、あれ、めっちゃいいと思うんだよね。千尋は満足いくまで刺繡できる。私は千尋の刺繡が広がっていくのを見ることができる。よくない?」
 カバンから出てきたのは、高三のクリスマスに贈ったスカーフとハンカチだった。綺麗に折りたたんでいたそれを開くと、ヘリオトロープの花がぱっと咲く。
 今見ると、相当、拙いなと思った。それもそうか。もうあれからだいぶ経っている。
「それ、まだ持ってくれてたんだ」
「捨てるわけないじゃん、何言ってるの」
「縫い直すよ、それ。今の僕なら――」
 手を伸ばすと、日奈子さんはさっと手を後ろに引いた。
「やだ。これがいい」
「なんか恥ずかしい」
「昔のが残ってるからいいんでしょ。これは私の出発点」
 壁にかけている、祖母からもらった額縁を見る。僕が中学生の頃に刺繡に抱いた気持ちを、日奈子さんも抱いているのだと思うと、なんだか胸が熱くなる。
「私も調べたよ。花言葉。夢中だけじゃなかったじゃん」
「なんだったっけ。それしか覚えてない」
 献身。
 日奈子さんは手の中に瑠璃色の花を咲かせながら、そう言った。
「やるでしょ、エンジェル」
「――うん」
 この人は本当に、その名と花の通りだなと思う。いつも、僕の世界の空で光り、進むべき道を示し、照らしてくれる。周囲を見ることを忘れてしまう僕は、ずっと日奈子さんを見ていれば迷うことはない。
 瑠璃色の星だ。日奈子さんは。
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