4章

「え、何、人間がいるの? 通りで……、とりあえず助けに行かなきゃね」
 挨拶を終えると、夜警の少女は言った。夜警は話に聞いていた通り、リュートと名乗った。星屑の手袋で包んだ手を差し出されたので、エリアスも手袋をしたまま握り返すと、あどけない顔で笑ったのだった。
 エリアスとハルムが事情を話すと、リュートはすぐに光の妖精を従えたまま、市庁舎の地下に向かった。夜警の居場所を伝えるかのように、からん、からん、とベルが音を立てる。市庁舎は大理石でできていた。大掛かりな建造物で、これもまた人間が作ったのだろうと察することができた。誰もいない役所内を歩き、地下階段に繋がる扉の前まで来る。リュートはドレスの中から鍵束を取り出したが、鍵を見つけるのには時間がかかった。早くゲルダの元に行きたいエリアスにとっては苛立つ時間だった。
「分かるようにしていないのか」
「夜警がこんなところに来ることが珍しいのよ。過去の産物である地下牢なんてもう長いこと使われてないわ。というか、どうしてここに人間がいるって分かったの?」
 あー、あったあった、とのんびりと言いながらリュートは扉の鍵を外す。ぎい、と、錆びついた扉がゆっくりと動いた。現れたのは闇に続く階段だった。
「ゲルダのまじないが聞こえたんだ」
「まじない? ああ、なるほど、そういうこと」
 リュートが一人で納得をしている。何がなるほどなんだ、とエリアスは思ったが、今はそれよりも先にゲルダだ。明かりのない闇を光の妖精たちが照らす。
 リュートを先頭に、長い長い階段を降りる。リュートにとっては段差が大きいみたいで、一段一段ぴょんぴょんと飛び降りていた。そのたびにベルが響く。階段は螺旋状になっていた。ここをくり抜いたのも人間なのだろうか。街の様子を見ていると、人間を奴隷にして街を築いたという伝説もあながち嘘ではないように思える。
 長い螺旋階段の先には、ぽっかりと空いた空間が広がっていた。空間をぐるりと包み込むように鉄格子が張り巡らされている。
 そこに一人の小人がいたが、リュートはさっさと光の妖精に命じて小人を消した。
 彼もまた亡霊だった。
 亡霊が従えていた妖精が解放され、リュートの元に泣きながら飛んでくる。リュートはその妖精の頭を撫でて「お待たせ」と言った。リュートに抱かれた光の妖精は大粒の涙を流し、怖かったのだと言った。
 人間はどこ、と聞くと、光の妖精が鉄格子の中を指さした。光の妖精たちがその場所を明るく照らす。
「ゲルダ!」
 ゲルダは壁に寄りかかって目を閉じていた。眠っているのだろうか。
「ゲルダ、起きろ!」
 エリアスは居ても立っても居られず、握っていた鉄格子を揺らした。すると、錆びついた部分がぼきっと折れた。エリアスが申し訳無さそうにリュートを振り返ったのがおかしくて、リュートは笑いながら鍵束を出した。
「すまない……」
「だから、ここはもう使ってないって言ったでしょう? ここは昔、奴隷の人間たちを収容していた場所なの。今はもうそんなことしていないわ。きっと、あの亡霊たちは、その時代を生きた小人たちだったのでしょうね」
 なんとか鍵を見つけ出し、鍵を開ける。
 エリアスはゲルダの元へ駆け寄り、肩を揺らした。ゲルダの頬には涙の跡があった。
 エリアスはゲルダを抱きしめ、ハルムはゲルダの頬にキスをする。うっすらと目を開けたゲルダは、エリアスの背中に腕を回した。
 その様子を見ていたリュートは、そういうことね、と独り言を呟いた。
「ねえ、私は住民たちに状況を伝えに行くから、あなたたちはあとでホームに来て。市役所の目の前にあるから。すぐ分かると思う。話があるの」
「ああ、分かった。ここまでありがとう」
 エルフの王子ともあろう者が、夜警に礼を言った。エルフってこんな他人に礼を言うような種族だったかしらと思いながらリュートは地上に戻った。
 小人の亡霊に捕らえられていた光の妖精だけが地下に残る。
「ゲルダ、体は大丈夫か?」
「うん」
 エリアスに苦しいほど抱きしめられ、ゲルダは頷くので精一杯だった。
「何かへんなこと言われなかった?」
「大丈夫だよ、ハルム。ありがとう」
 エリアスはしばらくゲルダを離さなかった。その様子を見ていた光の妖精は、こっそりハルムに言った。
「風の妖精がこの状況を面白がってないのが不思議だわ」
「うるさいわね。これには事情があるの」
 そう、事情があるのだ。二人の胸の内を知っているハルムは、この二人をもう笑いはしない。光の妖精はそんなハルムを見て、へえ、と頬杖をついた。
 詳しいことはまだ分からない。けれど、ゲルダが、夜の国に来たことを後悔しているのは契約石から伝わってくる。
 ハルムはまだそれをエリアスには言っていない。言ってはいけないと思ったからだ。
 ハルムは唇に人差し指をあて、今は喋るなと光の妖精に伝えた。
 エリアスとゲルダの心が落ち着くまで、ハルムは黙って待った。二人は身じろぎせず、お互いの存在を確認し合っていた。
 
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