4章
小人の街は建物で溢れていた。大小様々な家が軒を並べている。
エリアスの胸の高さまでしかない家もあれば、人間でも住めそうな家もある。不揃いで、がたがたした景観だった。ほとんどの家は木造で、これだけ密集していれば、もし火災が起こった時はあっという間に広まってしまうだろうとエリアスは思った。
人通りはなく、エリアスの足音がコツコツと寂しく響く。
小人は夜になると、家に引きこもってしまうのか、と思ったが、家々の窓からは光は漏れていなかった。街灯がぼんやりと街を照らすのみだった。
よく見れば、ランプの中には光の妖精がいた。ランプの中にちょこんと座って、羽根を休めている姿は見れたが、表情までは見ることができなかった。先の消えてしまった小人も、妖精をカンテラに入れていた。小人はこうやって明かりを得ているようだ。
しかし、ハルムはそれを見て、可哀想、と声を漏らす。
「あれは、可哀想なことなのか」
「私にとっては。私は物語といたずらを好む風の妖精だから、閉じ込められるのは嫌い。でも、光の妖精にとっては、あれはあれで、幸せなのかも。妖精はそれぞれ持つ力も好むものも違うから。火の妖精の中には、好き好んで小人の家の暖炉やかまどに住まう者もいると聞いたことがあるわ」
「では、なぜ家から明かりが漏れていない? まだ眠るには早い時間だと思うが」
窓に光を遮るものがあるとは見えない。ハルムは小さな家の窓を覗いてみたが、小人の姿は確認できなかった。
もぬけの殻、という言葉がぴったりだ。まるで気配を感じない。
ここの地区だけがそうなのかもしれないと、ハルムは別の地区に向かうことを提案した。
用水路に沿って歩いていると、今度は商店街のような場所に出た。エリアスにとっては店というもの自体が初めてで、ハルムに何をするところなのかと聞いた。物を買ったり売ったりするところだと言われても、その売り買いのことも知らなかったので、エリアスにとっては別世界のようだった。
何か絵が描かれている看板がぶら下がっていたが、虚しく、風に吹かれ、揺れているだけだった。ここも明かりがない。
「この絵はなんだ?」
「お酒ね。飲んだら、気分が明るくなるの。エリアスは飲んだことない?」
「ないな。俺たちは花々の蜜を集めたものを水で薄めて飲むから」
「そうなの。まあ、そうね、森のエルフにとっては毒なのかもしれないわね。エルフってなんか体が繊細そうだし」
エリアスも長身ではあるが、体は細い。それに、肌は白い。酒を飲んだところを見てみたいと思ったが、愉快になるより先に倒れてしまいそうだった。
ハルムは酒場という場所がどんなところかエリアスに話をした。
食事処であり、ここに来る人は酒を飲む飲まないに関わらず、会話をするのだと教えた。人々が集まり、それぞれ話を持ち寄り、語る。噂と物語に溢れる場所なのだと。実際、ハルムは酒場に来たことはなかった。風の妖精たちが風に乗せて物語や噂話を広めている中に、「これは酒場で聞いたんだけど」というものが数多くあった。
こういう人が、ああいう人に恋に落ちたの。でも失恋して、酒を飲みすぎて倒れたの。惨めな姿を晒して、店主に締め出されてたわ、おかしいわよね。
そうやって、風の妖精は面白おかしく、くすくすと笑う。酒場での話はそうやって馬鹿にすることが多かった。しかし、酒場には吟遊詩人のような者もいて、感動的な話を披露することもあった。妖精たちは、またそれを風に乗せて運ぶ。とにかく酒場は噂と物語に溢れていて、風の妖精たちにとってはとても面白い場所だった。
話が盛り上がるのは夜。特に、この小人の街の商店街は、夜になっても眠らないと言われているはずだ。ハルムの知る小人の街の商店街は、こんな静かな場所ではなかった。
「あの消えた小人のこともあるし、何か起こってるって考えたほうがいいわね」
「そうか。この街の様子はおかしいのだな」
エリアスとハルムは商店街を抜け、街の中央に向かうことにする。中央には市庁舎があるはずだ。それから、夜警の拠点であるホームも。噴水広場があり、そこでは水の妖精が遊んでいると聞いている。
夜警は小人の街にいる全ての妖精を従える最も力のある小人だ。その夜警と会えればゲルダのことも解決するに違いない。今、小人の街で起こっていることについても、夜警なら何か知っているかもしれないとハルムは考えた。
ハルムはエリアスにとにかく夜警を探そうと提案する。エリアスも同じことを考えていたようだった。
広場の目印になるのは、市庁舎の塔。この街で最も高くそびえ立つ塔が目印だった。
路地は入り組んでいた。塔に向かって伸びている道かと思えば、大きく曲がってあらぬ方向に導こうとする。分岐も山程あり、どの道が正解か分からない。
「ハルム、上から道を見てくれないか」
「分かった」
頭上からの指示に従い、エリアスは道を急ぐ。
ゲルダがとにかく無事であることと、夜警に会えることを祈りながら走った。
エリアスの胸の高さまでしかない家もあれば、人間でも住めそうな家もある。不揃いで、がたがたした景観だった。ほとんどの家は木造で、これだけ密集していれば、もし火災が起こった時はあっという間に広まってしまうだろうとエリアスは思った。
人通りはなく、エリアスの足音がコツコツと寂しく響く。
小人は夜になると、家に引きこもってしまうのか、と思ったが、家々の窓からは光は漏れていなかった。街灯がぼんやりと街を照らすのみだった。
よく見れば、ランプの中には光の妖精がいた。ランプの中にちょこんと座って、羽根を休めている姿は見れたが、表情までは見ることができなかった。先の消えてしまった小人も、妖精をカンテラに入れていた。小人はこうやって明かりを得ているようだ。
しかし、ハルムはそれを見て、可哀想、と声を漏らす。
「あれは、可哀想なことなのか」
「私にとっては。私は物語といたずらを好む風の妖精だから、閉じ込められるのは嫌い。でも、光の妖精にとっては、あれはあれで、幸せなのかも。妖精はそれぞれ持つ力も好むものも違うから。火の妖精の中には、好き好んで小人の家の暖炉やかまどに住まう者もいると聞いたことがあるわ」
「では、なぜ家から明かりが漏れていない? まだ眠るには早い時間だと思うが」
窓に光を遮るものがあるとは見えない。ハルムは小さな家の窓を覗いてみたが、小人の姿は確認できなかった。
もぬけの殻、という言葉がぴったりだ。まるで気配を感じない。
ここの地区だけがそうなのかもしれないと、ハルムは別の地区に向かうことを提案した。
用水路に沿って歩いていると、今度は商店街のような場所に出た。エリアスにとっては店というもの自体が初めてで、ハルムに何をするところなのかと聞いた。物を買ったり売ったりするところだと言われても、その売り買いのことも知らなかったので、エリアスにとっては別世界のようだった。
何か絵が描かれている看板がぶら下がっていたが、虚しく、風に吹かれ、揺れているだけだった。ここも明かりがない。
「この絵はなんだ?」
「お酒ね。飲んだら、気分が明るくなるの。エリアスは飲んだことない?」
「ないな。俺たちは花々の蜜を集めたものを水で薄めて飲むから」
「そうなの。まあ、そうね、森のエルフにとっては毒なのかもしれないわね。エルフってなんか体が繊細そうだし」
エリアスも長身ではあるが、体は細い。それに、肌は白い。酒を飲んだところを見てみたいと思ったが、愉快になるより先に倒れてしまいそうだった。
ハルムは酒場という場所がどんなところかエリアスに話をした。
食事処であり、ここに来る人は酒を飲む飲まないに関わらず、会話をするのだと教えた。人々が集まり、それぞれ話を持ち寄り、語る。噂と物語に溢れる場所なのだと。実際、ハルムは酒場に来たことはなかった。風の妖精たちが風に乗せて物語や噂話を広めている中に、「これは酒場で聞いたんだけど」というものが数多くあった。
こういう人が、ああいう人に恋に落ちたの。でも失恋して、酒を飲みすぎて倒れたの。惨めな姿を晒して、店主に締め出されてたわ、おかしいわよね。
そうやって、風の妖精は面白おかしく、くすくすと笑う。酒場での話はそうやって馬鹿にすることが多かった。しかし、酒場には吟遊詩人のような者もいて、感動的な話を披露することもあった。妖精たちは、またそれを風に乗せて運ぶ。とにかく酒場は噂と物語に溢れていて、風の妖精たちにとってはとても面白い場所だった。
話が盛り上がるのは夜。特に、この小人の街の商店街は、夜になっても眠らないと言われているはずだ。ハルムの知る小人の街の商店街は、こんな静かな場所ではなかった。
「あの消えた小人のこともあるし、何か起こってるって考えたほうがいいわね」
「そうか。この街の様子はおかしいのだな」
エリアスとハルムは商店街を抜け、街の中央に向かうことにする。中央には市庁舎があるはずだ。それから、夜警の拠点であるホームも。噴水広場があり、そこでは水の妖精が遊んでいると聞いている。
夜警は小人の街にいる全ての妖精を従える最も力のある小人だ。その夜警と会えればゲルダのことも解決するに違いない。今、小人の街で起こっていることについても、夜警なら何か知っているかもしれないとハルムは考えた。
ハルムはエリアスにとにかく夜警を探そうと提案する。エリアスも同じことを考えていたようだった。
広場の目印になるのは、市庁舎の塔。この街で最も高くそびえ立つ塔が目印だった。
路地は入り組んでいた。塔に向かって伸びている道かと思えば、大きく曲がってあらぬ方向に導こうとする。分岐も山程あり、どの道が正解か分からない。
「ハルム、上から道を見てくれないか」
「分かった」
頭上からの指示に従い、エリアスは道を急ぐ。
ゲルダがとにかく無事であることと、夜警に会えることを祈りながら走った。