2章
草原から見えた海は案外遠くにあった。丘を下り、港のような場所を見つけようと歩いていたが、船の姿は一つも見えなかった。船がなければ、小人の街に行くことができない。
ハルムは小人の街の存在は知ってはいたが、港の場所までは知らなかった。エリアスは森から一度も出たことがないので、この島の地理は全く知らない。
ゲルダはもう一度、丘の上に上がり、海岸線を見た。どことなくゴンド島に似ているような気はするが、ゲルダはもともと島の中央に近い場所で生活をしていたので、海には詳しくなかった。諦めて、エリアスとハルムの元に戻る。
何か見えたか、と聞いてきたが、ゲルダは首を横に振った。
船がなければ海を渡ることはできない。ため息をついて、鞄の紐を握った時、ゲルダははっとひらめいた。
「ちょっと待って」
先を歩くエリアスを止め、ゲルダは鞄の中から巾着袋を出す。
「なあに、それ」
ハルムが目を輝かせて手元に飛んでくる。
「占い石。困った時は石に聞くの」
鞄を開けると、ハーブが目に飛び込んでくる。このハーブで香り付けをした料理を思い出してしまった。そういえば、ずっと食べていないし、休んでもいない。
太陽の位置を確認する。南に傾いているから、既にお昼は過ぎていた。海に出る前に一度はお腹に何か入れておきたかった。
しかし、歩いていても集落のようなものはなく、自分たちの力で見つけないといけないようだ。
ゲルダは鞄の中からハンカチを出し、地面に敷いた。エリアスとハルムは興味深そうに自分がしているのを見ている。
巾着袋をゆっくりと振り、石を混ぜる。そして、袋を逆さにして石をハンカチの上にばら撒いた。
それを二度繰り返し、ゲルダは石を片付けた。
「砂浜に流れ着いた船があるみたい。まだ使えるみたいだから、それを探してみよう。それから、そろそろ食事をとったほうがいいわ。体力がないまま波に揺られるわけにはいかないし、一度休まない?」
ハルムは高く飛び上がり、海岸線を見る。
「本当だわ。もう少し歩いた先に砂浜がある」
「そこのどこかに船がある……かも。ごめん、占いだから絶対とは言い切れないけれど。浅瀬で魚が採れるようだから、そこで食材を集めよう。私たちしかいないようだし、私たちでなんとかしないと」
石を片付けて立ち上がると、エリアスが驚いたようにこちらを見ていることに気付く。
「その占いというものは、魔法なのか?」
「違うわ。魔法じゃない。でも、なんだろう。私にも分からない。なんで石がこんなにはっきり物事を教えてくれるのか」
この石の元の所有者だったママ・アルパの顔が頭の中に浮かぶ。ここの時間の流れは、昼の国と同じなのだろうか。もし同じだったら、ママ・アルパは自分が帰ってこないことをどう思っているのだろう。
そもそも、自分は帰れるのだろうか――。
ふと襲ってくる寂しさを打ち消すかのように首を振り、鞄の中に石を入れた。
「行こう。日が暮れる前になんとかしなきゃ」
ハルムが見つけた砂浜は歩いてすぐのところにあった。背の短い雑草たちの姿は消え、白い砂が地面を覆う。海からの照り返しもあり、眩しい。冬だというのに、海は輝いていた。
ゲルダの知る冬の海は、もっと荒れていた。海沿いでなくとも、冬のゴンドは雲に覆われ、すっきりしない日が多い。清々しい冬の海を見るのは初めてだった。
占い石が言っていた船もすぐに見つかった。それは、大人二人が限度の小さな船だった。帆を張るためのマストは折れておらず、帆も綺麗に折りたたまれていた。誰かが用意したかのような帆船で、傷んでもいない。流れ着いたという雰囲気ではなかった。
使っていいのだろうか、とエリアスは心配したが、他に使うような人はいなかったから、大丈夫だろうとゲルダは答えた。
帆船なら都合がよい。ハルムに風を頼めばよさそうだ。ゲルダは占い石で明日の天気を見る。結果は明日も良好だった。明日の朝に発てば良さそうだ。
船の心配はなくなったので、今度は食材を探した。砂浜を抜けると潮溜まりとなっている場所があった。岩と岩の間にはたくさんの小魚が泳いでいた。食べられそうな二枚貝や巻貝もいる。エリアスは手袋を取りたがらなかったので、ゲルダが魚を採ることになった。エリアスとハルムには、焚き木になりそうなものを見つけるように伝え、ハンカチを使い、なんとか小魚を数匹採る。
調理用のハーブをいくつか持ってきていたので、魚の鱗を取ったあと、ハーブで香り付けをする。森にいたエリアスはきっと、魚を食べたことがないだろう。食べやすいように生臭さをなるべく取った。下処理が済んだら、焚き火ができるように風よけのための石を集めた。
そうこうしているうちに、エリアスたちが枯れ木を持って砂浜に戻ってくる。
帆船の前に石を置き、鞄の中に入れていた火打ち石で火を起こす。この石は、カンテラの火が消えた時のために持ってきていたものだった。
そのカンテラも一晩使っていたので、蝋燭がなくなってしまった。今日は焚き木で凌ぐしかない。
てきぱきと作業を進めるゲルダに、エリアスもハルムも感心したようだった。
枝に魚を通し、焚き火でゆっくりと焼く。脂が出てきて、時たまじゅっと音を立てた。
「これが魚というものか」
「香りをつけたから、食べやすいとは思う」
初めて食べる魚の味に驚き、最初は一口ずつ味を確かめながら食べていたエリアスだったが、味に慣れたあとは美味しそうに食べていた。
火の中に入れていた二枚貝も口を開けていた。ただ焼いただけなのに、美味しく感じる。よっぽどお腹が空いていたのだろう。
ハルムも焼き魚を頬張っていた。妖精でも、食べることは好きなようだ。
すっかり日も暮れ、夜が訪れた。
火はゲルダが見ることになり、エリアスは先に休むことにした。砂の上で寝るよりは、船のベンチで寝たほうがよいと言うと、エリアスは素直に船の中に入った。ハルムもエリアスに着いて行った。
落ち着いて夜を過ごせそうだった。
ゲルダはほっとして、空を見上げた。やはり、この国の星は、多すぎた。
ハルムは小人の街の存在は知ってはいたが、港の場所までは知らなかった。エリアスは森から一度も出たことがないので、この島の地理は全く知らない。
ゲルダはもう一度、丘の上に上がり、海岸線を見た。どことなくゴンド島に似ているような気はするが、ゲルダはもともと島の中央に近い場所で生活をしていたので、海には詳しくなかった。諦めて、エリアスとハルムの元に戻る。
何か見えたか、と聞いてきたが、ゲルダは首を横に振った。
船がなければ海を渡ることはできない。ため息をついて、鞄の紐を握った時、ゲルダははっとひらめいた。
「ちょっと待って」
先を歩くエリアスを止め、ゲルダは鞄の中から巾着袋を出す。
「なあに、それ」
ハルムが目を輝かせて手元に飛んでくる。
「占い石。困った時は石に聞くの」
鞄を開けると、ハーブが目に飛び込んでくる。このハーブで香り付けをした料理を思い出してしまった。そういえば、ずっと食べていないし、休んでもいない。
太陽の位置を確認する。南に傾いているから、既にお昼は過ぎていた。海に出る前に一度はお腹に何か入れておきたかった。
しかし、歩いていても集落のようなものはなく、自分たちの力で見つけないといけないようだ。
ゲルダは鞄の中からハンカチを出し、地面に敷いた。エリアスとハルムは興味深そうに自分がしているのを見ている。
巾着袋をゆっくりと振り、石を混ぜる。そして、袋を逆さにして石をハンカチの上にばら撒いた。
それを二度繰り返し、ゲルダは石を片付けた。
「砂浜に流れ着いた船があるみたい。まだ使えるみたいだから、それを探してみよう。それから、そろそろ食事をとったほうがいいわ。体力がないまま波に揺られるわけにはいかないし、一度休まない?」
ハルムは高く飛び上がり、海岸線を見る。
「本当だわ。もう少し歩いた先に砂浜がある」
「そこのどこかに船がある……かも。ごめん、占いだから絶対とは言い切れないけれど。浅瀬で魚が採れるようだから、そこで食材を集めよう。私たちしかいないようだし、私たちでなんとかしないと」
石を片付けて立ち上がると、エリアスが驚いたようにこちらを見ていることに気付く。
「その占いというものは、魔法なのか?」
「違うわ。魔法じゃない。でも、なんだろう。私にも分からない。なんで石がこんなにはっきり物事を教えてくれるのか」
この石の元の所有者だったママ・アルパの顔が頭の中に浮かぶ。ここの時間の流れは、昼の国と同じなのだろうか。もし同じだったら、ママ・アルパは自分が帰ってこないことをどう思っているのだろう。
そもそも、自分は帰れるのだろうか――。
ふと襲ってくる寂しさを打ち消すかのように首を振り、鞄の中に石を入れた。
「行こう。日が暮れる前になんとかしなきゃ」
ハルムが見つけた砂浜は歩いてすぐのところにあった。背の短い雑草たちの姿は消え、白い砂が地面を覆う。海からの照り返しもあり、眩しい。冬だというのに、海は輝いていた。
ゲルダの知る冬の海は、もっと荒れていた。海沿いでなくとも、冬のゴンドは雲に覆われ、すっきりしない日が多い。清々しい冬の海を見るのは初めてだった。
占い石が言っていた船もすぐに見つかった。それは、大人二人が限度の小さな船だった。帆を張るためのマストは折れておらず、帆も綺麗に折りたたまれていた。誰かが用意したかのような帆船で、傷んでもいない。流れ着いたという雰囲気ではなかった。
使っていいのだろうか、とエリアスは心配したが、他に使うような人はいなかったから、大丈夫だろうとゲルダは答えた。
帆船なら都合がよい。ハルムに風を頼めばよさそうだ。ゲルダは占い石で明日の天気を見る。結果は明日も良好だった。明日の朝に発てば良さそうだ。
船の心配はなくなったので、今度は食材を探した。砂浜を抜けると潮溜まりとなっている場所があった。岩と岩の間にはたくさんの小魚が泳いでいた。食べられそうな二枚貝や巻貝もいる。エリアスは手袋を取りたがらなかったので、ゲルダが魚を採ることになった。エリアスとハルムには、焚き木になりそうなものを見つけるように伝え、ハンカチを使い、なんとか小魚を数匹採る。
調理用のハーブをいくつか持ってきていたので、魚の鱗を取ったあと、ハーブで香り付けをする。森にいたエリアスはきっと、魚を食べたことがないだろう。食べやすいように生臭さをなるべく取った。下処理が済んだら、焚き火ができるように風よけのための石を集めた。
そうこうしているうちに、エリアスたちが枯れ木を持って砂浜に戻ってくる。
帆船の前に石を置き、鞄の中に入れていた火打ち石で火を起こす。この石は、カンテラの火が消えた時のために持ってきていたものだった。
そのカンテラも一晩使っていたので、蝋燭がなくなってしまった。今日は焚き木で凌ぐしかない。
てきぱきと作業を進めるゲルダに、エリアスもハルムも感心したようだった。
枝に魚を通し、焚き火でゆっくりと焼く。脂が出てきて、時たまじゅっと音を立てた。
「これが魚というものか」
「香りをつけたから、食べやすいとは思う」
初めて食べる魚の味に驚き、最初は一口ずつ味を確かめながら食べていたエリアスだったが、味に慣れたあとは美味しそうに食べていた。
火の中に入れていた二枚貝も口を開けていた。ただ焼いただけなのに、美味しく感じる。よっぽどお腹が空いていたのだろう。
ハルムも焼き魚を頬張っていた。妖精でも、食べることは好きなようだ。
すっかり日も暮れ、夜が訪れた。
火はゲルダが見ることになり、エリアスは先に休むことにした。砂の上で寝るよりは、船のベンチで寝たほうがよいと言うと、エリアスは素直に船の中に入った。ハルムもエリアスに着いて行った。
落ち着いて夜を過ごせそうだった。
ゲルダはほっとして、空を見上げた。やはり、この国の星は、多すぎた。