4章
リュートの話を聞く限り、どうやら小人の街での小火でも目撃情報があるみたいだった。
「あなたたちは小人を見たというけれど、夜の国では妖精の仕業っていう噂もあるのよ。妖精だったり、昼の国からの訪問者だったり、噂はまちまちね」
からん、からんとベルを鳴らし、街の中を歩きながらリュートは説明をした。不審火があったのは全部で三件。これもティルでの回数と一致していた。場所はどれも街の中央区にある裕福層の邸宅だった。これだけはティルとは違った。それは全焼に近かった。晒された家の骨格が煤で黒くなっている。ここに住んでいた小人はどうなったのだろう、無事に逃げることはできたのだろうか。クラウスは心配をする。
リュートの話と現場を見て、フルダは「つまり」と結論する。
「何も分からないのね」
「そ。そういうこと。小人は噂が大好きなの。ひそひそ余計な話がついて風の速さよりも速く広まるのよ。火の広がりから見て、私は妖精の仕業だと思うけれどね。激しい炎は妖精のものよ。小人には火は強すぎるもの」
ちなみに、とリュートはカンテラの中をクラウスたちに見せてくれた。
「小人は魔法は使えないの。妖精の力を使って魔法を使ったように”見せかけて”いるの。生活をするにも、何をするにも妖精が必要なの。魔法だなんて、エルフ族の賢者たちくらいよ、使えるのは」
カンテラの中をよくよく見ると、光は輝く妖精の身体だった。クラウスたちと目があうと、にこりとした。だから街にはたくさんの光の粒が浮いていたのだと納得をする。あれはすべて光の精なのだ。
「逆に、妖精を使えるのは小人だけよ。だから、もしかしたら、妖精の仕業なら小人の仕業って可能性もあるわね。とにかく、分かってないの。私はまだ現場を見れてないから。駆け付けた時にはもう火の海よ。消火してたら間に合わないの」
ため息をついて、リュートはカンテラの中から妖精を出してやる。解放された妖精はリュートの周りをぐるりと旋回し、そしてどこかへと飛び去って行った。
「ということは、現行犯で取り押さえが一番の解決法ということだな」
アイヴィンが言うと、リュートは頷いた。
「そ。あなたたち、理解が早くていいわ、好きよ。さ、もうじき朝が来るわ。昼と夜が遠くなる前に帰ったほうがいいわ。送りましょうか?」
「ううん、大丈夫。帰る道は分かるから。ありがとう、また来るよ」
クラウスがリュートに礼を言うと、リュートは何も言わずベルを鳴らしながら去って行った。
うっすらと夜の国の空が明けていく。こちらの国にも、どうやら朝はあるようだ。
森に戻り、ゲルダのまじないを頼りにクラウスたちは再び霧の中へと入り、ティルに戻った。
「君たち、どこに行ってたんだい? まったく、角笛が鳴っても来ないんだから心配したよ」
ホームに帰ると、ローレンがやつれた様子でキッチンから出てきた。フルダが帰ってこないから、ローレンが朝食を用意しているのだろう。慌ててフルダはキッチンへと入っていった。
「何かあったんですか?」
アイヴィンが聞くと、ローレンは泡だて器で卵をかき混ぜながら「大変だったもなにも」とティルでの出来事を話した。
「今日も火事だよ。まったく、最近のティルはどうなってるんだ。狙われたのは裕福層の家だ。特に何かを盗るわけでもなく、ただ放火された感じだった。家が大きいと消火に時間がかかっていけない。火の回り方も今日はおかしかった。放火が続くから、また警吏に怒られるよ」
ローレンの話を聞いてすぐにふたりはクラウスの部屋へと入った。
「こっちに来てたんだよ」
アイヴィンは帽子を取りながらクラウスに言った。
「俺たちが夜に行っているあいだ、奴はこっちに来てたんだ。フルダのものを燃やした次は、適当な場所を選んだに違いない」
「うん、ぼくもそう思った」
何かいい方法はないものかと考えたが、すぐには答えは思いつかなかった。
すぐにごはんだと呼ばれて、クラウスたちは焼き立てのオムレツを腹の中に入れた。どういうわけか、おなかがすく。クラウスはパンを誰よりも多く食べた。その食べっぷりに、ローレンは驚いていたが、クラウスはさほど気にしなかった。
「君たち、そんなに働いてきたのかい?」
「ええ、そう、私たち、警吏に頼まれて、証拠集めに忙しかったの。ごめんなさい、団長」
「いや、いいんだ。警吏の相手をしてくれるのは助かる……、俺はどうも警吏とは相性が悪くてね」
ローレンは朝のビールを飲みながら、困ったように笑った。
「クラウス、もしかして、オムレツ、はじめてなの?」
小さい声でフルダが聞いてくる。
「あ、そういえばそうかも……、フルダのごはんが美味しいから、いっぱい食べちゃった。なんだか、疲れちゃった。ごめん、ぼく、一回寝るね。ごちそうさま」
クラウスが席から外れると、水を飲んでいたマーオもクラウスについていった。
調子が悪いのだろうか。でも、たくさん食べていたからそこまで心配はいらないだろう。フルダはそう思って、クラウスの空いた皿をキッチンにさげた。
(おいしいって言ってくれるの、クラウスだけなのよね……)
フルダの味に慣れ親しんでしまった夜警たちからは、もうそのような言葉をもらうことはなかった。昼も夜も働き、疲れて、喋ることも億劫な人たちだ。だから、クラウスの言葉が、フルダにとっては嬉しかった。
(たまに調子悪そう。大丈夫かしら)
記憶が抜けていたことを自覚した時もそうだったし、時たま、落ち込んでいるようにも見える。そのように見えていることを本人は気付いているのだろうか。
リビングから運ばれてくる皿を洗っていると、ゲルダが手伝うといってキッチンに入ってきた。
「どうだったかい。話を聞いてなかったよ」
「向こうにも夜警がいたの。向こうでも火事が多いみたいで、でもまだ犯人は分かってないみたい。また行くと思うわ。だけど、クラウス、帰ってからぐったりしてるの。ごはんを食べる量も……いつもから多いって思ってたけれど、今日は食べすぎだわ」
「彼にとって、夜の国の空気は負担なんだろうか――、気にかけてみよう。心配しないでいい。まじない師がここにいるのだから」
そのゲルダの言葉に、フルダは安心して、頷いた。
今晩も夜の国に行こうと言ったのはフルダだった。
東門の前でフルダはスカートのポケットの中から、紙切れを出した。
「ホームが燃える直前に来た落書き。ゲルダさんのまじない石を見て、はっとしたの。これ、夜の国の文字じゃないのかしらって」
クラウスも思い出した。ホームが燃える直前に、ローレンが見せてもらったものだった。見覚えがないかと聞いていたはずだ。まだフルダが持っていたようだ。青いインクで書かれた文字は、よくよく見ればカンテラに入っているまじない石に刻まれた古代文字にもなんとなく似ている気がする。夜の国の文字かどうかは、夜の国の住人であるリュートに聞くのが一番早い。フルダはそう言った。
昨日と同じように風の妖精にいたずらをされながら霧の道を抜け、小人の街に出る。中央に向かうと、今日は小人たちが出歩き、少し賑わいを見せていた。ティルと同じように夜の買い物を楽しんだり、酒を楽しんでいる住民がいる。そんな中、からん、と音を立ててリュートがクラウスたちの元へとやってきた。
「今日は何用?」
リュートの持つカンテラの中にいる妖精は、昨日の妖精とは違うようで、クラウスたちをまじまじと見ている。
「リュート、あなた、これを読むことはできないかしら。ホームに届いたのだけれど」
「手紙?」
星のきらめく手袋をはめた手でリュートは手紙を受け取った。表面と裏面を見て、フルダに返した。
「夜の国の字ね。”昼の私へ、私と同じ思いをすればいい”って書いてるわ」
「昼の私……」
その話を聞いて、クラウスもアイヴィンも、やはり、と納得した。やはり、自分たちがあの時見たフルダに似た少女は確かにいたのだ。そっくりの自分に対して「昼の私」と呼ぶ夜のフルダがいるということが、これではっきりした。
「同じ思いって、何なの……」
手紙を握りしめて、フルダが呟くのをよそに、クラウスはマーオの動きが気になった。当たりをきょろきょろと見回し、鼻をしきりに動かしている。尻尾は警戒したように揺れている。その視線の先に、クラウスは輝く金を見つけた。
「――アイヴィン、あれ」
木造の家の影から、誰かがこちらを見ている。小人が影に潜んでいた。その影の視線の先には、フルダがいた。フルダをじっと見ているのだ。
そして、ぱちり、と、視線がクラウスと合った。瞬間、小人はくるりと踵を返して逃げ去っていく。
「行こう!」
マーオを先に走らせ、クラウスとアイヴィンは追いかける。小人の歩幅より、人間の歩幅のほうが大きい。裏路地を走る少女に追いつくのは、あっという間だった。
目の前を金髪の少女が走っている。長いドレスをたくし上げ、ブーツを見せながら懸命に駆けていた。
「待て!」
アイヴィンがドレスを掴もうと手を伸ばした瞬間、少女がくるりと体をひねらせ、ぱっと手を挙げた。
「アイヴィン、飛んで!」
手の中から輝く何かが踊り出し、クラウスたちの前に飛んでくる。火の粉がぱちりと音を立てて散った。すうっとアイヴィンの目の前に飛んでくるそれは、おもしろおかしく笑った。
「よう、昼の俺」
火の羽がはばたき、粉の中に顔が見えた。
それは、少年の姿をした小さなアイヴィンだった。
「な……っ」
驚いている場合ではない、フルダにそっくりな小人がいれば、自分にそっくりな妖精がいておかしくない。アイヴィンは妖精を相手にする前に、クラウスに言う。
「クラウス、あいつを追え!」
「う、うん!」
しかし、火の妖精は素早くはばたき、クラウスの前に火の粉を散らせた。熱い。普通の火の粉とは違った。少しでも触れればひどい火傷になりそうなくらい、熱い。空気が一瞬にして燃える。どうやら先に行かせてくれないらしい。咄嗟にアイヴィンが剣を振って追い払おうとしても、妖精はけらけらと笑いながら刃を軽やかに避けては火の粉を散らせた。
「ご主人様の命令だ、ばあっと飛ぶぞ!」
歓喜の声と共に、妖精は高く舞い上がり、火の雨を降らした。
粒は木造の家へと降り注ぎ、火を産んだ。
「いけない、火事だ!」
その短い叫びの間に、瞬く間に火は家を包んでしまった。リュートの言う「妖精の炎」はこんなにも大きなものなのか。アイヴィンがいつもやっているように角笛を吹こうとしたが、クラウスはその手を止めた。
「だめだ、ここで吹いてしまうと、小人たちが動けなくなってしまうよ! 小人は角笛が嫌いなんだ!」
「じゃあどうするっていうんだよ!」
あはは、と笑い、彼方へと飛び去って行く妖精に舌打ちをしたアイヴィンは、剣を杖の中にしまった。いつの間にか火に囲まれてしまっている。早くしないと、逃げ道を失ってしまう。
「逃げよう、クラウス――危ない!」
柱を失い、支えをなくした屋根が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
アイヴィンの叫びに、クラウスは、あっと思い、腕で顔を覆ってその場にしゃがみこんでしまった。
「あなたたちは小人を見たというけれど、夜の国では妖精の仕業っていう噂もあるのよ。妖精だったり、昼の国からの訪問者だったり、噂はまちまちね」
からん、からんとベルを鳴らし、街の中を歩きながらリュートは説明をした。不審火があったのは全部で三件。これもティルでの回数と一致していた。場所はどれも街の中央区にある裕福層の邸宅だった。これだけはティルとは違った。それは全焼に近かった。晒された家の骨格が煤で黒くなっている。ここに住んでいた小人はどうなったのだろう、無事に逃げることはできたのだろうか。クラウスは心配をする。
リュートの話と現場を見て、フルダは「つまり」と結論する。
「何も分からないのね」
「そ。そういうこと。小人は噂が大好きなの。ひそひそ余計な話がついて風の速さよりも速く広まるのよ。火の広がりから見て、私は妖精の仕業だと思うけれどね。激しい炎は妖精のものよ。小人には火は強すぎるもの」
ちなみに、とリュートはカンテラの中をクラウスたちに見せてくれた。
「小人は魔法は使えないの。妖精の力を使って魔法を使ったように”見せかけて”いるの。生活をするにも、何をするにも妖精が必要なの。魔法だなんて、エルフ族の賢者たちくらいよ、使えるのは」
カンテラの中をよくよく見ると、光は輝く妖精の身体だった。クラウスたちと目があうと、にこりとした。だから街にはたくさんの光の粒が浮いていたのだと納得をする。あれはすべて光の精なのだ。
「逆に、妖精を使えるのは小人だけよ。だから、もしかしたら、妖精の仕業なら小人の仕業って可能性もあるわね。とにかく、分かってないの。私はまだ現場を見れてないから。駆け付けた時にはもう火の海よ。消火してたら間に合わないの」
ため息をついて、リュートはカンテラの中から妖精を出してやる。解放された妖精はリュートの周りをぐるりと旋回し、そしてどこかへと飛び去って行った。
「ということは、現行犯で取り押さえが一番の解決法ということだな」
アイヴィンが言うと、リュートは頷いた。
「そ。あなたたち、理解が早くていいわ、好きよ。さ、もうじき朝が来るわ。昼と夜が遠くなる前に帰ったほうがいいわ。送りましょうか?」
「ううん、大丈夫。帰る道は分かるから。ありがとう、また来るよ」
クラウスがリュートに礼を言うと、リュートは何も言わずベルを鳴らしながら去って行った。
うっすらと夜の国の空が明けていく。こちらの国にも、どうやら朝はあるようだ。
森に戻り、ゲルダのまじないを頼りにクラウスたちは再び霧の中へと入り、ティルに戻った。
「君たち、どこに行ってたんだい? まったく、角笛が鳴っても来ないんだから心配したよ」
ホームに帰ると、ローレンがやつれた様子でキッチンから出てきた。フルダが帰ってこないから、ローレンが朝食を用意しているのだろう。慌ててフルダはキッチンへと入っていった。
「何かあったんですか?」
アイヴィンが聞くと、ローレンは泡だて器で卵をかき混ぜながら「大変だったもなにも」とティルでの出来事を話した。
「今日も火事だよ。まったく、最近のティルはどうなってるんだ。狙われたのは裕福層の家だ。特に何かを盗るわけでもなく、ただ放火された感じだった。家が大きいと消火に時間がかかっていけない。火の回り方も今日はおかしかった。放火が続くから、また警吏に怒られるよ」
ローレンの話を聞いてすぐにふたりはクラウスの部屋へと入った。
「こっちに来てたんだよ」
アイヴィンは帽子を取りながらクラウスに言った。
「俺たちが夜に行っているあいだ、奴はこっちに来てたんだ。フルダのものを燃やした次は、適当な場所を選んだに違いない」
「うん、ぼくもそう思った」
何かいい方法はないものかと考えたが、すぐには答えは思いつかなかった。
すぐにごはんだと呼ばれて、クラウスたちは焼き立てのオムレツを腹の中に入れた。どういうわけか、おなかがすく。クラウスはパンを誰よりも多く食べた。その食べっぷりに、ローレンは驚いていたが、クラウスはさほど気にしなかった。
「君たち、そんなに働いてきたのかい?」
「ええ、そう、私たち、警吏に頼まれて、証拠集めに忙しかったの。ごめんなさい、団長」
「いや、いいんだ。警吏の相手をしてくれるのは助かる……、俺はどうも警吏とは相性が悪くてね」
ローレンは朝のビールを飲みながら、困ったように笑った。
「クラウス、もしかして、オムレツ、はじめてなの?」
小さい声でフルダが聞いてくる。
「あ、そういえばそうかも……、フルダのごはんが美味しいから、いっぱい食べちゃった。なんだか、疲れちゃった。ごめん、ぼく、一回寝るね。ごちそうさま」
クラウスが席から外れると、水を飲んでいたマーオもクラウスについていった。
調子が悪いのだろうか。でも、たくさん食べていたからそこまで心配はいらないだろう。フルダはそう思って、クラウスの空いた皿をキッチンにさげた。
(おいしいって言ってくれるの、クラウスだけなのよね……)
フルダの味に慣れ親しんでしまった夜警たちからは、もうそのような言葉をもらうことはなかった。昼も夜も働き、疲れて、喋ることも億劫な人たちだ。だから、クラウスの言葉が、フルダにとっては嬉しかった。
(たまに調子悪そう。大丈夫かしら)
記憶が抜けていたことを自覚した時もそうだったし、時たま、落ち込んでいるようにも見える。そのように見えていることを本人は気付いているのだろうか。
リビングから運ばれてくる皿を洗っていると、ゲルダが手伝うといってキッチンに入ってきた。
「どうだったかい。話を聞いてなかったよ」
「向こうにも夜警がいたの。向こうでも火事が多いみたいで、でもまだ犯人は分かってないみたい。また行くと思うわ。だけど、クラウス、帰ってからぐったりしてるの。ごはんを食べる量も……いつもから多いって思ってたけれど、今日は食べすぎだわ」
「彼にとって、夜の国の空気は負担なんだろうか――、気にかけてみよう。心配しないでいい。まじない師がここにいるのだから」
そのゲルダの言葉に、フルダは安心して、頷いた。
今晩も夜の国に行こうと言ったのはフルダだった。
東門の前でフルダはスカートのポケットの中から、紙切れを出した。
「ホームが燃える直前に来た落書き。ゲルダさんのまじない石を見て、はっとしたの。これ、夜の国の文字じゃないのかしらって」
クラウスも思い出した。ホームが燃える直前に、ローレンが見せてもらったものだった。見覚えがないかと聞いていたはずだ。まだフルダが持っていたようだ。青いインクで書かれた文字は、よくよく見ればカンテラに入っているまじない石に刻まれた古代文字にもなんとなく似ている気がする。夜の国の文字かどうかは、夜の国の住人であるリュートに聞くのが一番早い。フルダはそう言った。
昨日と同じように風の妖精にいたずらをされながら霧の道を抜け、小人の街に出る。中央に向かうと、今日は小人たちが出歩き、少し賑わいを見せていた。ティルと同じように夜の買い物を楽しんだり、酒を楽しんでいる住民がいる。そんな中、からん、と音を立ててリュートがクラウスたちの元へとやってきた。
「今日は何用?」
リュートの持つカンテラの中にいる妖精は、昨日の妖精とは違うようで、クラウスたちをまじまじと見ている。
「リュート、あなた、これを読むことはできないかしら。ホームに届いたのだけれど」
「手紙?」
星のきらめく手袋をはめた手でリュートは手紙を受け取った。表面と裏面を見て、フルダに返した。
「夜の国の字ね。”昼の私へ、私と同じ思いをすればいい”って書いてるわ」
「昼の私……」
その話を聞いて、クラウスもアイヴィンも、やはり、と納得した。やはり、自分たちがあの時見たフルダに似た少女は確かにいたのだ。そっくりの自分に対して「昼の私」と呼ぶ夜のフルダがいるということが、これではっきりした。
「同じ思いって、何なの……」
手紙を握りしめて、フルダが呟くのをよそに、クラウスはマーオの動きが気になった。当たりをきょろきょろと見回し、鼻をしきりに動かしている。尻尾は警戒したように揺れている。その視線の先に、クラウスは輝く金を見つけた。
「――アイヴィン、あれ」
木造の家の影から、誰かがこちらを見ている。小人が影に潜んでいた。その影の視線の先には、フルダがいた。フルダをじっと見ているのだ。
そして、ぱちり、と、視線がクラウスと合った。瞬間、小人はくるりと踵を返して逃げ去っていく。
「行こう!」
マーオを先に走らせ、クラウスとアイヴィンは追いかける。小人の歩幅より、人間の歩幅のほうが大きい。裏路地を走る少女に追いつくのは、あっという間だった。
目の前を金髪の少女が走っている。長いドレスをたくし上げ、ブーツを見せながら懸命に駆けていた。
「待て!」
アイヴィンがドレスを掴もうと手を伸ばした瞬間、少女がくるりと体をひねらせ、ぱっと手を挙げた。
「アイヴィン、飛んで!」
手の中から輝く何かが踊り出し、クラウスたちの前に飛んでくる。火の粉がぱちりと音を立てて散った。すうっとアイヴィンの目の前に飛んでくるそれは、おもしろおかしく笑った。
「よう、昼の俺」
火の羽がはばたき、粉の中に顔が見えた。
それは、少年の姿をした小さなアイヴィンだった。
「な……っ」
驚いている場合ではない、フルダにそっくりな小人がいれば、自分にそっくりな妖精がいておかしくない。アイヴィンは妖精を相手にする前に、クラウスに言う。
「クラウス、あいつを追え!」
「う、うん!」
しかし、火の妖精は素早くはばたき、クラウスの前に火の粉を散らせた。熱い。普通の火の粉とは違った。少しでも触れればひどい火傷になりそうなくらい、熱い。空気が一瞬にして燃える。どうやら先に行かせてくれないらしい。咄嗟にアイヴィンが剣を振って追い払おうとしても、妖精はけらけらと笑いながら刃を軽やかに避けては火の粉を散らせた。
「ご主人様の命令だ、ばあっと飛ぶぞ!」
歓喜の声と共に、妖精は高く舞い上がり、火の雨を降らした。
粒は木造の家へと降り注ぎ、火を産んだ。
「いけない、火事だ!」
その短い叫びの間に、瞬く間に火は家を包んでしまった。リュートの言う「妖精の炎」はこんなにも大きなものなのか。アイヴィンがいつもやっているように角笛を吹こうとしたが、クラウスはその手を止めた。
「だめだ、ここで吹いてしまうと、小人たちが動けなくなってしまうよ! 小人は角笛が嫌いなんだ!」
「じゃあどうするっていうんだよ!」
あはは、と笑い、彼方へと飛び去って行く妖精に舌打ちをしたアイヴィンは、剣を杖の中にしまった。いつの間にか火に囲まれてしまっている。早くしないと、逃げ道を失ってしまう。
「逃げよう、クラウス――危ない!」
柱を失い、支えをなくした屋根が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
アイヴィンの叫びに、クラウスは、あっと思い、腕で顔を覆ってその場にしゃがみこんでしまった。