5章 アルルと白銀の祝福

「ガリア様は相当お怒りでしたよ。アルルはどこだって何度も叫んでました。あんなに取り乱すガリア様を見たのは久しぶりです。テオが地下から出てこなければ、兵を出してアルル様を見つけ出して無理にでも捕まえようとしていたでしょう」
 ドレスの紐を結びながら、エステル先生は私が城を飛び出したあとのことを語った。
 私が出ていったあと、お父様は荒れ狂って仕事どころではなかったらしい。
 お母様と同じようなことがあってはいけないと思ったのだろう。心配させてしまって申し訳なかったなと思うのと同時に、なんだか嬉しかった。
「テオがガリア様に予知を語ってなければアルル様はお部屋に缶詰だったんですよ。ガリア様はテオが何かそそのかしたのではないかと思って、剣を突きつけたのですから、こちらもひやひやしました。彼がメリアナ様の幼馴染で白銀の魔法使いでなければ、ホラ吹きだといって殺されていたでしょう。城に来てからずっと地下にこもってばかりだった彼にも非がありますけどね。アルル様も、テオにもきちんとお礼を言っておくのですよ」
「はあい……あふう……、ちょっときついわ」
「ドレスなんですから。我慢してください」
 最後にぎゅっと勢いよく紐を引っ張られ、う、と声が出た。やっぱりドレスは嫌い。今日はマルクもトットもいるし、おとなしめのドレスにしてほしいとエステル先生に言って、水色のドレスにしてもらった。メイドたちにぐりぐりと髪の毛を引っ張られ、編み込みをしてもらう。
 鏡の前にいたアルルは、かつてのような、ふくれっ面のアルルではなかった。旅を出る前、ずっと、つまらない顔をしていたけれど、もうそんなアルルはどこにもいなかった。
 支度が終わるとちょうど食事の時間になって、広間に向かう。お父様も、お母様も、マルクもトットも、みんな揃っていた。テオ先生だけはいなかったけれど。エステル先生はお父様の後ろに控えている。
 お祈りが終わったあと、お母様がみんなに、ただいま、と言った。
 お父様とお母様が並んでいるところを見ると、すっごく嬉しかった。
 トットとマルクは食べ慣れない食事に苦戦していたけれど、これまでのことをお父様に話して聞かせていた。お父様が魔法のことを忘れようとしていた間も、ひっそりと魔法はあって、山脈がなくならない限り存在し続けるものなのだとマルクは話す。トットからは山脈の魔力の波についてドワーフの視点から話した。ドワーフは滅多にオレゴの谷から出ないので、ドワーフから直々に魔法と錬金術の話が聞けて大変喜んでいた。お父様は研究者でもあるから、ドワーフにはまた話を聞きたいのだと言っていた。
 食事を終えて、お父様とお母様のいるお部屋に行って、そこではじめてお父様に謝った。
 お母様はもう眠っていて、お父様は机でお仕事をしていたけれど、手を止めて話を聞いてくれた。
「黙って、お城から出て、ごめんなさい」
「謝ることないよ、アルル。アルルもメリアナもちゃんと帰ってきた」
「でも、私が悪いことしたって思ってるから……。心配させたの、悪かったって思ってるの。それから、お父様。私、もう勉強から逃げないって決めたの。帰ったら、もっとちゃんと勉強しようって思ったの。私、外のこと、何も知らなかった。外に出て、色々見たけれど、まだ私が知らないことっていっぱいあるんだと思ったの」
 お父様は席から立って、私を抱きしめた。
「ずっとわがままな子供のままかと思っていたが、大きくなったな」
 ――なんて。
 お父様に言ったことは本当だけれど、完全にお利口になったわけでもなかった。
 部屋に戻ってドレスを脱ぎ捨てた私は、また例のお古のワンピースに着替えて、テオ先生のいる図書館に向かった。
 マルクとトットは既に図書館にいて、テオ先生と何か話をしていた。
「何の話?」
「なんでもないよ」
 マルクは私の姿を見て、ぷ、と笑った。
「やっぱりそれが似合うな、お前には。ドレスなんて似合わない」
「う、うるさいわね! もうちょっと背が伸びたら、似合うかもしれないじゃない!」
「性格に合わないんだよ」
「それは僕も同意です」
 マルクの隣でトットがちょこんと挙手をする。
 言っていることは正しいので、ぐぬぬ、と唇を噛んだ。
「まあまあ。アルル様、ペンダント、ありますか?」
 テオ先生が焼き菓子とお茶を出してくれた。首にさげていたペンダントをテオ先生に渡そうとしたけれど、受け取ってくれなかった。
「地下に持って行ってくれますか? せっかくアルテラザイード様もいますし、返すだけなら地下の像も何もしてこないでしょう」
「そうね。それがいいかも」
 テオ先生はあらかじめ、地下に繋がる扉を開けてくれていた。
 レイラン石のランプを持って、三人で氷と水晶の地下に降りる。巨大な石像は、あの時と同じ立ち姿で私達を迎えた。私とマルクを潰そうとしていた斧もしっかりと握っている。
 テオ先生には封印用の小箱をもらっていた。それにペンダントを入れる。
「本当にまた、白銀の魔法がなくなりそうになった時、取りに来るわ」
 石像の足元に小箱を置き、いにしえの黄金の王と白銀の魔女に、祈りを捧げた。
 これからもグランベル王国は、魔法と錬金術が手を取り合って発展していく。
 私の代になっても、私のあとの代になっても、グランベルはずっと、黄金と白銀で繁栄していく。
 結局、私は祝福を得ることはなかった。でも、それでもよかった。祝福を得なかったら得なかったで、勉強をすればいいのだから。
 地上に戻ったら、トットとマルクはすぐに帰るというので、私だけで見送ることになる。
 中庭にある飛行船の前まで来ると、寂しくなって、トットとマルクを抱きしめた。
「俺が必要になったらいつでも呼べ。すぐに飛んでくる。メリアナ様とアルルの戦士であることはずっと変わらない」
「うん」
「僕も一度、オレゴの谷に戻りますが、何かあれば言ってくださいね。飛行船、すぐ出しますんで」
「うん、分かった」
 飛行船がゆっくりと浮かぶ。
 ドラゴンの姿になったマルクも飛行船に付き添うようにして飛び立ち、ゆっくりと小さくなっていっていく。
 私はいつまでも手を振って、二人を見送った。


 これはその後のちょっとした話なのだけれど。
 トットは頻繁にお城に来るようになって、お父様とお母様と一緒に研究をすることが増えた。トットはもともとオレゴの谷に引きこもるのは嫌っていたから、飛行船で世界を旅した。たまにお城に遊びに来ては、新しい知識を与えてくれた。とてもワクワクするお話ばかりだ。みんなにもお話したいけれど、長くなりそうだから割愛する。
 ああ、でも、嬉しいことがあったので、これは話しておく。
 白銀の魔力は今弱っているけれど、世界には他にも魔法の源になるものがあるのだという。よその国から別の祝福を得た人が留学でグランベルに来てくれるって話になった。今から魔法を見るのが楽しみだ。
 それから、マルクはたまに城下町をうろうろして、美味しいものを食べているらしい。黒竜が封印されて、魔物の数も減っているから、のんびり過ごしているのだと思う。ミストラザイードももしかしたら、おじいちゃんの姿になって、マーケットの人たちの中に紛れているかもしれない。
 でも、私はなかなか会いに行けていない。テオ先生が「彼、城下町にいますよ」って教えてくれるのに。
 勉強が忙しいというのもあるけれど、彼と会うのは、今じゃない気がする。それに、彼のことを思うと、なんだか胸がきゅっとするようになった。
 この話をエステル先生やお母様にすると、ふふって笑われるだけだった。
 この気持ちにちゃんと名前があることを知ったのは、そのまただいぶあとの話――。
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