3章 アルルと灰の学園都市

 城下町のマーケットは露店が多いけれど、ラルーンは店舗を構えているショップが多くて、通りは広かった。レンガで舗装された道を歩きながら、周辺のショップを見る。このあたりは服屋が多いようだ。ウィンドウディスプレイを構えているショップが多くて、どの店が何を売っているのかがよく分かる。私がお城で着ていたようなドレスを仕立てているお店もあれば、制服のようなものを売っているお店もあった。
 その中で一つだけ、冬物も取り扱っているお店があった。襟にふわふわの毛皮がついている生地の厚いコートと、革でできた厚底のブーツが飾られていた。
「あとでここに寄るぞ」
 マルクはそう言って、先々歩いていく。あのお店は、北に向かう旅人がよく訪れる店なのだと教えてくれた。
 すたすたと迷いなく歩くマルクに、何度かここに来たことがあるのかと聞くと、いや、という返事が返ってきた。
「こういう街は大抵何があるのか予想つくもんなんだよ」
「そうなの。マルクはいつからこういう旅をしているの?」
「さあ、忘れた」
 忘れたって、そういうことあるのだろうか。
 これは私の勝手な感覚なのだけれど、マルクとトットは時たま、ずっと昔のことを話しているような気がしていた。もともとドワーフは人間よりも長寿で、昔のことを知っているというけれど、トットと語るマルクは”昔からの知人”みたいな感じがしていた。そして、マルクが語ることは、はるか昔のように感じてしまうことがある。
 私が思っているよりも、見た目よりも、ずっと年上なのではないか。トットみたいに。そんな風に思ってしまう。
 黙り込んでしまったマルクに、これ以上は聞けなかった。踏み込んではいけないような気がするのは、あれからずっと変わっていない。いつか彼から私に教えてくれるのを待つ。そう決めたのだから、そうするの。
 マルクは裏通りに入って、ある薄暗い店へと入った。看板がない店で、ひと目では何を売っているのか分からなかった。
 カウンターにはレイラン石のランプが置かれていて、ほんのりと周囲を照らしていた。窓もなく、店全体を明るくする照明はなく、なんだか怪しい店の香りがしている。これから怪しい取引でもするんじゃないでしょうね、と訝しんでいると、カウンターの奥からぬっと何かが顔を出した。男だ。たっぷりと髭を蓄えているけむくじゃらの中年の男だった。これでもかというほどの肉をつけた体は、まるまるとしている。
「店主。もう少し店内を明るくしたらどうだ」
 マルクが巾着を出しながら、店主に声をかける。
「そうでもすれば貴重品があっという間に売れてしまいますぜ。旦那、今日は何を?」
 へへ、と笑った口の奥に、ガタガタの歯が見えた。なんとなく怖くて、私はマルクの後ろに隠れる。
「売れなきゃ意味がないだろ。今日はこれらだ。どれがいい。一つだけ売りたい」
 袋の中から出てきた色とりどりの錬金石を見た店主は感嘆の声を漏らす。
 ショップ側が求めたのは赤の錬金石だった。店主は懐から虫眼鏡のようなものを取り出して、不純物が入っていないかどうかを確かめた。
「赤の石は熱になりやすくて、よく売れるんですよ。にしてもよくこんな大きなものが造れましたね。滅多に見ませんよ、こんな高練度の石は」
 店主はお札を数えて、束にした。その束は、徐々に山となっていった。
 ここは貴重な品を取り扱うショップなのだということに私はようやく気付く。
「これは旦那が造ったんで?」
「いや、俺は違う。知人に頼まれて持ってきただけだ」
「そうですか。いやあ、また持ってきてくださいよ。他の石も売ってくれるの待ってまっせ」
 店員は札束を入れる袋を用意してくれた。マルクはお金を受け取り、それを肩に担いだ。あまりにも無防備で誰かに奪われそうだったけれど、マルクなら絶対誰にも奪われないような気がした。
 再び表通りに出て、錬金術の素材を売っているショップに入る。中にはハーブから鉱石まで様々なものが並べられていた。先程の薄暗いショップとは違って店内が明るい。それだけでほっとする。
 マルクはトットに渡されたメモを若い女性の店員に見せ、買える場所を教えてもらう。トットの言う通り、錬金術を扱う人は誰でも分かるらしい。
「何かの燃料ですか?」
「たぶんそう。これ全部、街の外にある飛行船に運んでほしい。金ならいくらでもある」
 いきなりの大きな注文に、店員はぎょっと目を丸くした。そして、マルクが担いでいる袋を見て、メモを見て、バタバタと店の奥に走っていった。
 数分後、伝票を持った店員が私たちの元に戻ってくる。必要な代金を見たマルクは、札束をカウンターに積み上げた。その量に、また、店員は目を丸くしていた。とんでもない売上に立ちくらみがするようだ。
 あれだけあったお札は三分の二ほどなくなったのではないだろうか。
 錬金術のショップを出たあとは、食材の買い出しをした。数日間の食糧を買い、それも全部飛行船まで運んでもらった。それから最後に、私の服。ウィンドウに飾ってあったコートとブーツ、それからふわふわの耳あてを買った。
 支払いをしている時に、店員に「どこに行くのか」と聞かれたので、正直に「山脈へ」と答えると、店員はなぜか引きつったような顔をしていた。
 マルクは必要ないと言っていたけれど、その薄いマントだけで大丈夫なのだろうかと心配した。けれど、マルクがこれまで私に見せてくれた炎を思い出すと、不要なのかなとも思えたのだった。
 必要な買い出しがすべて終わって、目についたレストランに入った。そこは小洒落たレストランというよりは、軽く食事を取るようなカフェのような場所だった。仕事の合間だと思わしきお客さんたちが多かった。
 私たちはサンドイッチとお茶を注文する――あれだけあったお金はあっという間に減り、それしか注文できなかったのだ。
 レタスとハムのごく普通のサンドイッチだ。お城で食べるものと比べるともちろん味は劣っているけれど、こういうところで食べるのは私にとっては特別で、それだけで美味しいと思えた。マルクは一気に頬張るから、すぐに食べ終えてしまった。私は一口が小さい。それが上品な食べ方だと教えこまれていたから。でもマルクは遅いなどと私を急かさなかった。机に肘を乗せ、何かに耳を傾けているようだった。私も耳を澄ましてみる。
 ――なあ、聞いたか、あの話。
 聞こえてきたのは、ひそひそ話だった。マルクの右斜め後ろに座っている男二人だ。顔を寄せ合って何か話している。
 ――亡霊が出るって話だろ?
 ――でもあそこに行けば、魔法が手に入るかもしれないって……。
 ――やめとけやめとけ。
「なあ、おい、それはどこの話だ」
 マルクがぐい、と体をひねり、二人の会話に割り込んだ。ヒィッと二人とも体を震わせ、小さな悲鳴を上げる。
「すまん、面白い話だったからつい」
「お兄さん、こういう話が好きなのか?」
 二人とも若い男だった。成人したばかりの年齢のように見える。
「ああ、ちょっと聞かせてくれよ。それ、どこの話だ?」
 え、マルクって、そういう怖い話、好きなの? と私はちびちびとお茶を飲みながら様子を伺う。
「学園都市だよ。今は廃墟になっている。ここから北東に向かったところにある学園都市ジクラス。あそこに魔法があるらしい。でも、誰も近寄らねえんだ。夜な夜な泣き声や悲鳴が聞こえるとかで」
「悲鳴?」
「学園都市で起こった事故の被害者って言われているけど、実際のところは何も分かっていない。そういう噂があるってだけ。風がそのように聞こえるだけかもしれない」
「でも、廃墟だぜ。こえーよなー。近寄れないわ、俺」
 二人は体を震わせて、去っていった。
「なるほど……」
「マルクって、ああいう話、好きなの?」
「好きとか嫌いとかはない……。もう食べたか?」
「あ、うん」
 マルクは行くぞ、と席を立つ。私はごちそうさま、とキッチンに声をかけて、マルクを追いかけた。
 好きとか嫌いとかない……のに、なぜあの話に興味を示したのだろう。
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