明日もどこかで誰かが
「週末、どこか行こうか」
カレーを頬張っている妻にそう言うと、彼女はきょとんとした。
「連休でもないのに?」
「別にいつだっていいじゃん」
リビングからは、シャンッと鈴の音が聞こえてくる。飼っているキジトラ猫のコロンがしている首輪についている鈴だった。キャットタワーに登って一人で遊んでいる。
コロンはあまり高いところに登らない。あそこにいるのは、退屈を意味する。
他にもおもちゃはあるが、それらには興味を示していなかった。お気に入りのおもちゃはボロボロになったので、昨日捨ててしまった。
遊ぶものがないから、しょうがないからタワーに登っている。
「コロンどうしよう」
「日帰りなら、留守番でもいいでしょ」
「県内?」
「そのつもり」
分かった、と言って、妻は皿を片付けた。そのあと、タワーのてっぺんにいるコロンに呼びかけ、ごはんを渡していた。
コロンは僕が独身の頃から飼っていた猫だった。社会人になって、実家から出て、一人で暮らしているとなんだか寂しかったので飼った猫だった。結婚した時、コロンも連れてきた。
妻はまだコロンに警戒されている。仲良くなろうという努力はしていて、ごはんでご機嫌を取ろうとしているが、懐くまではまだ時間がかかりそうだった。
食卓に一人残された僕は、スマホで近場のおでかけスポットを探す。
必ず行きたい施設があった。
隣で、妻が感嘆の声を漏らした。
一面のコスモス畑。ピンク、白、黒、様々な色のコスモスが地上を彩っていた。そして空は、見事な秋晴れである。
畑の真ん中にある展望台には、他にも観光客がたくさんいた。
ここは田舎の道の駅だ。ただの道の駅なのに、かなり繁盛している。
施設内には近くの海でとれた新鮮な魚介類を提供するレストラン、直売所、お土産売り場があった。
県境であること、海沿いであること、広大な花畑があることなど、様々な理由が重なっての客の多さなのだろう。
僕も妻も他県から越してきた身なので、県内観光はけっこう楽しめる。
レストランでは、奮発して鯛の塩焼きを頼んだ。ごはんはお櫃に入ってやってきた。鯛の身をほぐして混ぜれば鯛めしになる。お吸い物は、秋らしく、松茸が入っている。香りがすごい。
ほくほくの鯛を楽しんだあと、妻は近辺でとれた野菜を見に行った。
そのあいだ、僕はお土産売り場に行く。
買いたいものがあった。もう決まっている。こういうところには必ずあるものだ。ちょっと探したら、すぐに見つかった。大量にあったから助かった。また欲しくなったら、ここに買いに来よう。
それを妻の元に持っていくと驚かれた。え、それ買うの? みたいな反応だった。
そうだよな、子供じみてるし、そう思うよな、と苦笑する。
「僕のじゃないよ、これ」
「職場?」
「違う違う。まあいいから。買ってきて」
困惑しながらレジに向かう妻。今日の一番の目的を果たして満足している僕。
「はい、コロン。お土産」
袋から出して、値札を切ったあと、コロンの目の前に投げた。
ころころとしたご当地ぬいぐるみストラップ。桃色の身体は、さながら桃のようである。
その腹の真ん中には県名が刺繡されていた。
コロンはそれを見た途端、目を光らせて飛びつく。ころころと転がっていくストラップを素早く追いかけ、掴みにかかる。
他のおもちゃにはいっさい興味を示さないのに、このご当地ぬいぐるみストラップだけは食いつきがよかった。
飼いはじめた頃、おもちゃをいくつか買っても、すべて無視されて無駄に終わった。何かないかなあと思い、クローゼットの中を漁っている時、高校生の頃に使っていたカバンを引っ張りだした。
そのカバンに、たまたまそのご当地ぬいぐるみストラップがついていたのだ。修学旅行に行った際、友人と半分おふざけで買ったものだった。
ぬいぐるみを見たコロンは、すぐに近寄ってきて、猫パンチを繰り出した。ゆらゆらと揺れるぬいぐるみに目は釘付けになり、そこからもうコロンはご当地ぬいぐるみに夢中になった。
高校の思い出の象徴の一つだったそのぬいぐるみはすぐボロボロになり、ゴミ箱行きとなってしまったが、それでも良かったと思う。
「だから、道の駅だったんだ」
僕の隣で妻がコロンの様子を見る。
「うん。ボロボロになったからさ。これで五代目なんだよ、実は」
結婚する前は、コロンのために県外にも行った。
ペットシッターにコロンを預け、飛行機に乗ったこともある。僕は僕で旅行を楽しんで、コロンはコロンでご当地ぬいぐるみを楽しんだ。
「そうしたら、旅行がやめられませんなあ」
ふふふ、と笑う妻。俊敏な動きを見せるコロンを笑ったのか、コロンのために動いている僕を笑ったのか、どっちなのかは分からない。
「別に近場でもいいけどね」
「近場ばかりじゃあ、つまらないじゃん」
妻はにやっと笑う。
「私も付き合うよ、ご当地ぬい集め」
ぬいぐるみを拾った妻は、コロンと一緒に遊びはじめた。どうやら打ち解けたようである。
付き合うよ、じゃなくて、私も行きたいんだろ――と思ったのは、内緒である。
カレーを頬張っている妻にそう言うと、彼女はきょとんとした。
「連休でもないのに?」
「別にいつだっていいじゃん」
リビングからは、シャンッと鈴の音が聞こえてくる。飼っているキジトラ猫のコロンがしている首輪についている鈴だった。キャットタワーに登って一人で遊んでいる。
コロンはあまり高いところに登らない。あそこにいるのは、退屈を意味する。
他にもおもちゃはあるが、それらには興味を示していなかった。お気に入りのおもちゃはボロボロになったので、昨日捨ててしまった。
遊ぶものがないから、しょうがないからタワーに登っている。
「コロンどうしよう」
「日帰りなら、留守番でもいいでしょ」
「県内?」
「そのつもり」
分かった、と言って、妻は皿を片付けた。そのあと、タワーのてっぺんにいるコロンに呼びかけ、ごはんを渡していた。
コロンは僕が独身の頃から飼っていた猫だった。社会人になって、実家から出て、一人で暮らしているとなんだか寂しかったので飼った猫だった。結婚した時、コロンも連れてきた。
妻はまだコロンに警戒されている。仲良くなろうという努力はしていて、ごはんでご機嫌を取ろうとしているが、懐くまではまだ時間がかかりそうだった。
食卓に一人残された僕は、スマホで近場のおでかけスポットを探す。
必ず行きたい施設があった。
隣で、妻が感嘆の声を漏らした。
一面のコスモス畑。ピンク、白、黒、様々な色のコスモスが地上を彩っていた。そして空は、見事な秋晴れである。
畑の真ん中にある展望台には、他にも観光客がたくさんいた。
ここは田舎の道の駅だ。ただの道の駅なのに、かなり繁盛している。
施設内には近くの海でとれた新鮮な魚介類を提供するレストラン、直売所、お土産売り場があった。
県境であること、海沿いであること、広大な花畑があることなど、様々な理由が重なっての客の多さなのだろう。
僕も妻も他県から越してきた身なので、県内観光はけっこう楽しめる。
レストランでは、奮発して鯛の塩焼きを頼んだ。ごはんはお櫃に入ってやってきた。鯛の身をほぐして混ぜれば鯛めしになる。お吸い物は、秋らしく、松茸が入っている。香りがすごい。
ほくほくの鯛を楽しんだあと、妻は近辺でとれた野菜を見に行った。
そのあいだ、僕はお土産売り場に行く。
買いたいものがあった。もう決まっている。こういうところには必ずあるものだ。ちょっと探したら、すぐに見つかった。大量にあったから助かった。また欲しくなったら、ここに買いに来よう。
それを妻の元に持っていくと驚かれた。え、それ買うの? みたいな反応だった。
そうだよな、子供じみてるし、そう思うよな、と苦笑する。
「僕のじゃないよ、これ」
「職場?」
「違う違う。まあいいから。買ってきて」
困惑しながらレジに向かう妻。今日の一番の目的を果たして満足している僕。
「はい、コロン。お土産」
袋から出して、値札を切ったあと、コロンの目の前に投げた。
ころころとしたご当地ぬいぐるみストラップ。桃色の身体は、さながら桃のようである。
その腹の真ん中には県名が刺繡されていた。
コロンはそれを見た途端、目を光らせて飛びつく。ころころと転がっていくストラップを素早く追いかけ、掴みにかかる。
他のおもちゃにはいっさい興味を示さないのに、このご当地ぬいぐるみストラップだけは食いつきがよかった。
飼いはじめた頃、おもちゃをいくつか買っても、すべて無視されて無駄に終わった。何かないかなあと思い、クローゼットの中を漁っている時、高校生の頃に使っていたカバンを引っ張りだした。
そのカバンに、たまたまそのご当地ぬいぐるみストラップがついていたのだ。修学旅行に行った際、友人と半分おふざけで買ったものだった。
ぬいぐるみを見たコロンは、すぐに近寄ってきて、猫パンチを繰り出した。ゆらゆらと揺れるぬいぐるみに目は釘付けになり、そこからもうコロンはご当地ぬいぐるみに夢中になった。
高校の思い出の象徴の一つだったそのぬいぐるみはすぐボロボロになり、ゴミ箱行きとなってしまったが、それでも良かったと思う。
「だから、道の駅だったんだ」
僕の隣で妻がコロンの様子を見る。
「うん。ボロボロになったからさ。これで五代目なんだよ、実は」
結婚する前は、コロンのために県外にも行った。
ペットシッターにコロンを預け、飛行機に乗ったこともある。僕は僕で旅行を楽しんで、コロンはコロンでご当地ぬいぐるみを楽しんだ。
「そうしたら、旅行がやめられませんなあ」
ふふふ、と笑う妻。俊敏な動きを見せるコロンを笑ったのか、コロンのために動いている僕を笑ったのか、どっちなのかは分からない。
「別に近場でもいいけどね」
「近場ばかりじゃあ、つまらないじゃん」
妻はにやっと笑う。
「私も付き合うよ、ご当地ぬい集め」
ぬいぐるみを拾った妻は、コロンと一緒に遊びはじめた。どうやら打ち解けたようである。
付き合うよ、じゃなくて、私も行きたいんだろ――と思ったのは、内緒である。
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