明日もどこかで誰かが

 彼の実家に遊びに行った帰り。
 助手席でぼうっとしていると、交通規制の看板が目に入った。花火大会のお知らせだった。
「今週末だって」
 運転している夫はまったく気付いていない様子で何が、と応えた。
「花火」
「ああ。そういえばここの祭りは毎年お盆だったな。何、行きたい?」
 別にそういうつもりで言ったわけではないのだが、彼にはそう思っていると思われたのだろう。
 だが、私は知っている。彼が人混みが嫌いなこと。
 この街はとても大きな街だ。だから花火大会も大規模なもので、県内では一番大きい花火大会だとも言われている。電車もあるし、シャトルバスもあるから行くのは簡単だが、帰りがとても混み合う。
 すぐに首を横に振った。
 結婚する前から分かっていた。デートに行く場所はたいてい静かな飲食店。イベントごとには行ったこともないし、大型ショッピングモールにも一緒には行ったことがない。よく両親や姉妹と一緒にイベントに行っていたから私は好きなほうではあるが、彼と一緒になってからは行かなくなってしまった。
 もともと寡黙な人だ。付き合う前からそれは知っている。それを知っていて私は彼に告白をした。だから彼が苦手なところには極力行きたくない。困らせたくないから。
 ただ、もしここで、行きたいと言ったら、彼はどう応えたのだろうとは思う。
 もし、私が行きたいと言ったら、彼は来てくれたのだろうか。

 お盆は私の実家で過ごした。夫は都会育ちだが、私は田舎の山育ち。田舎の古い家だ。久しぶりに畳に転がると懐かしい気持ちになる。夫も私に倣って横になっていた。もう遠慮とかなくなっている。
 今日は姉は仕事でいなかったが妹がいた。
 私より先に結婚し、私より先に子供を産んだ母だ。三歳になった姪は、夕飯の後に父親と一緒に庭で花火をしていた。私と夫はそれを縁側から眺めていた。
 姪は私よりも夫のほうが好きらしくて、途中で夫に花火を握らせた。子供の扱い方がよく分かっていない夫は困りながらも花火に火をつけ、棒読みで「わー」と言っていた。その様子がちょっとおかしくて笑ってしまう。
 帰りの車の中で、子供はよく分からないとぶつぶつ言っていた。そのわりには、よく姪と遊んでいたと思う。
「めっちゃ懐かれてたじゃん」
「なんでだろうね」
「かっこいいからでは?」
「馬鹿言うな」
 あ、この人、照れてる。夜で何も見えないのに、顔が真っ赤になっているのが見えた気がした。
「そういえばさ、リビングに新聞が置いてあったさ、来週末に花火あるの見たんだけど。八月の終わりにするんだな」
「ああ、ここの? めっちゃ小さい田舎の祭りだよ」
「……じゃあ、行こうか」
「え、なんで?」
「いや、この前、花火に反応してて、ほんとは行きたいのかなって思ったし」
「別にいいよ。前のは花火があるんだーって思っただけ」
 赤信号で止まっていた車が動き出す。
「じゃ、俺が行きたいから行こう。それならいいでしょ」
「ほんとに?」
「一度はやっとかないと。花火デートってやつ」

 翌日、私は一人で実家に帰った。
 タンスの奥に眠っていたのは、朝顔が咲いている浴衣。学生の頃はこれを着て、友人と一緒に田舎の祭りを楽しんだものだ。
 人が少ないから、屋台も並ばなくていいし、芝生に座って花火をゆったりと見ることができる。
 もう真っピンクの帯は年齢的にふさわしくないのかもしれないけれど、これでいいやと紙袋に入れた。
 彼に気に入ってもらえたらいいなと思っている私が、一番楽しみにしているのかもしれない。
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