明日もどこかで誰かが

 やられた。
 自宅まであと数分というところで、雨が降り始めた。雷も鳴っている。午後三時、ちょうどゲリラ豪雨になりやすい時間だ。
 傘は持っていない。降水確率も低かったし、それまでには帰れるだろうと思っていた。先ほどまで営業に出ていて、今日は直帰すると言って帰ってきたのだが。
 商談はまとまらなかった。資料もたくさん持っていったし、説明も上手くできたはずだ。でも、考えさせてくれと保留にされた。
 自社にとっては、絶対に成立させたい内容だった。今日にも成立すると、私だけではなく、職場の誰もが思っていた。それなのに、この結果である。
 明日、どんな顔をして出社すればよいのだろう。
 天を仰ぐと、大粒の雨が顔を叩きつける。ゴロゴロと雷も鳴っている。

 元気出しなよ。
 そう言いながら背中を撫でてくれる友人がいた。
 ちょうど私たちが中学生の頃、こういう雨に、ゲリラ豪雨という名がつけられた。
 激しい雷の中、私たちは自転車を押しながら、夏休みの部活を終えて帰っていた。
 雨宿りをする生徒もいたのだが、私は雨がやむのを待たず、かっぱも着ず、バケツをひっくり返したかのような雨に打たれながら学校から出た。
 友人はずぶ濡れになりながら、私を追いかけてきたのだ。
「楽しみだったのにね」
 美術部の私たちは、この時期になると、野外スケッチが顧問から課題に出されていた。私はあらかじめスケッチするものを決めていた。学校の近くには、小さな池がある。午後になると、水面は大きな積乱雲を写し、とても綺麗に輝く。
 なかなか理想の積乱雲と出会えず、お盆休み直前になるまでスケッチできていなかった。
 そして、理想の積乱雲と出会えたかと思いきや、発達しすぎて豪雨となってしまった。
 提出日が近くなってしまったので、私は題材を変えなければならなくなったのだが、そのことにひどく落ち込んでしまった。今なら簡単に諦められるだろうが、当時の私は、それができなかった。
 靴の中まで水が入り、歩くたびにじゅぶじゅぶと嫌な音を立てる。ブラウスも、下着も、スカートも、ソックスも、全部身体にはりつく。
 ふと、友人が足を止めた。自転車を停め、靴を脱ぎ始めた。そしてソックスも脱いでしまい、裸足になる。ヘルメットも取るから、頭のてっぺんからずぶ濡れである。
「もうびしょびしょだし。脱いだところで変わらないよ。気持ちいいよ」
 そう言うから、私も同じようにした。
 確かに、気持ちがいい。
 土砂降りの雨は、まだ落ち着きそうになかった。行き場を失った雨水がアスファルトの上に溜まり始める。私たちは、やばいやばいと笑いながら帰っていった。
 自宅に着く頃になると、どす黒かった雲はどこかに消え、すっきりとした青空が広がっていた。

 自宅に戻り、ハイヒールもトッキングもスカートもブラウスも全部脱ぎ捨て、脱衣所で新しい下着をつけてそのままキッチンに直行する。冷蔵庫の中から、冷えたビールを取り出した。大事な一口目だが、雑に流し込む。
 そして、そのままリビングの床に転がった。
 仰向けになり、窓の外を見る。
 どす黒かった雲はどこかに消え、すっきりとした青空が広がっていた。
12/12ページ
スキ