明日もどこかで誰かが

 アスファルトの焦げる匂いに、土の匂いが混ざっている。都会には、こんな匂いはなかった。田舎独特の匂いだ、これは。
 駐車場から実家まで歩いていると、車庫が草で埋め尽くされている家を見つけた。その斜向かいの家は、ゴミが家から溢れ出ている。そのゴミの異臭がなかなかひどく、野菜が腐ったような悪臭が漂ってくる。なぜ老人の家は、段ボールに入ったゴミで溢れ出すのだろう。
 汗をダラダラと流しながら実家まで続く坂道を歩いていると、白いワゴン車が1台走ってきて、ある家の前に止まった。通り過ぎる際に、ポロシャツを着た人が、住人の名を呼んで玄関を開けた。老人ホームの迎えだろう。かつてはそんな車、ここには一台も走っていなかった。
 しばらく帰らないうちに、団地の様子はかなり変わっていて、高齢化が進んだのだなと感じる。草が生い茂っていた家も、住人が死んだか、施設に入ったかのどちらかだろう。

 実家には母がいて、しばらくクーラーのきいたリビングで過ごしていた。
 俺の見当通り、あの草だらけの家は、住人が死んだようだ。もともと施設に入っていたが、そこで死んだのだと。そういう詳しいところまで分かるのが、いかにも団地らしい。
「そうだ、二階の荷物……片付けたいから、必要なの、分けておいて」
「二階?」
「物置にしてる」
 家を出る前は、俺の部屋だった。どうなっているかなとは思っていたが、物置になっていたとは。使っていない学習机の上には読んでいない本が積まれ、床には段ボールが置かれている。
 来る時に見た老人のゴミ屋敷になる一歩手前みたいな状況だ。部屋が空いていなければ、うちもああなる可能性があったということだ。
 老人はただ、ゴミを出す体力がないだけなのかもしれない。生活していれば、モノは自然と増えていく。ミニマリストになるつもりはないが、気をつけなければ、ああなってしまうのだろう。
 小学生の頃の作品、教科書、卒業の際にもらった写真の貼られたボード、趣味で買った本、ぬいぐるみ、ゲーム機にソフト――自分の人生に付き添ってきたモノや記念のモノたちでいっぱいだ。
 だが、これからの人生にはもう必要ない。必要になれば、今の自分に合うものを買う。
 立ち上がり、窓の外を見た。
 団地を一望できるこの窓は、お気に入りの場所だった。窓際に机を置いてもらったのは、疲れた時にすぐ外を眺められるからだ。
 家は変わらずそこにある。ここから見る眺めは昔と変わらない。でも、屋根の下はそれぞれが変わっている。うちも例外ではない。
 小さなネコの手編みぬいぐるみ一つを手に取った。汚れはするが、こいつは何も変わらない。祖母が編んでくれたこのネコを、母に見つからないようにこっそりカバンに入れた。
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