5章 浅葱智哉
スマホが震えた。紺野さんが連絡を寄越すはずがないのに、紺野さんかと思ってすぐに画面を見た。
別のSNSからの通知だった。時刻は十九時を回ったところだった。
『やっほーねぎさん。浅葱くんって言ったほうがいい? 久しぶり。リリアだよ』
リリアさんからダイレクトメールが届いていた。裏垢のほうだ。先にブロックしておけばよかったと後悔しつつも、なんですかと返信する。
『なんか落ち込んでたから、心配だねってまゆと話してたの。どしたの。リリアとまゆでよければ話聞くよ』
『いや、いいです。もう終わったことなんで』
そう返信した瞬間、家のインターホンが鳴った。
「入るぞー」
「おりゃー」
馴染みのある声が二つ。焦って部屋から飛び出すと、廊下でばったりとリリアさん越智さんの二人に出くわした。
越智さんはだぼだぼのTシャツにジーンズに帽子、リリアさんはへそ出しのトップスにショートパンツという派手な格好だった。見た目からして怖い。
「空き巣でもしに来たんですか」
「んなわけないじゃん。浅葱くんちに遊びに来たんだよ」
リリアさんがズカズカとキッチンに行く。越智さんもそれに着いて行く。
訳が分からないけれど、一応、来客としてもてなすことにした。麦茶を出すと、二人は助かる~と言いながら一気に飲み干した。
「マジ広いよね、浅葱くんち」
「ほんまそれ。羨ましいわ」
「何しに来たんですか。僕はとても気まずくて死にそうなんですが」
言うと、二人とも、爆笑する。
「もう、そのこと忘れてよ。お友達、お友達。わたしは元同僚」
「そうそう。あたしはネッ友でいいよ」
二杯目の麦茶を飲みながら、越智さんは単刀直入に言ってくる。
「紺野さん、いないの?」
「今日の昼に、福山に帰りました」
「ってことは、浅葱君に彼女できたってこと? そういう契約で住んでたよね」
「いませんよ。いませんが、お二人に告白されたことで契約完了ということになりました」
あー、と越智さんとリリアさんは顔を見合わせる。
自分たちのせいか、とバツが悪そうな顔をしていた。
「それは申し訳ないことをした。うん。どうしよう、まゆ」
「あれだ。紺野さんをどうにかして引っ張り出さないとダメだね」
「いや、いいですよ。もう終わったことなんで。もう遅いですし、何か食べて帰りますか」
そう提案すると、話題はすぐにそっちに変わった。
冷蔵庫に残っていた野菜と肉を適当に炒めて、二人に出してやる。越智さんが毎日ここに遊びに来たいとか言い始めたから、それは丁重にお断りをした。
越智さんが酒がほしいと言い出したので、紺野さんが買って残していたビールを渡した。
話題を変えたいと思って夕食にしたのに、二人はまた紺野さんの話をする。
「他人とか言ってたけど、ほんとは、好きなんでしょ」
「あたしもそー思う。だって、ねぎさんが落ち込んでるのって、紺野さんが帰っちゃってからなんでしょ?」
「なんで、止めなかったの。なんか浅葱君らしくないね。わたしの知る浅葱君は、好きなものにもっと一途だったのに」
「僕よりも、紺野さんの方がまっすぐです。止めても、きっと、紺野さんは帰りました。だからいいんです」
もう帰ってくださいと言うと、二人は渋々玄関まで行った。
「最後に教えて。紺野さん、実家どこ?」
「実家も福山です。詳しい場所は知りません」
「おけ。リリア、行こう。お邪魔しました~」
「ばいばーい。ねぎさん、また遊ぼうね」
嵐が去って、また静かになる。
越智さんは友達と言ってくれたけれど、そういう人が家を訪ねて来るのは初めてだった。
リリアさんはまた遊ぼうと言っていたから、もしかしたら、また来るかもしれない。そうなれば、この家にも意味ができる。
でも、帰ったら、またこの静かな家になってしまう。
この、楽しい時間のあとの寂しさが、とにかく苦手だった。
リリちゃんのライブが終わって、パソコンを切ったあとの静寂。
一人の空間に放り出される感覚。
それを埋めてくれていた、紺野さんの小さな足音が、恋しい。
もう終わったことだから、なんて言ったけど、本当は、そんなことなかった。
越智さんが言葉にしてくれて、やっと自分の感情のラベリングができた。
リリちゃんの好きとは違う、紺野さんへの好きがあった。
リリちゃんへの愛と比べると、随分と穏やかなものだった。
気付くのが遅すぎる。本当に、何やっているんだろうか、僕は。
何か音がしていないと寂しいので、家事と風呂を終わらせた。そのあと、パソコンをつけると、リリちゃんと越智さんが本日二回目の配信をしていることに気付く。
『決めた! 決めたよリリコ!』
『何をだよ。いつもまゆは突然すぎる』
『ライブの場所! 福山にする! 愛媛にいた頃、福山には何回か遊びに行ったことあるんだけどさ。今のわたしたちにちょうどいい大きさのホールがあるんだ。そこでやることにした! ということで詳細は後日だ。諸君、期待して待たれよ』
チャット欄が大きく動き始める。都内にしてくれよ、という声が多かった。
地方でやるよりも、都内でやるほうがずっといいのは誰だって分かっている。でも、越智さんは福山でやると決めた。
二人が言いたいことは分かった。だから、スパチャで言った。
『仕事休んででも見に行きます』
僕のこのコメントを見た二人は、ブイサインを出した。
うまくやれよ、のサインだった。
後日、詳細が出た。十月上旬。会場は福山駅からほど近いところにある文化ホール。
郵便受けには、チケットが入った封筒が入っていた。切手が貼られていなかったから、越智さんかリリアさんのどっちかが、直接入れたんだと思う。
『これをどう使うかは、ねぎさんに委ねまーす。あ、でも、紺野さんには、クリームソーダのお礼って伝えといて~。めっちゃいいライブにするからね! リリアより』
とだけ書かれたメモ用紙が入っていた。声をかけてくれても良かったのに。
それから、すぐに紺野さんに連絡を送った。
『リリちゃんと越智さんの初ライブがあるので、福山に行きます。リリアさんから、メロンソーダのお礼ということで、紺野さんの分のチケットを預かっています。一緒にどうですか』
直接、会いたいと打てない自分が情けなかった。
既読はついたけれど、返信はなかった。でも、それでも行くと決めた。
別のSNSからの通知だった。時刻は十九時を回ったところだった。
『やっほーねぎさん。浅葱くんって言ったほうがいい? 久しぶり。リリアだよ』
リリアさんからダイレクトメールが届いていた。裏垢のほうだ。先にブロックしておけばよかったと後悔しつつも、なんですかと返信する。
『なんか落ち込んでたから、心配だねってまゆと話してたの。どしたの。リリアとまゆでよければ話聞くよ』
『いや、いいです。もう終わったことなんで』
そう返信した瞬間、家のインターホンが鳴った。
「入るぞー」
「おりゃー」
馴染みのある声が二つ。焦って部屋から飛び出すと、廊下でばったりとリリアさん越智さんの二人に出くわした。
越智さんはだぼだぼのTシャツにジーンズに帽子、リリアさんはへそ出しのトップスにショートパンツという派手な格好だった。見た目からして怖い。
「空き巣でもしに来たんですか」
「んなわけないじゃん。浅葱くんちに遊びに来たんだよ」
リリアさんがズカズカとキッチンに行く。越智さんもそれに着いて行く。
訳が分からないけれど、一応、来客としてもてなすことにした。麦茶を出すと、二人は助かる~と言いながら一気に飲み干した。
「マジ広いよね、浅葱くんち」
「ほんまそれ。羨ましいわ」
「何しに来たんですか。僕はとても気まずくて死にそうなんですが」
言うと、二人とも、爆笑する。
「もう、そのこと忘れてよ。お友達、お友達。わたしは元同僚」
「そうそう。あたしはネッ友でいいよ」
二杯目の麦茶を飲みながら、越智さんは単刀直入に言ってくる。
「紺野さん、いないの?」
「今日の昼に、福山に帰りました」
「ってことは、浅葱君に彼女できたってこと? そういう契約で住んでたよね」
「いませんよ。いませんが、お二人に告白されたことで契約完了ということになりました」
あー、と越智さんとリリアさんは顔を見合わせる。
自分たちのせいか、とバツが悪そうな顔をしていた。
「それは申し訳ないことをした。うん。どうしよう、まゆ」
「あれだ。紺野さんをどうにかして引っ張り出さないとダメだね」
「いや、いいですよ。もう終わったことなんで。もう遅いですし、何か食べて帰りますか」
そう提案すると、話題はすぐにそっちに変わった。
冷蔵庫に残っていた野菜と肉を適当に炒めて、二人に出してやる。越智さんが毎日ここに遊びに来たいとか言い始めたから、それは丁重にお断りをした。
越智さんが酒がほしいと言い出したので、紺野さんが買って残していたビールを渡した。
話題を変えたいと思って夕食にしたのに、二人はまた紺野さんの話をする。
「他人とか言ってたけど、ほんとは、好きなんでしょ」
「あたしもそー思う。だって、ねぎさんが落ち込んでるのって、紺野さんが帰っちゃってからなんでしょ?」
「なんで、止めなかったの。なんか浅葱君らしくないね。わたしの知る浅葱君は、好きなものにもっと一途だったのに」
「僕よりも、紺野さんの方がまっすぐです。止めても、きっと、紺野さんは帰りました。だからいいんです」
もう帰ってくださいと言うと、二人は渋々玄関まで行った。
「最後に教えて。紺野さん、実家どこ?」
「実家も福山です。詳しい場所は知りません」
「おけ。リリア、行こう。お邪魔しました~」
「ばいばーい。ねぎさん、また遊ぼうね」
嵐が去って、また静かになる。
越智さんは友達と言ってくれたけれど、そういう人が家を訪ねて来るのは初めてだった。
リリアさんはまた遊ぼうと言っていたから、もしかしたら、また来るかもしれない。そうなれば、この家にも意味ができる。
でも、帰ったら、またこの静かな家になってしまう。
この、楽しい時間のあとの寂しさが、とにかく苦手だった。
リリちゃんのライブが終わって、パソコンを切ったあとの静寂。
一人の空間に放り出される感覚。
それを埋めてくれていた、紺野さんの小さな足音が、恋しい。
もう終わったことだから、なんて言ったけど、本当は、そんなことなかった。
越智さんが言葉にしてくれて、やっと自分の感情のラベリングができた。
リリちゃんの好きとは違う、紺野さんへの好きがあった。
リリちゃんへの愛と比べると、随分と穏やかなものだった。
気付くのが遅すぎる。本当に、何やっているんだろうか、僕は。
何か音がしていないと寂しいので、家事と風呂を終わらせた。そのあと、パソコンをつけると、リリちゃんと越智さんが本日二回目の配信をしていることに気付く。
『決めた! 決めたよリリコ!』
『何をだよ。いつもまゆは突然すぎる』
『ライブの場所! 福山にする! 愛媛にいた頃、福山には何回か遊びに行ったことあるんだけどさ。今のわたしたちにちょうどいい大きさのホールがあるんだ。そこでやることにした! ということで詳細は後日だ。諸君、期待して待たれよ』
チャット欄が大きく動き始める。都内にしてくれよ、という声が多かった。
地方でやるよりも、都内でやるほうがずっといいのは誰だって分かっている。でも、越智さんは福山でやると決めた。
二人が言いたいことは分かった。だから、スパチャで言った。
『仕事休んででも見に行きます』
僕のこのコメントを見た二人は、ブイサインを出した。
うまくやれよ、のサインだった。
後日、詳細が出た。十月上旬。会場は福山駅からほど近いところにある文化ホール。
郵便受けには、チケットが入った封筒が入っていた。切手が貼られていなかったから、越智さんかリリアさんのどっちかが、直接入れたんだと思う。
『これをどう使うかは、ねぎさんに委ねまーす。あ、でも、紺野さんには、クリームソーダのお礼って伝えといて~。めっちゃいいライブにするからね! リリアより』
とだけ書かれたメモ用紙が入っていた。声をかけてくれても良かったのに。
それから、すぐに紺野さんに連絡を送った。
『リリちゃんと越智さんの初ライブがあるので、福山に行きます。リリアさんから、メロンソーダのお礼ということで、紺野さんの分のチケットを預かっています。一緒にどうですか』
直接、会いたいと打てない自分が情けなかった。
既読はついたけれど、返信はなかった。でも、それでも行くと決めた。