Episode1 ずっとこの日を待っていた
「よっ、フィスウル
どうだ、もう戦闘にも慣れてきたか?」
遡行先の凍土で声をかけられ思わず振り向くと、そこには先輩ことゼノがいた。
「お前さんのクラスはなんだったっけ
……って、そうか、お前さんは何にでもなれるんだったか」
ゼノの言葉の意味をつかみあぐねて俺は少しだけ首をかしげた。
俺を含む第三世代のほとんどがフォトン特化傾向を自在に変えることが出来る。
しかしそれは決して楽なものでは無いし俺の同期やアフィンもひとつのクラスを集中的に極めることにしている。
様々なクラスを使って戦っているのは今のところ俺くらいなものだろう。
「フォトン特化傾向を自在に変えられるってのは便利だよなぁ
羨ましいぜ」
「そうでも無いぞ、フォトン特化傾向を変えたあとはその特化傾向を固定させないと戦闘で急に武器が使えなくなった
なんてことになりかねないからな」
「……そうなのか……ただ簡単に変えられるって訳でもないんだな」
「慣れだろうな、俺の同期はひとつの特化傾向に固定してるやつが多い
自由すぎると器用貧乏になりやすいからな、俺のように」
「……そうか
……なぁ、お前さんから見て俺は何に見える?」
「どういうことだ?」
「ちゃんとハンターに見えるか?
……実はな、俺のフォトン特化傾向
完全にレンジャー向きなんだよ
今は無理言ってハンターやってるが向いてないクラスってのはきっついもんだな」
そうだったのか……。
動きにぎこちなさはなかったから全く気がつかなかったが、ゼノにはゼノなりの悩みがあったらしい。
しかし何故ハンターなのだろうか……。
「なんにでもなれるお前さんが少しばかり妬ましいぜ
……まぁ、ないものねだりしても仕方がないからな
俺は俺に出来ることをやって行くさ」
「……レンジャーに戻らないのか?」
「……それは……俺もそう思う、ホントなら戻った方が戦いやすいだろうしな……
でもそれじゃあ守れないものもある
だから俺は、ハンターじゃないといけないんだ」
「……なるほどな」
「……あー、駄目だな
なんだかお前さんと話してると愚痴ばっかりになっちまう
すまんな
……しかし、なんなんだろうな
この懐かしい感じはよ」
「さぁ……?」
不思議そうな表情をするゼノに俺は肩を竦めた。
1度戻って再び遡行をした先でレダからジグに武器を作ってもらえないか頼んでくれと言われ、俺は養父からも話に聞いていた名うての刀匠の元へと向かった
………………が。
「なんじゃお主は
わしを笑いにでも来たのか
ふん、好きに笑え…この刀匠ジグ、齢七十にして既に枯れたようだ」
「燃えんのだ…
かつては泉のように湧いてきていた創造心というものが、奮い立たん」
「40年前の決戦時は心震えた…
10年前の死闘もそうだ!
大規模な戦いは情熱を掻き立てる!
…だが、戦線の沈静化を受けてわしの情熱も冷めていった…
武器を手掛けたい気持ちはあるが中途半端な物は作りたくない
これは、職人の矜恃じゃ
………すまんな、愚痴に付き合わせた
お主には、何故か話しやすくてな」
「愚痴ついでにひとついいか?
もし、わしの情熱を滾らせるような何かを見つけたら、持ってきて欲しい
インスピレーションを刺激するような…そう、刺激的な何かを…」
ノンブレストともいかないが言葉を割り込む暇もなく言われるとは思っていなかった俺は面食らってしまったらしく、流されるまま承諾してしまった。
そんなこともあってジグの言葉を片隅におきつつ再び俺は遡行を行った。
凍土を歩き回っているとブリュアーダの群れに出くわし思わず攻撃の動作に入る……が。
何故かブリュアーダはこちらの方を見向きもせず、何かを探すようにさらに奥へと進んでいく。
アークスを無視するダーカーがいると他のアークス達から聞いていたが、ここまで露骨だと怪しすぎる。
ロジオからも注意するようにと言われ気を引き締め直して進んでいく
そうしてしばらく歩いているとちらりと目の前を横切る影が視界に移る。
ドクン…と自分の心臓が大きく鳴ったような気がして俺は息を詰めた。
通信先のロジオに静かにするようにと伝え、氷柱の後ろに隠れる。
人影は見覚えのありすぎる仮面の男。
「もしかして、噂にあった凍土で見た人影、というのはあの人のことなのでは?」
ロジオの言葉に俺も納得する。
しかし、同時に疑問も浮かんだ。
……何故やつはここに来たのだろう。
ここにもしかしたら探しているものがあるのだろうか。
探すと言えばダーカーもだ。
まさか、あの男とダーカーは何か関わりがあるんだろうか……。
……そう言えば、ダークファルスと呼ばれるダーカーの親玉は人の姿にもなれると聞いたことがある……。
…………まさか……な。
思考を没頭させていると、突如頭の中で音叉を鳴らされたような音が響いて思わず顔を上げる。
ロジオは音のデータは補足していないと伝えられたが、何かある気がする。
マトイを助けた時も、助けを求める声が聞こえたのだ。
何も関係ないわけがない。
音の聞こえた……はずの場所へと俺は歩を進める。
「…………武器……か?」
たどり着いた先にあったのは、おそらく破壊されたのであろう何か。
それは氷に包まれていているはずなのにどこか中に透けているものは人工物のような不自然さがあった。
やや浮いていたそれは触れると重力に従って落ちていく。
重さはそれほどでもないのか簡単に持ち上がったそれは、どこか長杖にも似ている。
ロジオも、パラメータを見る限り武器だろうという結論に至った。
これなら恐らくジグも興味を持つのではないかという直感に任せ持ち帰ろうとした時、上からあの男が武器をふるっておりてくる。
間一髪で避けた俺をみて男はやや苛立った声で「それを離せ」と言ってきた。
なるほど、やつの捜し物はこれだったのか。
「断る」
俺がそう言うなり男は再び攻撃を仕掛けてきたが、男の武器が俺の武器と交わることは無かった。
代わりに別の武器が甲高い衝突音を奏でる。
「危ないところだったなぁおい
……けしかけた手前気になって追いかけてみたが……こりゃどうなってんだ?」
「……その人、アークスなの?」
「そういうの調べるのがお前の役目だろ」
ゼノの言葉に慌てたように検索を始めるエコー。
しかし次に出てきた言葉は前にシーナと呼ばれたアークスから聞いた言葉と変わらなかった。
「あ……ええっと、全件検索完了
該当するデータなし…
なし、ってどういうこと!?」
「おい、お前……どこのどいつだ、所属をいえ」
ゼノが睨みを効かせて仮面の男に詰寄る。
「…………」
しかし仮面の男は大したことは無いと言わんばかりの態度である。
再び襲ってくるとも限らないと思い、俺は武器を構え直す。
「ちぇっ、無視かよ!
すかした仮面してやがるし、なんだかいけ好かんやつだなお前」
ゼノ言葉には全くといって反応していない仮面の男はふと俺の方に視線を向けた。
「邪魔をするなら……殺す」
「っ……」
明確な殺気にほんの少し足が下がる。
今まで感じたことの無い憎悪の交じった殺気に怯んでしまった。
なぜ、こいつはここまで俺に憎悪を向けてくるのか……。
気になることはあるが、殺されては意味が無い。
俺は気を取り直して武器を構える。
ゼノも仮面の男が引く気がないことを理解したのか面倒そうに頭をかいた。
「……はー、引く気はなさそうだな
なら、力尽くでも御退場願うぜ!」
戦闘は決して優勢にはならなかった。
3対1でようやく相手ができるレベル……と言えばいいだろうか。
ゼノはともかく俺とエコーは既に疲れが見え始めていた。
撤退も必要かとゼノに伝えようとした瞬間、腕に抱えていた壊れた武器がまるで共鳴を起こすかのように淡くひかり、音を奏でる。
仮面の男はその音に惹かれるように武器に視線を寄せる。
「……」
「スキありっ!」
ゼノはその隙を見逃さず、すかさず攻撃を加える。
鈍い激突音と共に仮面の男は後ろに下がった。
仮面を押えた手のひらからパラパラと白い雪に目立つ黒が落ちていく。
多少は手傷をおわせられたのだろうか。
「チッ……」
「おいおい……業物がイカれちまったよ…
……だけどまぁ、おあいこってところか」
驚きとも呆れともつかない声でゼノは業物だった武器を振るう。
仮面の男の方もヒビが入った仮面を押さえながら腹立たしそうに舌打ちをしていた。
「……覚えていろ、フィスウル・ユリス」
「っ!!?」
なんでこいつは……俺の名前を……。
最初にあった時だって名を名乗ることすらなく対面したはず……。
今回もゼノもエコーも俺の名前は……
一体何者なんだ……あの仮面の男は……
「……とんでもないやつだったな
フィスウル、お前さんは大丈夫か?
良くもまぁ、探索後のその状態で戦ったもんだぜ、頑張ったな」
驚きに身を固めていた俺の耳にゼノからの労いの言葉が通っていく。
その言葉で少しだけ平静を取り戻した俺は思わず手に持った武器を眺めた。
「それで、あの仮面野郎が狙ってたのはお前の持ってるそのガラクタか?」
「音が……なっていたんだ」
音叉を鳴らしたかのような甲高く、しかし耳障りではない音。
「音?そんなもんなってたか?」
「あたしも聞いてないけど……」
「私の採取したデータにも、そのような音声情報はありません」
しかし俺以外はその音を聞いていないのは事実のようだ。
なぜ俺だけに聞こえたのか、違和感とともに俺はアイテムバックに武器をしまう。
「まー、考えることはロビーでもできるだろ
早いとこ帰ろうぜ
……学者さんよ、アンタの欲しかったデータってやつは集まっただろ?」
「そちらも十分に取れています
ですが何故、フィスウルさんの依頼内容をご存知なのですか?」
「あー…………先輩ってのはな
後輩のやることなすこと全部把握してるんだよ」
それは一般で言うストーカーと言うやつなんじゃないかと思うんだが……。
そんな俺の呆れた目線に気づいたのかゼノはふいと視線を逸らす。
「あたしに調べさせたくせに」
「いきなりばらすなっての!
ほら、さっさと帰るぞ!」
エコーからの追撃も食らってゼノは非常に居心地悪そうにテレパイプの方へと向かうと「さっさとこいよ」と慌ててキャンプシップに戻っていく。
「ごめんね、迷惑だったでしょ」
「いや、おかげで助かった
ありがとう
やはり持つものは先輩だな」
「あはは、嬉しい事言ってくれるじゃん
それ、ゼノにも言ってあげてよ
ま、あいつの事だから有頂天になるだろうけど」
「そうだな」
必死になんでもないような振りをするであろうアークスの大先輩の様子を想像しながら俺たちは帰路につくことになった。