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Episode1 ずっとこの日を待っていた


戦いにおいて思考を放棄するのは命を放棄することと同じことだと思え。
思考し、それによって生まれる選択肢を間違えないよう選択しまた考えろ。
そうすることで戦いにおいての最善策が生み出される

「とは言ってもな…」

育ての親であり戦いの師でもあるライゲンの言葉を記憶から掘り起こしながら。
優に千回を超えた腕立てふせの最後の1回をおわる。

面倒だが筋力トレーニングは欠かせない
俺の体は常人よりも遥かに多い量のフォトンを体に溜め込み放出する特性に長けている。

本来なら攻撃力の高さを取り柄にして行くのだろうが。
フォトン適性の自由度と如何せん放出量が多すぎるため使った武器はことごとく壊れるのだ。

それにどれだけ無尽蔵に取り込めるとしてもタンクとなる自分の体が脆弱では意味が無い。
拾われて直ぐにフォトンの扱い方を教えられて体づくりも必要だと言われてから気づけば日課となっていた気がする……。

「それにしてもマターボード……か
不思議なものだな」

マトイとの会話のあとは特にこれといって何も無く……そう……何も無く7日が過ぎたのだ。

ただこれでおわる訳では無いだろうというのは察していた。

気まぐれにショップエリアに向かうと、あの日と同じ人気のない場所にたどり着く。

「貴方にまずは、感謝を」

ふわりと唐突に現れたシオンに驚くことも無く、俺は視線を合わせる。

「偶発事象の優位改変が確認され
新たな状況へと進行した」

優位改変?偶発事象はおそらくマトイの発見なのだろう……。

それにしても改変が行われればその後の時間は本来の時間の進みになるということなのだろうか……。

わからないことが多すぎる。

「状況よりも、自称の説明を求める……と言った表情をしているようだが、その認識で正しいか?」

「あ、あぁ」

「だがここに正確な認知は必要ないと認識する」

「それは、優位事象の正確な事柄を知れば本来求める事象から遠ざかるということか」

「……そう認知してもらって構わない
ただ、貴方は、多くのものを救う機会を持つと
ただそれだけを把握しておけば、事足りる
……いや、説明が十分でない、正しくない
あなたを納得させるだけの言葉を
今の私は学習し得ていない…………
……だから、私は謝罪する
いまだ信用を得るに足らないわたしを」

「気にすることは無い
話せない理由があるなら話さなくても構わない
それがお前の最善なんだろう……
俺は自分なりに答えを探してみるさ」

「…………感謝する……そして……それでもあなたに頼るわたしを……私は謝罪する」

「何回も言わせるな、気にしなくていい
俺は俺の知るべきことを
お前はお前が望むのだろうマターボードに導びかれた未来を
お互い利用する理由は十分だ」

「…………
新たなマターボードが生まれた
それはつまり、新規偶発事象への介入が可能になったことを意味する」

「私の後悔は未だ続く
貴方がそれを払う標となることを願っている……」

ふつりと途切れる音と同時に賑やかなショップの様々な音が耳に入り込んでいく。
小さく光るボードにはぼんやりと2/20の文字がうかんでいるように見えた。






「さてと……今度は俺がマトイを助けた後か……」

何回も時間遡行をするうちに体がだいたいどの時間にいるのか分かるようになってきたのだろうか。
アフィンの居ないところを見ると、どうやら俺は1人らしい。

「どこにいる……」

「っ!」

どこからか聞こえるあの男の声にすっと息を潜め、様子を伺う。
仮面をつけた男はしきりに何かを探しているのか周りを見渡していた。

……なるほど、マトイを救助することによってあの男とマトイを会わせないようにしていたのか。

気づかれないよう俺はそっとその場を離れる。
マトイを助け出すだけで終わりなら再び現れはしないだろう。
おそらくまだなにか探しているものがあるのかもしれない。

そう思いながら俺はクエストを終えた。

そこからは遡行遡行遡行の繰り返しで情報屋姉妹やゼノ、エコー、地質学者などに話を聞いた。

ウルクたちの話はアークスとしての根本的な問題によるものだったので省こう。

1番気になったのはロジオという地質学者の話だ。
彼が言うにはデータが噛み合わない部分があるらしい。
地質やその他から得られたデータと生物の生息データなどを照らし合わせても全てに微妙なズレがあるとロジオは言った。

このデータが一体何を意味するのかは今のところわからないが、ナベリウス奥地にある凍土エリアと何らかの関係があるのだろう。

俺は今回のマターボードが不発に終わったことを少し残念に思いながら再びショップエリアへと向かった。

ノイズとともに人の声が消えていく。
ゆっくりと聞こえてきたシオンの声はまるで俺をなだめるかのような音だ。

「万事において、全てを選ぶことは不可能である
光陰の後を見定めた諦念も必要である
事象は蝶の羽がごとく揺らぎ、流転する
時として不意になることもある
だがそれは決して無為ではない」

「あぁ……分かっている」

分かっているともさ。
全てが成功に繋がるはずなんてない。
しかしどれも無駄ではないのだ。

俺はひとつ頷くとシオンの言葉を促した。

「あなたは迷わないで欲しい
そのために、わたしと、わたしたちがいる
その為だけに…わたしは居る
……新たなマターボードが生まれた
事象は変遷をみせ、今だ遠き道ながら全ては確然と近づいている
あなたの行動が未来を決めるということ……私か表現するのはただそれだけ
……迂遠な言葉を謝罪する」

「わたしと、わたしたちが今言えるのはここまでであり、これからもここまでであることは自明である
……だから、私は願う
あなたの掴んだ未来が一縷を掴んだものであることを……」

切な願いなのだろう。
感情の読み取れない彼女の様子が酷く悲しそうに見えた。


「おーい!相棒!」

「っ!アフィン?」

「何やってんだよ1人でブツブツと」

「なんでもない、ただ世の中上手くいかないものだと思ってな」

「へぇ、相棒でもそんなこと思うんだ」

「お前、俺をなんだと思ってるんだ……全く」

むしろ上手くいかないことばかりなんだが……。
どうも周りには理解してもらえないな。


「へへ、次のクエストはナベリウスの奥地だぜ
一緒に行かないか?」

しばらく先を進んでいたアフィンがゲートエリアへ向かう道すがらにかりと笑ってこちらを向く。

「ん、ぜひ同行させてもらおうか」

「よしゃ、じゃあ出発なー!」

明るい掛け声に俺も自然と笑みがこぼれていたようで、アフィンが「珍しいな」と俺の頬をつついた。

思い切りつつくな、痛いだろうが。

「俺が笑うのがそんなに珍しいか?」

「嬉しそうだからさ」

「久々にお前といけるからな」

「え?そんなに間空いてたっけ?」

「……感覚的な話だ」

「あー、なるほど」

そんな話をしながら俺達はクエストカウンターに向かうのだった。
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