盗賊王と黄金のランプ

 夕暮れ時の床屋は紳士たちの社交場だ。
 大きな天幕の内側では、髭を剃られる者、髪を剃られるもの、脚を洗われる者と、各々が身なりを整えている。
 その中でも、一際目を引く若者。金の刺繍の服を着て、肌にも髪にも薔薇水を惜しみなく使う。きっと、大金持ちなのだ。
「実は、成人をしたものだから、父からそれなりの金を貰い家を出たのだ」
 青年は床屋に自分のことを語った。
「だが、いざ、自分の家を探すとなると難しいものだよ」
「そりゃ、旦那様のような方には、その辺の屋敷は粗末に感じるでしょうなぁ」
 理髪師はうんと丁寧に若者の顔を剃りながら頷いた。
「どうしたものかと途方に暮れていたのだが、そこに、不思議な商人が現れた。この私が望むものを用意しているというんだ」
「へぇ、また、そりゃ、怪しい。そんなのは大体、盗人か魔物ですよ」
「いやいや、それが、そうでもないのだ。顔はよく見えないが、明らかに麗しい。それに声は涼やかな川風のようでな。精霊の類かもしれんとも思ったが、もし、本当に私の望む家を用意しているならと
着いていってみたのさ」
「度胸がありますなぁ」
「そうしたら、どうだ。大門から程近い場所に、雪花石膏で作られた眩ゆいばかりの屋敷が建っていたのだよ」
「大門の?そんなものありましたかな?」
「そう思うだろう?いつの間に建ったのか」
 実に不思議な話だ。理髪師も周りの者たちもすっかり若者の話に聞き入ってしまう。
「私はそこの門を開けて、恐る恐る中へと入った。するとな、中には美しい調度品と、三人の美姫が待っていたのだ」
 これはいよいよ魔人に騙されたのだな、と、誰もがそう思った。だが、若者は、今もここにいて、呑気に髭を整えているのだ。
「私は三人と一晩を過ごした。三人とも、私の妻となったのだ。流石に魔人に騙されてるかと、私も思ったさ。だが、翌朝、屋敷も妻たちも消え去りはしなかった。そこに例の商人が現れて、言うんだ。ここが気に入ったなら、金二袋で売ってもいいと」
 ごくり。話を聞く人間は固唾を飲んだ。
「私は困った。金の二袋は大金だ。どうしたものかと悩んでいると、払えないなら他の誰かに売ると言うのだ。いよいよ私は父に頭を下げる覚悟だったさ」
「ふむ、それしかありませんな」
「ところが、そこで、妻たちが私と離れ難いと言ってくれたのだよ。商人も悪魔ではない。仕方ないので、少しばかり負けてやってもいいとなったのさ」
「ほぉ」
「私は喜んで金を一袋と銀を一袋に金細工の刀と古い地図を彼に支払った。それで、あの城と三人の妻を手に入れたのだから、ついてるんだろうなぁ」
 若い男は満足げに語り終えると、妻たちが待つ屋敷へと帰っていったのだった。
 実に不思議な話だった。床屋も客も興味深い話だったと感心した。
 だが、これは、ただの世間話では済まなかった。その話を天幕の裏で聞いていた者がいる。
 女達が羨むような白い肌に柔らかく整った顔立ちの男だ。この男、街を歩けば、娘たちが後を追いかけてくるような色男だが、その正体は大盗賊の頭目であるのであった。
「お頭、どう思います?」
 手下の大男がぼそりと囁く。
「その商人、少なくとも金と銀を持ってるが、そんなものは大したことがない。そいつが手に入れた地図こそ、我々が探しているものだ」
 盗賊の頭目はニヤリと笑った。
「それにしても、最近、その商人の話をよく聞くが、かなりの商売上手だな。本当に精霊の類かもしれん。よし、その商人との接触は俺がやろう」
 そうして、男は、夜を待って、その謎の商人が現れると言うスーク(市場)に出かけたのであった。

 夜のスークは静かな物だった。そこを盗賊の頭領は目星も付けずに歩き出す。追い剥ぎが一人二人と後をついて来ているが、気にも留めない。野良犬もこの男には遠慮して道を開けるので、そのまま奥へと進んだ。すると、遠くに一つの天幕に灯りが灯っているのが見えた。
「ほぉ」
 あれが、例の商人の店だろうか。見るからに怪しげな様子だ。だが、どうにも足が吸い寄せられる。
「これは、精霊の類だという噂も出鱈目では無さそうだ」
 天幕に近付く。すると、追い剥ぎたちは離れて行った。奴らは、ここには近寄れないのだ。
 ますます面白い。
 声を掛ける前に幾重にも重なった布を掻き分けて中に入った。
「っ!」
 息を飲む気配と共に奥の灯りが消されて、天幕の中は薄暗くなった。
 だが、一瞬、頭領には奥にいた人物が垣間見えた。
 男だ。女のように着飾っていたが、確かに男だった。
「お客さんですか?」
 聞こえて来たのは、あの若者が言う通り川風のような涼やかな声。
「あぁ、そうだ。ここでは、面白い物が買えると聞いてな」
「おかしいな。僕は、店の場所を誰にも教えてないんですが…まぁ、いいでしょう。いらっしゃい。何をお探しで?」
 衣擦れの音も艶かしい。男なのだろうが、きっと驚くほどの麗人だろう。
 興味は惹かれるが、他に目的がある。頭領は、商人の前に腰を下ろした。
「ここは、何を売っているんだ?」
「何でも貴方の望むものを。言うなれば、僕が売るのは欲望です」
「ふっ」
 そう来たか。怪しげな商人だ。どこからどうやって品を手に入れているのか、その手筈の欠片でも知りたいが、何一つ教えてはくれなそうだ。
「では、単刀直入に言おう。そちらが手に入れた古い地図、あれを売って欲しい」
「っ!」
 息を飲む気配。
「貴方のお名前を聞いてなかった」
 商人は言った。
「私は沖矢だ」
 頭領は、滅多に名乗らない名前を告げた。
「では、沖矢様、あれの価値を知っていて手に入れたいのですか?」
 貴様はあの地図を手に入れる資格があるのか?そう問われていた。
「君が雪花石膏の屋敷を売った青年、あれは亡国の王家の血筋だな」
 勿論、沖矢は地図の価値を知っていた。
「彼等が先祖から受け継いだ地図がある」
 何年も何年も探していた地図だ。
「……」
「帝王の器の者こそが手に入れられる富と権力がその地図には記されている。違うかな?」
「えぇ、ですから、貴方には相応しくないものです」
「私は盗賊王と呼ばれる者だ。盗人といえども王は王。資格はあるだろう?」
 ここいら一帯で盗賊王と言えば沖矢のことだ。四十人の精鋭を束ね、この地に攻め入る他の盗賊たちを切り伏せ、金品を奪う。荒々しく、禍々しい守護者。族長も、彼らのことは見逃しているという噂だ。
「僕はこれをこの国のスルタンに売るつもりでしたが…」
 商人が奥から一巻きの地図を出した。
「貴方の方が金払いが良さそうだ。良いでしょう、貴方に売ります」
 端が欠ける程に古い地図だった。だが、その封印は、確かに亡国の王のもの。間違いない。本物だ。
「ほう。では、対価は?幾ら欲しい?」
 沖矢は地図に手を伸ばした。商人はそれを止めなかった。
「金貨は要りません。貴方が、その地図で辿り着ける幻の洞窟。そこにある、ランプだけ頂きたい」
「ランプ?そんな物が欲しいのか?」
「えぇ、それだけで結構です」
 あっけない程に取引は成立した。
 そうして、沖矢は長年の野望である洞窟探しの手掛かりを手に入れたのだった。 


『よろしいですか?洞窟が現れるのは五年に一度、砂嵐が止む一夜だけです』
 商人はそれが今夜だと言った。沖矢は、少ない手下を連れて地図の示す先へと向かった。途中の難所で手下達は脱落したので、結局洞窟へと辿り着いたのは、沖矢一人きりであった。
 辿り着いたのと同時に、砂嵐が止む。砂に埋もれた大岩が怪しく光りだす。
「ほぉ」 
 摩訶不思議。これが例の洞窟に違いない。だが、入り口は何処だ。岩には亀裂の一つもないではないか。
「…本当に辿り着くとは」
 光る大岩を巡り手で触れ継ぎ目を探る沖矢に、何処からか声が掛けられた。
「誰だ?」
「貴方様に地図を売った商人でございますよ。代金を受け取りに参ったのです」
 振り返ると、そこには腰の曲がった老人が杖を片手に立っていた。
「おかしいですね。あの夜に会ったのは、若い男だった筈ですが」
 こんな荒地に老人がいる筈がない。それに、声も姿も、先日とはまるで別人だ。沖矢は訝しみ、老人を探り見た。
「いいえ、私です」
 老人は言い張った。沖矢はそれ以上は食い下がらなかった。
「ところで、ここの入口は何処に?」
 代わりに、それを聞いた。
「開いておりますよ、すぐそこに」
 老人が指を差す。すると、大岩は音を立てて大きく口を開けたのだった。
「ほぉ」
「本当に貴方様は帝王の器のようだ。私は、ここの扉が開くのを初めて見ましたよ」
「ふっ、そう褒めないでいただきたい」
 入り口の縁に足を掛けた。眼下には眩ゆい黄金の洞がぽかりと開いていた。外から見た通り、この洞窟自体が明るく光り輝いて、奥の方までよく見えた。
 天井から吊り下がる岩。壁に出来た岩棚。まるで鍾乳洞だが、その全てが黄金で出来ている。無尽に湧き出る黄金の洞窟だ。
 恐れ知らずの沖矢は、無造作に穴の中へと足を踏み入れた。
「私への対価は覚えておられますな?」
「あぁ、ランプだ。忘れてはおらんよ」
 老人にそう言い置いて、ぴょんぴょんと黄金の岩場を飛びながら洞の奥まで降りて行ったのだった。
 洞窟の底には金貨や宝石が積まれていた。その中に、古い絨毯や丁度品も紛れている。
「骨董品だな。ふむ」 
 沖矢はその中から真鍮で出来た羅針盤を手に取った。複雑な造りの物だ。針は何本もあちこちを指している。だが、狂っているわけではない。
「見つけたぞ」
 沖矢はそれを丹念に腰布に包み己に括り付けた。
 さて、目的の物は見つかった。後は、商人への対価であるランプを探すだけだ。
 沖矢もまた、この洞窟の黄金を目当てにしてはいないのだった。
 さわ…
 そんな沖矢の足に何かが触れた。
「ん?」
 さわ…さわ…
 古い絨毯のタッセルが沖矢の足を撫でているではないか。沖矢に気付かれると、大胆に足に絡みついてくる。
「…」
 絨毯が、何故?
 沖矢は、敢えて無視を決め込んだ。
「ランプは何処だ?」
 降りてくる途中には無かった。
 ちょんちょん
 足を突かれる。絨毯にだ。絨毯とは、こんな風に動く物なのか?
「ふぅ」
 溜息を一つ吐く間に、覚悟を決めた。
「何だ?」
 絨毯に問いかける。すると、タッセルが一点を示した。
 岩棚がまるで階段みたいに並んだ頂上に、黄金のランプが置かれていた。
 明らかに特別な物だ。この洞窟で、そのランプだけが設られた置き場にあったのだから。
「なるほど、あれか。よく教えてくれたな」
 沖矢は絨毯を撫でて褒めてやった。
 それから、助走をつけて岩棚に飛び乗った。
 階段状であるのが有難い。一段目にさえ足が掛かれば上まで登る事ができた。
「見つけたぞっ」
 洞窟の外にいる老人に声を掛けた。
「よしっ」
 老人からは、実に若々しい声が帰ってきた。
「よろしいですか?そのランプを取ると、洞窟は崩れてしまう。素早く同じ重さ分の金とすり替えて下さい」
 ランプの周りには砂金が散らばっている。それを確かめつつ布袋に詰めた。
「それさえ上手くやれば、全ての財宝は貴方様の物です」
「簡単に言ってくれる」
 布袋に砂金を詰めながら、沖矢は嘆いた。
 ランプを手に取れないのに、どうやって重さを測れと言うのだ。
 ランプは金だ。そして、装飾はルビー。中身は空洞。だが、惜しみなく金を使った造りだ。沖矢は布袋に砂金を少し足した。
 左手に布袋を持って、息を整える。右手はランプの側に添えた。それから、布袋でランプを弾き飛ばす様に入れ替えた。
「ふぅ」
「凄い!」 
 老人はもう声の若さを隠すことを忘れ、興奮気味に叫んだ。
「上がって来て下さい」
 ロープが投げ込まれた。沖矢はそれを手に取って岩肌へと蹴り出した。あとは、ロープを登るだけだ。
 入り口まで戻ると、老人が手を伸ばしていた。
「さぁ、早く、ランプを」
「いや、その前に俺を引き上げろ」
 沖矢はランプを懐にしまった。
「ランプが先だ」
「いや、そこまでお前を信用しておらん」 
 先に渡しては、ロープを切られるかもしれない。沖矢は慎重だ。それに、懐のランプのことも気になる。
「大体、これはなんなんだ?ただのランプとは思えんな」
「貴様が知る必要はない」
 老人は苛立ち、沖矢の懐に手を伸ばした。
「ほぉ」
 強引だ。
 沖矢はするりと身を躱すと、伸ばされた腕を掴んで引いた。
「うわぁぁっ!」
 そして、二人して黄金の穴へと転がり落ちたのだった。
 ゴロンゴロン
 二人して落ちたのは、先ほどの穴底だ。
「クソっ」
 男が悪態を吐きながら起き上がる。
 その顔は、先ほどの老人とは別人だ。
「ほらみろ、若い男だ」
 しかも、噂通りの麗しさだ。亜麻色の髪に、滑らかな肌。雨上がりの湖の様にけぶる瞳。身体つきは豹の如くしなやかで、何よりも沖矢を相手にまるで怯まぬ度胸が良い。
「いや、本当に人か?君ほど美しい男は見た事がない。もしや、魔人ではあるまいな?」
「そんなものと一緒にして欲しくはないですね」
 青年は繊細に尖った顎を聳やかした。
「さて、どうしますか?上まで登るのはしんどそうだ」
 上を見上げる。足場はあるが、入り口付近には届かない。意地の悪い造りの洞窟だ。
「君は魔術の類いが使えるのでは?」
「はぁ?…まぁ、使えなくもないですけど、ここでは無理です。言ったでしょう?この洞窟は帝王の器のものにしか口を開かないと。僕の力は及ばない」
「なるほど。お手上げか」
 やはり、この商人は唯の人では無かったか。
 沖矢はこっそり笑う。
「さて、ここから出る手立てはなくなった。だが、君と一緒なら、ここに閉じ込められるのも楽しそうだ」
「誰が貴様なんかと」
「そう、邪険にするな」
 さわさわ…
 沖矢の足首を撫でる感触。例の絨毯だ。それがぴたりと沖矢に巻き付いて、嬉しそうにタッセルを振り始めた。
「なんだ、お前。ここから出してくれるのか?」
 絨毯はそれに応えてひらりと広がると宙に浮いたのだった。
 空を飛ぶ絨毯だ。まさか、こんな物にまで出会えるとは。
「…なんで、貴様に懐いてるんだ」
 商人は悔しそうに呟いた。
「そりゃあ、俺がこの洞窟の正当な主人だからだろうさ」
 ひらり、沖矢は絨毯に飛び乗った。
「さて、良ければ乗って行くか?」
 そして、商人に手を差し出した。
「くそっ」
 商人は、その手は取らず、自分で絨毯に飛び乗った。
 意地っ張りだ。だが、そこが可愛らしい。
「さて、何処までも飛んでみようか」
「いいから、ランプを渡せよっ」
 絨毯は入り口に向け急上昇した。
「うわっ」
 振り落とされそうなスピードに青年が沖矢にしがみついた。
「あはは」
 この絨毯は、実に飼い主に従順だ。
「少し空の旅に付き合わないか?ランプはその後で渡すさ」
 飛び出した世界は、満点の星空だ。
「海を見に行かないか?」
 自分にしがみつく青年の肩を抱き、沖矢は囁いた。
「…ランプを返してくれるなら」
 青年は小さな声で、そう言ったのだった。
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