魔王と、その許婚

 世界に様々な種族が存在すれば、争いの理由も様々だ。土地を奪い合う事も、資源を取り合うこともある。
 魔族と人族は、その両方だった。
 まだ魔界と豊葦原の境目が曖昧だった頃から、小競り合いは絶えず、両種族はじりじりと数を減らしたながら境界線を押しては引き戻していた。
 そして、戦争に疲れた頃、他種族の連合軍に攻め入られた。
 その時になって、漸く気が付いたのだ。こんな事をしている場合ではないと。
 魔族と人族は仮初の仲間となり、連合軍を追い払った。そして、それ以降、両種族の間に停戦の協定が結ばれることになった。
 漸く、何の成果もない争いが終わったのだ。
 その、数年後、魔族は王の代替わりがあった。
 魔族の王は世襲制ではない。魔界の真ん中に聳える母という名の大木が次世代の王を産む。
 まるで山のような母の木に王となる者が実る。特別な赤ん坊だ。
 魔族たちは本能で母の木の意思を受け入れ、ある者はその実を命懸けで守り、ある者はその実をもいで城まで運んだ。そこでは、百人の乳母が赤ん坊の世話をする為に待ち構えていた。
 そして、実がなって百日目、実の殻は柔らかく薄くなり、中から愛らしい手で破られた。
「おぉ」
 その場にいた全員がため息をつく。
 中から現れたのが、美しい魔族の赤ん坊だったからだ。褐色の肌は滑らかで、金色の髪は柔らかい。先代の王は、岩のような肌の魔族だ。その場にいたが、赤ん坊を傷付けてしまうと、抱くのは躊躇った。
「なんて美しい。この小さな角の可愛らしいことと言ったら」
「まるで黒水晶ね」
「尻尾は小さいわ。お可愛らしい」
「男の子ね、でも、変容するかも」
 乳母たちはあれこれと騒ぎながら、赤ん坊を産湯に入れて、乳を飲ませ、清潔な寝床を用意した。
「さぁ、誕生を見届けた。この子の名前はレイと母の木が名付けた。それを伝えて、私の役目は終わったようだ」
 先代の王は、そう言うと、可愛らしい赤子の額にキスをして、城から去った。どこへ行くかは誰も聞かない。もう、あの者は自由だからだ。
 それに、城の連中は、この小さき命のお世話に忙しくて、それどころではなかったのだった。
  
 小さな王は、すくすくと成長した。這い出すと、乳母が追いかけるのも大変なくらいに速く、歩き出すと、乳母がヘトヘトなるくらい遠くまで歩いた。話し始めると、驚くような速さで言葉を覚えて、乳母の言葉を全て理解するようになった。
 その頃には、周りの者も気が付いたのだ。この王は、とても利発で、とても優秀であると。柔らか顔も、滑らかな肌も、魔族としては凄みに欠ける。だが、誰もがほうっとため息をつくような愛らしさでは無いか。我々が王をお守りするのだ。
 城の連中は幼き王を命を差し出してもいいと思うほどに愛した。
 そして、王が五つになった年。王は自ら豊葦原の人族へと使者を送った。正式に同盟の協定を申し入れたのだ。
「我々の国と人族の国の間に、明確な境界線を引く。魔界を囲む黒い森をそれとする」
 王はその並外れた魔力で、境界辺りの混沌を平らな土地に直した。そして、黒い森には人族が入って来れないように結界を張った。完全な棲み分けだ。
 こうして、数百年の争いは、一応の終結を迎えたのだった。


 人族と魔族が平和協定が結ばれて十年。
 両種族の境界線は守られ、小さな諍いすら一度も起こってない。
 争う事のない平穏な日々。だが、魔王レイは、少し不安を覚えていた。
「本当に、君は、僕に会いにきてくれる?」
 見上げた壁には数枚の絵が飾られていた。
 幼い少女の絵だ。八歳の可愛らしい笑顔。九歳のちょっと恥じらうような微笑み。十歳の絵は既に大人びた顔をしている。
 どれも、黒髪の乙女の姿絵だ。
 この子は、同盟締結の折に決まった人族の婚約者だ。
 年はレイより三つ年上。王族の血縁で、特殊能力者だ。名前はシュウ。変わった名前だ。不思議な響きで、秘密めいている。
 孤独な少年王であるレイは、この婚約者を心の支えに国を支えるという重圧に耐えてきた。
 だが…
 十一歳のシュウは、乗馬姿だ。馬に手を添える姿は勇ましい。これが最後の姿絵。それ以降、彼女の姿絵は届いてない。
 彼女はもう十八になる。輿入れの約束の歳だ。だが、人族からは何の音沙汰もない。
 魔族に嫁ぐのは嫌になったのだろうか。それとも、毎年送っているレイの姿絵を見て、がっかりしたのだろうか。他の魔族のような逞しさが足りないから?牙がないから?それとも、目の数が二個では不満か?
 レイは壁の絵を眺めては、溜息を吐く事が多くなった。

 年が明け、とうとう、レイは十五歳の年を迎えた。もう大人だ。成人の儀式を行い、正式に王となると他種族にも宣言する。友好関係にある人族の使者たちも祝いにくるだろう。そこで、婚約者も輿入れしてくる、その筈だった。
「…来ない」
 レイは人族から届いた参列者の名簿を見て、落胆した。婚約者のシュウの名前はそこに無かった。
「そうか」
 どうやら、本当に、婚約は破棄されてしまったらしい。仕方ない。彼女を責めたりしない。人の身で魔族に嫁ぐなんて、そりゃあ嫌だろう。
 それに。
 レイは自分の姿を鏡に映した。
 漸く角が髪からはみ出てきた。成長しても拳一つ分くらいにしかならなそうだ。魔族には体より大きな角を持つ者もいるというのに、貧弱な角だった。肌もつるりとしたものだ。魔族なら岩の肌や瘤だらけであるべきだろう。
「がっかりしてしまったのかな?」
 窓開け、バルコニーに出る。母木に覆われた魔界の空は狭い。星の代わりに木の葉がキラキラと発光しているだけ。それでも、夜空は美しい。
 明日も仕事がある。戴冠式の準備もしなくては。
 だけど、せっかく煌びやかな衣装を用意したのに見せる相手が居ないなんて、馬鹿みたいだ。
 会ったこともない婚約者だが、レイは本当に彼女のことが大好きだった。心の支えは、彼女の絵姿だけだったのだ。
 どんな声だろう?どんなふうに話す?優しい人かな?馬が好きなのかな?女の子なのに活発だ。一緒に遠乗りに出掛けて、素敵な景色を見たいな。
 絵姿のシュウに恋して、彼女との未来を夢想するのが日々の楽しみだった。
「シュウに素敵な夫だと思って欲しかったな」 
 彼女に愛されるような良い王になろうと、努力して来たつもりだったのに。
 ふうっと溜息をついた。
「いや、君は素敵だよ」
 そこに何処からか声がした。
 ガサガサっと壁に伝う蔦が軋む。
 バルコニーの手摺りに手が掛かった。
「ぎゃッ」
 そうかと思うと、くるりと宙返りをしながら男が飛び込んできではないか。
 鮮やかな着地は素晴らしい。だが、明らかに侵入者だ。
「なな、な、な、な、なんだ、貴様っ!」
「おっと、騒ぐな」
 男は遠慮なく距離を詰めて、レイの唇に指を当てて黙らせた。
「貴様っ、王の部屋に忍び込むとは、殺されても文句は言えんぞ」
 言葉は男の指に阻まれて、もそもそとした息が漏れるだけになった。
「つれないな、未来の伴侶が会いにきたっていうのに」
 噛んでやろうかと口を開けたところにおかしな事を言われた。
「未来の伴侶?何を言ってるんだ、貴様は。いったい何者だ」
「先程、人族の王からの書状を持って来た使いの者だ」
「人族の?」
 男は、簡素なシャツ一枚の姿なのだが、確かに羽も尻尾もない。滑らかな肌や美しい外見はエルフのようだが、耳が丸いのでそれも違う。なるほど、人族だ。
「御目通りを願ったが、叶わなくてな」
「さっきは会議中で…いや、そんな事より、なんで、ここに」
「なかなか会えないので、痺れを切らした」
 男は大袈裟な仕草で肩を竦めた。
「明日、貴方の歓迎会を開くので、それまで待てばよかろう」
「せっかく、ここまでよじ登って来たんだ。もう少し話をしようじゃないか」
 男は図々しくレイの肩を抱き、そのままソファに並んで腰掛けさせた。
「話の通じない男だな」
 変なヤツだなとは思いつつ、好奇心が警戒心に優った。何せ、この男は、レイが初めて間近に会う人間であったからだ。
「まぁ、いい。僕も人の世界の話を聞きたかったんだ」
 ここぞとばかりに、レイは男を質問攻めにした。知りたいことがたくさんある。人の世界は、隣合わせなのに、遠い。国境を越えた事もない。その向こうの人の生活を窺い知る機会もない。
「人の世界は、皆、地上に暮らすというのは本当か?」
「当然だ」
 魔族は木の上も地下も棲家だが、人は違う。土の上に家を建てる。そこで、男と女が婚姻して子を産む。魔族のように木の股からは産まれない。つまり、人の世界は血筋という物が重要視される。
 勿論、王族も世襲制で、時には王位を巡る争いが起こることもある。
 人族の使者の語ることは、レイには新鮮な事ばかり。
 驚くべきことに、豊葦原には母木はなく、人々に世界の意思を伝える事もないのだそうだ。それ故に王族の権力は強い。
 魔族と人族はこんなにも違う。理解し合えるかは分からないほどに。
 やはり、異種間の結婚は、難しいのだろうか。
 レイは、おずおずと隣の男を伺った。
「あの、それで、人の女性のことなんだが」
「ん?」
 男は途端に不愉快そうに眉を顰めた。
「やはり、小山くらいデカい相手を好むのだろうか?もしくは、火を吐くような異能か?」
「何故、そんな事を?」
 男の眉間の皺がますます深くなった。
「僕は、魔族にしては、大人しげな見た目だ。角も尻尾も小さい。つまらないと思われるだろうか」
 だが、見た目はともかく、中身は有り余る魔力に満ちている。そこを評価して欲しい。目の前の男に言っても仕方ない事ではあるが、レイは力説した。
「いや、君のような美しい魔族は、人にも好かれるだろうさ」
「そうだろうか」
「角や尻尾を怖がる者は居るかもしれんな」
 使者の男は、遠慮なくレイの角に触った。
 魔族同士では、ありえない。それは、かなり親しい者のやる事だ。だが、敢えて、それを咎めはしなかった。
 男は角を優しく撫でながら、レイを覗き込む。
「逆に問うが、君は?相手が人でもいいのか?」
「…分からない。僕は王として生きてきた。世俗のことはよく知らない」
 レイは壁に飾られた絵姿を見遣った。
「でも、物心ついた時から、婚約者を想ってきた。凛々しく美しいシュウ。彼女は、僕のことを怖がっているだろうか」
 人のことをもっと分かっていたら、姿絵に角は描かせなかったのに。
「いや、ちっとも」
「貴様に何が分かる」
 無責任なことを言う使者の男を睨みつけた。魔王に睨まれているというのに、男は涼しい顔で微笑んだのだった。
「君の婚約者の条件だが」
 男は立ち上がり、壁の絵姿の前に立った。
「些か、難しい物だった」
「え?」
「王家の血を引く、君と年頃が近い、特殊能力の持ち主」
 四枚の絵姿を眺めてから、男が振り返る。
 おや?と、絵姿と男の並びに奇妙な気持ちになる。
「人族に特殊能力者は、それほど居ない」
「えぇ⁉︎」
 衝撃の事実!
 レイは素っ頓狂な声を上げた。
「王家の親戚筋でそれとなると、一人だけだ」
「そ、そんな」
 魔族なら、三人に一人は特殊能力持ちだ。まさか、それが、人族に難しい条件を突きつけることだったとは。
「その一人とは、俺だ」
 男が顎を聳やかすように胸を張った。
 絵姿と並ぶ男は、確かに、どこか見覚えのあるような感覚を呼び起こす。
「俺が君のシュウだ。薄情だな、見て分からなかったのか?」
「いや、貴様は男だ」
 絵姿と男を交互に見て、困惑してしまった。
「君の条件に性別は無かったぞ」
「それは、確かに…。いや、でもっ、姿絵を見る限り、シュウは女の子だ」
「昔から見た目はよく褒められるからな」
 ならば、なんでドレスを着ているのだ?とは聞かなかった。人族は男の子もドレスを着るのかもしれないからだ。
 白い肌に薔薇色の頬、全く違う。艶やかな癖っ毛の黒髪。これは一緒だ。そして、思慮深げな緑色の瞳…。
「た、確かに面影はあるが」
 姿絵のシュウと目の前の男は、兄妹だと言われたら納得してしまうくらいに似てはいるのだ。
「君の姿絵は、どれも絵本の挿絵みたいに美しかった。流石に、実物がここまでの筈がないと信用してなかったが」
 にこり、男が笑う。ぞくり、レイの背筋が冷えた。
「あの絵は真実を写し取っていたんだな」
 男は愛想良く笑っているのに、何故?
 己の危機感に首を傾げる。
「今回の儀式に、俺は正式な参加はできない。実は、君のとの結婚は、先延ばしにして欲しいとお願いに来た」
「…いや、婚約は破棄してくれても」
「少しやることがある。それを片付けるまで待っていて欲しい」
 男は大袈裟にレイの前に跪き、手を握った。
「やること?」
「実は、父が、行方不明でな」
「それは、大事だ」
 人族は血縁が大切だと先ほど知った。父親が居なくなったなんて、心配だろう。
「父は、魔界へ向かうと言い残して、消えた」
「魔界で?まさか、そんなことがあれば、僕の耳に入ります」
「その通りだ。父は、魔界に入れなかった。あの結界は破れない」
「では、境目で?」
「そうだ。あの辺りは元々は迷い込んだら出られない混沌だったのだろう?」
「十数年前までは、そうです」
「それを君が莫大な魔力で固めて、秩序のある土地に変えた」
「固めたという言い方はおかしいですけど」
 レイが魔王として行った大事業の一つだ。魔界の周辺を安定させ、外との境界を作る。五歳の頃に成し遂げた。
「まさか、僕の魔術に綻びが?」
「分からん。父は時空の歪みに落ちたのか?それとも、何らかの悪意に巻き込まれたのか」 
 レイの鼓動が跳ねた。きっと、その動揺は握った手から男にも伝わってしまっただろう。
「今回の訪問で森の結界が開かれ、漸く父を探す機会を得た。だが、森には何の痕跡も見つからなかった。勿論、秩序も保たれている」
 何らかの悪意というなら、あり得なくはない。レイにも敵はいる。それも、強大な敵だ。
「もし、君と同じぐらいの力を持つ魔族なら、その安定を揺るがせるのだろうか?」
「えぇ、多分、できます」
「父は、長年ある魔族を追っていた。人と魔族を戦争に追いやった裏切り者だ」
「人族が、奴等のことを知っているとは」
 憎き黒魔族。奴等は、レイにとっての最大の敵である。
「まさか、奴等があなたの父上を?」
「そうかもしれない」
「そんな」
 人族にまで、奴等の手が及んでいるとは。
「分かりました。僕も、貴方に力を貸します。魔界とも関係のない話では無さそうだ」
 もう迷いはなかった。魔族同士の争いは他族に知られたくなかったが、事実、既に人にまで被害が被害が及んでいる。
「いいのか?本当に?」
「えぇ」
 しっかりと頷き合ったところで、はたと気が付いた、彼の父の失踪と婚約の時期がぴたりと合っていることに。
「もしかして、初めから僕を利用するつもりで婚約を?」
 男は握ったレイの手に額を付けて、恭しく感謝の気持ちを伝えた。
「利用ではない。結婚するんだから助け合うべきだろう?」
「いや、協力はしますが、結婚は…」
「魔界の付近を嗅ぎ回る許可をくれ」
「え?えぇ、それは、構いませんが」
 性急だ。一度、人の世界に戻って仕切り直してくるかと思ったのに。
「それにしても、これまでは森に近付くこともできなかった。君の結界は強力だな」
「正式な訪問でなければ、他種族は通しません」
「どういう仕組みか知りたいものだ」
 自慢の結界だ。それを聞かれると、レイは俄然張り切ってしまう。これは、レイが五歳の時に思い付いた画期的な魔術で、それを何度も改良し、今に至る。
「結界の仕組みは、魔界の周辺を十二分割して、各々に核となる魔法具を埋め込むんです。これが中々の優れもので、魔法具同士が共鳴することで半永久的に魔力を生み出し続けてるんです。すごい発明ですよね。僕の所に、そういうのが得意な者が居て」
「ほぉ」
 気持ち良く語る間に、男はレイの隣に腰を下ろしていた。
「…あの」
「ん?」
「なんで、肩を抱く?」
「婚約者だぞ、当然だろ」
「でも、僕らは」
「この問題が片付いたら、すぐに式を挙げよう」
 ぐいっと肩を抱き寄せられた。
 目の前に男の顔がある。
「え?え?」
 思い焦がれたシュウと同じ濃い緑色の瞳に魅入られ、戸惑った。そして、戸惑ううちに、ぎゅうと抱きしめられてしまった。
「ギャーッ」
 男の手がズボンの隙間から忍び込んで、尻の間に触れた。
「本当だ、尻尾がある」
「あ、あ、あるって、さっき言いましたよね?」
 尻尾は角よりセンシティブな箇所である。あり得ない。
「見えなかった」
「服に収まるくらいの大きさなんですっ」
「うん、可愛い尻尾だ」
 男は遠慮なく尻尾を撫でた。
「あ、やっ、ダメです、触っては」
 これまで、誰にも触らせたことがない場所だ。それどころか、レイは誰にも見せた事すらない。
「そこは敏感なので、触られたくない」
「ほぉ」
 抱きしめられていてよく見えなかったが、男が笑った気配は感じた。
「何で笑っ…あっ、やっ、あ、ぁんっ」
 小さな尻尾が男に嬲られる。
「シィッ、静かに」
「ヤダっ」
 距離を取りたくて、男の胸に手を突っ張った。
「ヤダ?可愛いな」
 男の力は、人とは思えないくらいに強く、ますますぎゅうっと抱きしめられてしまった。
「このまま抱いてしまいたいが、それは初夜に取っておこうか」
「へ?」
「ゆっくり夫婦になるんだ。これは政略結婚なんかじゃない。存分に愛し合って結婚しよう」
「へ?」
「恋は知らないか?」
「恋…?」
 初めて聞くことばかりだ。レイは無体を働かれてる事も忘れて、きょとんと首を傾げた。
「こんな風にキスして、抱き合って、相手を欲しいって思うことさ」
 唇を吸われた。尻尾も撫でられた。また唇を吸われる。
 もう、何が何だか分からない。
「大丈夫。俺が、全部教えるよ」
 くたくたのグニャグニャにされたレイに、男は言った。
「さて、式は延期したが、もう俺たちは夫婦も同然だ。なるべく、君のところに帰るようにするよ」
「こっ、ここに?」
「新婚生活の練習さ」
「そ、え、まぁ、確かに貴方は僕の婚約者ですけど」
 また、こんな風にグニャグニャにされるのか?
 性知識のないレイだが、本能で身の危険を感じる。
「そうだ。俺はもう君の物だよ」
 男は宥めるようにまたレイの唇を吸った。
 今度は口の中に男の舌が入って、レイの薄い舌を甘く噛んだ。そうされると、足の間がむずむずして、堪らない気持ちなる。
「シュウ」
 とうとう、レイは男をその名で呼んでしまった。
「はぁ。さっきは、初夜まで待つと言ったが、辛抱できるか不安だ。君を抱きたくて堪らないよ」
 シュウはぎゅうっとレイを抱きしめてから放し、名残惜しそうにじっと見つめた。
「すぐに戻ってくるよ。待っててくれ、俺の魔王様」
 それから、また、ベランダからひらりと姿を消したのだった。
 あれが、己の婚約者なのか?本当に?
 残されたレイは乱れた服を直しながら、熱っぽい溜息を漏らした。
「…ん?僕が抱かれる?」
 当然、その呟きに答えてくれる者は誰も居なかったのであった。
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