pretty Baby
赤井が、親の都合で日本に越してきたのは、数ヶ月前のことだった。
学校は、都内の国際科のある高校に編入する事にした。インターナショナルスクールを選ばなかったのは、ほんの気まぐれだったが、そこでの出会いを思えば、運命だったかもしれない。
なんと、素晴らしい巡り合わせで、親友と呼び合えるような相手ができたのだ。
それが、降谷だ。
同じ学校の学部違い。校舎は別だが、図書館で偶然出会えた。
降谷は、驚くほど博識で、驚くほど努力家。それに加えて、驚くほどに美形だった。
元来、人懐っこい性分でもないくせに、自然と赤井から声を掛けていた。自分から声を掛けたのだ。勿論、そんなことは生まれて初めてだった。
「…あぁ、これも貰ってくれ」
今日は、初めて降谷が自宅に来ている。
急激な成長で着られなくなった服を譲るという名目で招いたのだ。
「こんなに?いいのかい?」
「君は細身だから、着られるだろう」
惜しむらくは、赤井の服は濃い色が多い。華やかな美貌の降谷には、少し重すぎるかもしれない。いや、これほどの容姿だ、何でも着こなすだろう。
「えー、嬉しい。ありがとう」
「何度も着た服で済まない」
「ううん。すごくありがたいです」
降谷は目の前で、うきうきとシャツを広げている。こんなに喜んでくれるとは、お節介をした甲斐があった。
降谷は身寄りがないのだそうだ。赤井は、この友人の不幸を本人より嘆いている。
あまり大袈裟なサポートは遠慮される。赤井にできるのは、着ない服を譲るくらい。
実に、もどかしい。
「あれ、スーツ?」
服の山から、降谷は一揃いのスーツを見つけ出した。
「あぁ、月末のパーティーに、それを着ては?」
「後夜祭のパーティー?」
降谷はきょとんと首を傾げた。
「行くだろう?君は騒がしい所は嫌いか?」
「いえ、友達もみんな参加するし、行きたかったんですけど」
言葉尻には聞こえなくなるほど、降谷の声は萎んでいった。
「やっぱり、行きません」
「どうした?このスーツは嫌か?確かに、君には地味すぎるが」
「そうじゃなくてっ…もういいですっ」
降谷は広げた服をかき集め一抱えにすると、徐に立ち上がった。
「服、ありがとうございます!また学校で」
「あ、降谷くん」
赤井が呼び止めたのに、降谷は部屋を飛び出して行ってしまったのだった。
廊下で母が降谷を引き止める声がした。
「あら、レイ、お茶を淹れたのよ」
「ごめんなさい。帰ります」
それすらも振り切って、降谷は行ってしまった。
引き止められなかった。
だが、何かが降谷の気に触ったのは分かる。
一体、何がいけなかったんだ。
「秀一、貴方、レイに何したのよ。とても、怒っていたわ」
お茶を持っていた母が、赤井を責め立てた。
「いや、何も。さっきまで、楽しそうにしてたんだ、それなのに、パーティーに誘ったら」
「あら、誘ったの?レイ、喜んだでしょ」
「いや、怒らせてしまった」
それ以外に心当たりはない。
パーティーに誘ったことが良くなかったのだ。
何故だ?
仲間たちと繰り出す予定だったと言ってた。それで断られるなら、降谷の方が申し訳なさそうにする筈だろうに。
赤井は、先ほどの会話を母に聞かせた。
「それは、お前が悪い」
腕組みをして聞いていた母は、全てを聞き終えてから、ビシリと言い切った。
「はぁ?何がだ?」
母は降谷の為に用意したお茶を自ら飲みつつ呆れ顔だ。
「レイは女の子よ。金銭的な理由で着飾れなくたって、パーティーくらいはドレスを着たい筈。それをお前の丈足らずのスーツを着れだなんて」
「ハッ!母さんこそ、彼を分かってない。彼は、性別こそ女だが、中身は侍みたいに芯が通っている。着るものなんかに拘るものか」
それに、赤井のスーツは他ならぬ母本人が選んだではないか。降谷に着せても恥ずかしくない物のはずだ。
「呆れた。彼?彼女よ!早く謝らないと、他の男に誘われてしまっても知らないわよ」
「他の男ってなんだ!仲良い友人たちと参加すると言ってたさ。女子たちから腐るほど誘いがあるだろうが、断ってるそうだしな」
だからこそ、赤井は降谷を誘ったのだ。
可愛い女の子とのダンスは…気遣いばかりで疲れそうだ。それに比べて、降谷と二人、粋に遊ぶなら、パーティーも悪くない。
二人で上級生の美人をナンパして、その場だけの恋人みたいに踊るのもいい。はしゃぐ連中を冷ややかに眺めるのもいい。降谷となら、楽しいだろう。
そう、思ったのに。
「秀一、レイは女の子よ。私が言えるのはそれだけ。今日、彼女は深く傷付いた。貴方が許されるかは、保証できないわ」
黙って聞いておいた。だが、母の説教は、赤井には響かなかった。
それからというもの、降谷は臍を曲げたと言う風でもなく、これまで通りの友人関係が続いたのだが、やはり、どこかギクシャクはしていた。特に、パーティーの話は二人の間ではタブーとなっていた。
そして、いよいよ、文化祭の最終日、赤井は結局、降谷を誘えないままだった。
「シュウ〜見て、私のドレス、イケてるでしょ」
国際科の女の子たちは皆んな派手なドレスで着飾っている。
「シュウ〜、一曲だけでも踊ってよぉ」
「私も!」
数人から声を掛けられたが、一人、頷くと、全員と踊るハメになる。
絡まれるのは面倒だ。赤井は即席のパートナーに、友人のジョディを据えた。
「ちょっと、あんた、踊る気あんの?」
「一曲踊ってやるから、あとは、好きにしていいぞ」
「f×××」
ジョディは中指を立てたが、心の広い女なので、赤井を見捨てはしなかった。
「ほら」
それどころか、飲み物を持ってきて、自棄っぱちな赤井に付き添ってくれるのだった。
広い体育館は、一夜限りのダンスホールと化した。風船とモールとで飾られて、チープレトロな雰囲気になっている。この会場なら、髪型はリーゼントにした方が似合っただろう。
「ねぇ、あんた、どうしたのよ。パーティーには、レイと行くって言ってたじゃない」
「…怒らせてしまったんだ」
「なんでよ。仲良くしてたじゃない」
「よく分からんが、パーティーなんて言い出せる雰囲気じゃなくなった」
「何があったの?あのレイがそんなに怒るなんて、あんた、よっぽどよ」
「俺は、何もしてない。パーティーにも誘った。二人で粋な格好をして繰り出さないかと」
「ちょっと、その辺、詳しく聞かせてくれる?」
人のことに首を突っ込むなんて、物好きだ。だが、ジョディは、ここにいて赤井を猛獣みたいな女子から守ってくれている。
赤井は、あの日のことをジョディにも聞かせたのだった。
「……ワォ」
「な?何も問題ない」
ジョディは水色のミニドレスが可哀想なくらい、堂々と脚を組んで、憤慨だと態度で示した。
「呆れて物も言えないのよ、このくそったれ」
「おい、さっきから口が悪いぞ」
「はぁ、可哀想なレイ」
「何がだ」
「あんたに誘われた時、一瞬、すごく嬉しかったでしょうにね」
ビシッと指を差され、赤井も流石に口籠った。
「零だって、パーティーにはドレスが着たいわよ。あんたが誘ってくれるの待ってたのに、本当、鈍いったらありゃしない。彼女、私に服を借りようとまでしてたのよ。パーティに他の子に服を借りるなんて、すごく複雑な気持ちの筈なのに」
「だから、なんで…」
俄かに、会場がざわついた。
何事かと見渡すと、入り口辺りで人垣が出来ている。
ジョディは、ぴょんと立ち上がると、首を伸ばし、入り口を確認したようだ。
「ワォ、あれ、レイよ」
降谷?来たのか?
思わず赤井も立ち上がった。
遠目に見つけた降谷はまるで、いつもとは違っていた。
タイトに纏めた髪も、柔らかく化粧した顔立ちも、その長身を引き立てるドレスも。
「…あのドレス」
淡いゴールドのマーメイドドレスは、他の女の子とは段違いに大人っぽい。当たり前だ。なにせ、あれは、赤井の母親が着ていたドレスなのだから。
首周りはシースルーになっていて、降谷のスレンダーなラインを際立たせている。そのまま、体の線に沿う柔らかな布地には、優雅なレースをあしらっており、周りの華やかな女の子とは、まるで別格の美しさだ。
学生が着るには露出が多い。だが、胸も尻も脂肪が少ない降谷だからこそ、過度なセクシャルアピールは感じない。
「パートナーは、諸伏ね」
ジョディが言うまで、彼女の連れに目が行かなかった。それほど釘付けだったのだ。
降谷は、この一夜のダンスフロアに降り立った女神のようだ。隣の諸伏は全ての男から妬みの視線を受けている。
そして、勿論、そこには赤井も含まれるのだった。
「レイは女の子って、知ってた?」
ジョディは呆れながらも、慰めのように優しく問いかけた。
「知ってた」
そうだ。知っていた筈だ。
だが、一緒にいると気遣いの要らない友人同士にしか思えなかった。
降谷は、赤井が気遣わなくていい男友達みたいな存在でいてくれた。気安く肩を抱いても、ぽーっと頬を染めたりしないし、帰り道でキスをねだったりもしなかった。
「もしや、男として見られてなかったのか」
「馬鹿っ!違うでしょ。あんたが、レイを女の子して見てなかったの!あんなに、健気に見つめてくれてたのに、なんで気付かないの!」
健気に?
本当に?
降谷は、諸伏に伴われフロアを横切った。彼女の歩く先は、モーゼの奇跡みたいに人波が割れた。
そして、赤井の目の前にやって来た。
目の前に立つ彼女はキラキラ輝いている。
ほら、お前のふし穴の目が気付かなかった宝石が目の前にあるぞと、見せつけられた気になった。
意趣返しに来たのか?
もう、赤井はすっかり降参の態勢だ。
「こんばんは、赤井くん」
諸伏は、そっと、降谷を赤井の前に促した。
「あ、あの、赤井」
見た目は、まるで別人なのに、降谷は降谷の声で赤井を呼んだ。
「降谷くん」
「…あの」
「すごく綺麗だ」
「本当に?」
「うん」
降谷は、ようやく笑顔になった。
澄まし顔は大人っぽいが、笑った方が断然に可愛い。
「一曲だけ、踊ってくれませんか?」
降谷が手を伸ばす、赤井は迷いなくそれを取った。
「あぁ、勿論」
ちらっと諸伏を見る。彼も、今日はスーツでビシッと決めてる。だというのに、パートナーを奪ってしまうのは申し訳なかった。
「ヒール履かれるとゼロの方が背が高くて、大変なんだよ」
諸伏は肩を竦めた。
「ふぅ、これで、肩の荷が降りた」
「あら、私を誘ってくれない?」
「いいの?僕、あんまり、踊れないんだけど」
「任せて、私がみっちり教えてあげるわ」
諸伏はジョディに捕まった。
多分、彼は明日は筋肉痛になるほど踊らされる。彼女はダンスクィーンだ。
ますます申し訳ないが、今更、降谷を返す気にはならなかった。
赤井は降谷の両手を取って、フロアまでエスコートした。周りの羨望の目は知ってる。気にならなかった。もう、赤井の目には降谷しか映らない。
「母さんのドレスだ」
「貸して下さって…あの、やっぱり変ですか?僕、背が高いから、似合わないですよね」
「とても綺麗だ」
息子の無礼を挽回してくれたことも、このドレスを選んでくれた事も、母に感謝した。
「よかった。今夜だけでも、お姫様になりたかったんです」
「では、明日からは、また王子様?」
「王子?僕が?」
降谷はくすくすと笑った。
王子様の自覚もなしだ。
赤井の周りの女の子たちも、降谷はどんなアイドルよりイケてると騒いでるのに。
それは、友人としての赤井の自慢でもあったのだ。だが、明日からは、それすら妬ましく思うのだろうか。
「君がこんな風に着飾ったら、女子だけじゃなく、男どもからも狙われてしまう」
君は、女の子だ。とても素敵な女性だ。
そう振る舞わない降谷に、甘えていたのだ。
「スローナンバーまで、俺と踊ってくれ」
「え?」
「他の男と抱き合う君を見たくない」
これからは、きっと、もっと、君に優しく触れる。
赤井は、砂糖細工に触れるように、そっと降谷の腰を抱き寄せた。
「まだ、スローナンバーじゃないです」
降谷は慌てたが、気にしない。
「任せてくれ、俺は、どのダンスも上手い」
曲はアップビートだ。だが、赤井の両手は降谷の腰を抱いた。
「本当だ。上手ですね」
降谷は楽しげに赤井の首筋に頬を寄せ、その甘い睫毛を伏せたのだった。
学校は、都内の国際科のある高校に編入する事にした。インターナショナルスクールを選ばなかったのは、ほんの気まぐれだったが、そこでの出会いを思えば、運命だったかもしれない。
なんと、素晴らしい巡り合わせで、親友と呼び合えるような相手ができたのだ。
それが、降谷だ。
同じ学校の学部違い。校舎は別だが、図書館で偶然出会えた。
降谷は、驚くほど博識で、驚くほど努力家。それに加えて、驚くほどに美形だった。
元来、人懐っこい性分でもないくせに、自然と赤井から声を掛けていた。自分から声を掛けたのだ。勿論、そんなことは生まれて初めてだった。
「…あぁ、これも貰ってくれ」
今日は、初めて降谷が自宅に来ている。
急激な成長で着られなくなった服を譲るという名目で招いたのだ。
「こんなに?いいのかい?」
「君は細身だから、着られるだろう」
惜しむらくは、赤井の服は濃い色が多い。華やかな美貌の降谷には、少し重すぎるかもしれない。いや、これほどの容姿だ、何でも着こなすだろう。
「えー、嬉しい。ありがとう」
「何度も着た服で済まない」
「ううん。すごくありがたいです」
降谷は目の前で、うきうきとシャツを広げている。こんなに喜んでくれるとは、お節介をした甲斐があった。
降谷は身寄りがないのだそうだ。赤井は、この友人の不幸を本人より嘆いている。
あまり大袈裟なサポートは遠慮される。赤井にできるのは、着ない服を譲るくらい。
実に、もどかしい。
「あれ、スーツ?」
服の山から、降谷は一揃いのスーツを見つけ出した。
「あぁ、月末のパーティーに、それを着ては?」
「後夜祭のパーティー?」
降谷はきょとんと首を傾げた。
「行くだろう?君は騒がしい所は嫌いか?」
「いえ、友達もみんな参加するし、行きたかったんですけど」
言葉尻には聞こえなくなるほど、降谷の声は萎んでいった。
「やっぱり、行きません」
「どうした?このスーツは嫌か?確かに、君には地味すぎるが」
「そうじゃなくてっ…もういいですっ」
降谷は広げた服をかき集め一抱えにすると、徐に立ち上がった。
「服、ありがとうございます!また学校で」
「あ、降谷くん」
赤井が呼び止めたのに、降谷は部屋を飛び出して行ってしまったのだった。
廊下で母が降谷を引き止める声がした。
「あら、レイ、お茶を淹れたのよ」
「ごめんなさい。帰ります」
それすらも振り切って、降谷は行ってしまった。
引き止められなかった。
だが、何かが降谷の気に触ったのは分かる。
一体、何がいけなかったんだ。
「秀一、貴方、レイに何したのよ。とても、怒っていたわ」
お茶を持っていた母が、赤井を責め立てた。
「いや、何も。さっきまで、楽しそうにしてたんだ、それなのに、パーティーに誘ったら」
「あら、誘ったの?レイ、喜んだでしょ」
「いや、怒らせてしまった」
それ以外に心当たりはない。
パーティーに誘ったことが良くなかったのだ。
何故だ?
仲間たちと繰り出す予定だったと言ってた。それで断られるなら、降谷の方が申し訳なさそうにする筈だろうに。
赤井は、先ほどの会話を母に聞かせた。
「それは、お前が悪い」
腕組みをして聞いていた母は、全てを聞き終えてから、ビシリと言い切った。
「はぁ?何がだ?」
母は降谷の為に用意したお茶を自ら飲みつつ呆れ顔だ。
「レイは女の子よ。金銭的な理由で着飾れなくたって、パーティーくらいはドレスを着たい筈。それをお前の丈足らずのスーツを着れだなんて」
「ハッ!母さんこそ、彼を分かってない。彼は、性別こそ女だが、中身は侍みたいに芯が通っている。着るものなんかに拘るものか」
それに、赤井のスーツは他ならぬ母本人が選んだではないか。降谷に着せても恥ずかしくない物のはずだ。
「呆れた。彼?彼女よ!早く謝らないと、他の男に誘われてしまっても知らないわよ」
「他の男ってなんだ!仲良い友人たちと参加すると言ってたさ。女子たちから腐るほど誘いがあるだろうが、断ってるそうだしな」
だからこそ、赤井は降谷を誘ったのだ。
可愛い女の子とのダンスは…気遣いばかりで疲れそうだ。それに比べて、降谷と二人、粋に遊ぶなら、パーティーも悪くない。
二人で上級生の美人をナンパして、その場だけの恋人みたいに踊るのもいい。はしゃぐ連中を冷ややかに眺めるのもいい。降谷となら、楽しいだろう。
そう、思ったのに。
「秀一、レイは女の子よ。私が言えるのはそれだけ。今日、彼女は深く傷付いた。貴方が許されるかは、保証できないわ」
黙って聞いておいた。だが、母の説教は、赤井には響かなかった。
それからというもの、降谷は臍を曲げたと言う風でもなく、これまで通りの友人関係が続いたのだが、やはり、どこかギクシャクはしていた。特に、パーティーの話は二人の間ではタブーとなっていた。
そして、いよいよ、文化祭の最終日、赤井は結局、降谷を誘えないままだった。
「シュウ〜見て、私のドレス、イケてるでしょ」
国際科の女の子たちは皆んな派手なドレスで着飾っている。
「シュウ〜、一曲だけでも踊ってよぉ」
「私も!」
数人から声を掛けられたが、一人、頷くと、全員と踊るハメになる。
絡まれるのは面倒だ。赤井は即席のパートナーに、友人のジョディを据えた。
「ちょっと、あんた、踊る気あんの?」
「一曲踊ってやるから、あとは、好きにしていいぞ」
「f×××」
ジョディは中指を立てたが、心の広い女なので、赤井を見捨てはしなかった。
「ほら」
それどころか、飲み物を持ってきて、自棄っぱちな赤井に付き添ってくれるのだった。
広い体育館は、一夜限りのダンスホールと化した。風船とモールとで飾られて、チープレトロな雰囲気になっている。この会場なら、髪型はリーゼントにした方が似合っただろう。
「ねぇ、あんた、どうしたのよ。パーティーには、レイと行くって言ってたじゃない」
「…怒らせてしまったんだ」
「なんでよ。仲良くしてたじゃない」
「よく分からんが、パーティーなんて言い出せる雰囲気じゃなくなった」
「何があったの?あのレイがそんなに怒るなんて、あんた、よっぽどよ」
「俺は、何もしてない。パーティーにも誘った。二人で粋な格好をして繰り出さないかと」
「ちょっと、その辺、詳しく聞かせてくれる?」
人のことに首を突っ込むなんて、物好きだ。だが、ジョディは、ここにいて赤井を猛獣みたいな女子から守ってくれている。
赤井は、あの日のことをジョディにも聞かせたのだった。
「……ワォ」
「な?何も問題ない」
ジョディは水色のミニドレスが可哀想なくらい、堂々と脚を組んで、憤慨だと態度で示した。
「呆れて物も言えないのよ、このくそったれ」
「おい、さっきから口が悪いぞ」
「はぁ、可哀想なレイ」
「何がだ」
「あんたに誘われた時、一瞬、すごく嬉しかったでしょうにね」
ビシッと指を差され、赤井も流石に口籠った。
「零だって、パーティーにはドレスが着たいわよ。あんたが誘ってくれるの待ってたのに、本当、鈍いったらありゃしない。彼女、私に服を借りようとまでしてたのよ。パーティに他の子に服を借りるなんて、すごく複雑な気持ちの筈なのに」
「だから、なんで…」
俄かに、会場がざわついた。
何事かと見渡すと、入り口辺りで人垣が出来ている。
ジョディは、ぴょんと立ち上がると、首を伸ばし、入り口を確認したようだ。
「ワォ、あれ、レイよ」
降谷?来たのか?
思わず赤井も立ち上がった。
遠目に見つけた降谷はまるで、いつもとは違っていた。
タイトに纏めた髪も、柔らかく化粧した顔立ちも、その長身を引き立てるドレスも。
「…あのドレス」
淡いゴールドのマーメイドドレスは、他の女の子とは段違いに大人っぽい。当たり前だ。なにせ、あれは、赤井の母親が着ていたドレスなのだから。
首周りはシースルーになっていて、降谷のスレンダーなラインを際立たせている。そのまま、体の線に沿う柔らかな布地には、優雅なレースをあしらっており、周りの華やかな女の子とは、まるで別格の美しさだ。
学生が着るには露出が多い。だが、胸も尻も脂肪が少ない降谷だからこそ、過度なセクシャルアピールは感じない。
「パートナーは、諸伏ね」
ジョディが言うまで、彼女の連れに目が行かなかった。それほど釘付けだったのだ。
降谷は、この一夜のダンスフロアに降り立った女神のようだ。隣の諸伏は全ての男から妬みの視線を受けている。
そして、勿論、そこには赤井も含まれるのだった。
「レイは女の子って、知ってた?」
ジョディは呆れながらも、慰めのように優しく問いかけた。
「知ってた」
そうだ。知っていた筈だ。
だが、一緒にいると気遣いの要らない友人同士にしか思えなかった。
降谷は、赤井が気遣わなくていい男友達みたいな存在でいてくれた。気安く肩を抱いても、ぽーっと頬を染めたりしないし、帰り道でキスをねだったりもしなかった。
「もしや、男として見られてなかったのか」
「馬鹿っ!違うでしょ。あんたが、レイを女の子して見てなかったの!あんなに、健気に見つめてくれてたのに、なんで気付かないの!」
健気に?
本当に?
降谷は、諸伏に伴われフロアを横切った。彼女の歩く先は、モーゼの奇跡みたいに人波が割れた。
そして、赤井の目の前にやって来た。
目の前に立つ彼女はキラキラ輝いている。
ほら、お前のふし穴の目が気付かなかった宝石が目の前にあるぞと、見せつけられた気になった。
意趣返しに来たのか?
もう、赤井はすっかり降参の態勢だ。
「こんばんは、赤井くん」
諸伏は、そっと、降谷を赤井の前に促した。
「あ、あの、赤井」
見た目は、まるで別人なのに、降谷は降谷の声で赤井を呼んだ。
「降谷くん」
「…あの」
「すごく綺麗だ」
「本当に?」
「うん」
降谷は、ようやく笑顔になった。
澄まし顔は大人っぽいが、笑った方が断然に可愛い。
「一曲だけ、踊ってくれませんか?」
降谷が手を伸ばす、赤井は迷いなくそれを取った。
「あぁ、勿論」
ちらっと諸伏を見る。彼も、今日はスーツでビシッと決めてる。だというのに、パートナーを奪ってしまうのは申し訳なかった。
「ヒール履かれるとゼロの方が背が高くて、大変なんだよ」
諸伏は肩を竦めた。
「ふぅ、これで、肩の荷が降りた」
「あら、私を誘ってくれない?」
「いいの?僕、あんまり、踊れないんだけど」
「任せて、私がみっちり教えてあげるわ」
諸伏はジョディに捕まった。
多分、彼は明日は筋肉痛になるほど踊らされる。彼女はダンスクィーンだ。
ますます申し訳ないが、今更、降谷を返す気にはならなかった。
赤井は降谷の両手を取って、フロアまでエスコートした。周りの羨望の目は知ってる。気にならなかった。もう、赤井の目には降谷しか映らない。
「母さんのドレスだ」
「貸して下さって…あの、やっぱり変ですか?僕、背が高いから、似合わないですよね」
「とても綺麗だ」
息子の無礼を挽回してくれたことも、このドレスを選んでくれた事も、母に感謝した。
「よかった。今夜だけでも、お姫様になりたかったんです」
「では、明日からは、また王子様?」
「王子?僕が?」
降谷はくすくすと笑った。
王子様の自覚もなしだ。
赤井の周りの女の子たちも、降谷はどんなアイドルよりイケてると騒いでるのに。
それは、友人としての赤井の自慢でもあったのだ。だが、明日からは、それすら妬ましく思うのだろうか。
「君がこんな風に着飾ったら、女子だけじゃなく、男どもからも狙われてしまう」
君は、女の子だ。とても素敵な女性だ。
そう振る舞わない降谷に、甘えていたのだ。
「スローナンバーまで、俺と踊ってくれ」
「え?」
「他の男と抱き合う君を見たくない」
これからは、きっと、もっと、君に優しく触れる。
赤井は、砂糖細工に触れるように、そっと降谷の腰を抱き寄せた。
「まだ、スローナンバーじゃないです」
降谷は慌てたが、気にしない。
「任せてくれ、俺は、どのダンスも上手い」
曲はアップビートだ。だが、赤井の両手は降谷の腰を抱いた。
「本当だ。上手ですね」
降谷は楽しげに赤井の首筋に頬を寄せ、その甘い睫毛を伏せたのだった。
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