ever after
降谷零という男は、実に固い男である。
仕事は鬼のように出来る。その上、地獄の閻魔のように厳正な態度を貫く。私情は挟まず、法を遵守し、実直で、華美なものは好まず、若いくせに色めいた誘惑にも靡かない。
あの男は岩で出来ているのだ。降谷の仕事上の対抗馬達は、そう揶揄した。
何とか足を引っ張ろうと金や女で釣ったのに、蹌踉めくことがない降谷へのやっかみだった。
ところが、驚くことが起こった。
なんと、その降谷が、突然、結婚したのだ。
降谷の職場は、静かに揺れた。あの降谷が人間らしいことをしたと?一体、相手は誰だ?
周りのさざめきには頓着せず、当の本人は、岩のように固いまま、一つだけ華美である指輪を左手の薬指に嵌めたのだった。
十一月某日。
とある良き日に、一組のカップルが結婚式を挙げることになった。
日本で一番有名な若き名探偵が、初恋を実らせたのだ。それを祝おうと、国内外から、集まった友人知人が、数百人。とんでもない規模のパーティが開かれた。
「凄い、人数」
招待客の一人である降谷は、あんぐりと口を開けていた
式場は大きな公園の中の迎賓館が借りられた。
石造りの教会と、クラシックな洋館と、木漏れ日が気持ち良い庭園が素敵な会場である。そこに集う人々も、今日は皆が幸せそうだ。
「坊やは、世界中にファンが居るからな」
降谷の隣には、パートナーの赤井秀一が居る。
岩のような降谷のお相手は、予てからの因縁の相手である赤井であったのだ。
降谷たちは主役の二人にお祝いを伝えてから、庭園に出て来た所だった。
森の中、白とピンクを基調にした会場に、風船や花が飾られている。花嫁の好みなのだろう。可愛らしい雰囲気が、若い二人にぴったりだ。
「俺たちも、式を挙げるか?」
赤井は目線の先の教会を眺めつつ言った。
「えー、面倒です。僕の職場って、そういうの、ややこしい」
二人は目を見合わせ、笑い合う。
「残念だ。俺も君のことを自慢したい」
赤井は降谷の頬を撫でて、甘く囁いた。それから、お互いしか目に入らないと、じっと見つめ合い鼻先が触れそうなほどに顔を寄せ合う。
「ごほんごほん」
口付けを交わさずに済んだのは、突如として割り込んできた咳払いのせいだ。
「人目がっ、ございますのでっ」
同席している降谷の部下、風見が、何故か頬を染めて唸ったのだった。
「誰も僕らなんて見てない」
「私がっ、見ておりますのでっ!」
降谷の言葉に被せ気味に突っ込んで、風見はやけっぱちみたいにビールを煽った。
風見も縁があってパーティに招待されたが、その場で上司とそのパートナーに捕まり、帰るタイミングを逃してしまっている。
それにしても、と、風見は目の前の二人を盗み見る。
岩の如く固い上司が、今日は洒落たスーツでビシッと決めて現れた。隣には、因縁の…いや、今はパートナーの男を連れて。しかも、ぎゅっと手を繋いで参上したのだ。その場で叫んでしまいそうになったのは仕方ない事だろう。
「あんまり飲むなよ」
風見のビールは、何故か、それほど親しくも無い赤井に止められた。
彼は捜査官を辞めて、日本に移住したという。
降谷と、結婚するためにだ。
何となく二人が付き合っているのは知っていた風見だが、それは青天の霹靂だった。
何せ、降谷は、いつも堅物のガチガチで、面白味のない男であったし、赤井との事を聞いても「たまに日本に来た時に、お相手するだけだ。あいつは、向こうに女でも居るんだろうさ」なんて、どこか諦めたような事を言っていたからだ。
だが、どうだ。蓋を開けてみれば、赤井は降谷との未来の為に日本に移住してきて、同棲、結婚とトントン拍子に進み、二人揃って現れたと思えば手を繋いでいるラブラブっぷりである。
あの、「所詮は現地妻です」みたいな悲壮感は何だったんだ。
風見は問いたいのをグッと堪え、ビールを煽る。
「もしや、君は、職場では俺のことを隠してるのか?」
「全然。ちゃんと届け出て、お相手も貴方だと公表してますよ」
降谷はにこにこと言った。
風見もそれを知っている。だが、それは違うのだ。あんまりにも、降谷が変わりない堅物のままなので、その結婚は偽装だと思われているのだ。赤井が日本国籍を得る為に、降谷への借りをチラつかせたのだと。
誰だ、訳知り顔でそんな事を言ったのは。
この二人をそいつに見せてやりたい。
会場中の注目を集めるようなハンサム同士が、ずっと手を繋いだままだ。そのネクタイとポケットチーフはお揃いか?多分、そうだろう。
十秒に一度は見つめ合い、距離はどんどんと近付き、とうとうピッタリとくっ付く。
風見は、やりきれない気持ちをビールで流し込む。
幸せそうなのはめでたいが、上司のそんな顔、見たくなかった。
「風見、飲み過ぎだ」
「お構いなく、ノンアルコールです」
風見は言いながら、コップの中身を飲み干した。
「へ?おまっ、なんで、ノンアルで酔ってるんだよ」
降谷は朗らかに笑った。目がチカチカするくらいに眩しい笑顔だった。
岩の男は、職場の外では笑うのだ。
「降谷さん」
風見は、コップを置いた。
「ん?」
「我々も、貴方に鍛えられて、一端の警官になりました」
「うん。君達の成長は、頼もしい限りだ」
「他の派閥の奴らに舐められないくらいタフなチームであると、自負しております」
「うん」
「なので、もう、貴方が鎧を着込まなくとも大丈夫です」
降谷は潜入捜査官になり、その後も類稀な経歴を積んだ。他国の捜査機関からも称賛されるような功績をあげ、聞いたことがない速さで出世した。
当然、目立つ存在だ。
能力はずば抜けている。実績も問題ない。だが、敵が多い。降谷の足を引っ張りたい奴らがうようよしているのだ。
降谷には後ろ盾はない。しかし、真っ向からの矢面になら、風見たちが立てる。
「大丈夫なんです」
「お前、やっぱり酔ってるな」
「ノンアルです」
風見の班は、降谷に鍛えられて来た。よそより厳しい。よそより忙しい。だが、それが何だ。
降谷の下について八年か?九年かもしれない。その信念は、まだ理解しきれない。だが、鍛え上げられて、漸く、自分たちは恵まれていると分かったのだ。
自分たちは、良い警官になろうとしている。
長い時間をかけて、風見は降谷のことを心底から敬うようになっていた。
降谷に降り掛かる火の粉は、部下である自分たちが払おう。
いつのまにか、風見やその班員たちはそう思うようになっていたのだ。
「そうか」
降谷は、ポンと風見の肩を叩いた。
それから、隣の伴侶を呼ぶ。
「秀一さん」
「うん?」
赤井は、他の誰にも聞かせないような甘い声で答えた。
「僕らも式を挙げますか?」
「ほぉ、何故、急に気が変わったんだ?」
「頼もしい部下が、僕にややこしい思いはさせないと言うので」
風見の足りない言葉は、降谷がちゃんと受け止めていた。
「僕も、貴方のことを自慢したい。こうなったら、 堂々と警視庁で結婚式を挙げましょう」
「降谷さんっ、それは、我々の胃に穴が空きますがっ」
とんでもない提案には、抗議した。
「冗談に決まってるだろう」
赤井が呆れたように言った。
それから、風見のコップにアルコール分の無いビールを注ぐ。
「俺たちの式では、飲んでくれ。美味い酒を用意しておく」
「…えぇ、浴びるほど呑みますよ」
その時、偽装だなんだと言った奴らは、腰を抜かすだろう。目の前で、この二人のイチャつきを見せられたら、もう、この場の風見のように困惑のうちに酒を飲むしか無くなる筈だ。
だが、今日のビールはアルコール分ゼロである。なので、複雑な胸の内の殆どはしまっておける。
「そう言えば、まだ言ってませんでしたね」
「ん?」
「おめでとうございます」
風見は目の前の二人に祝いの言葉を述べた。
「あぁ、ありがとう」
降谷はそんな風見のことはお見通しだ。ニヤリと笑った。
秋の良き一日のことであった。
仕事は鬼のように出来る。その上、地獄の閻魔のように厳正な態度を貫く。私情は挟まず、法を遵守し、実直で、華美なものは好まず、若いくせに色めいた誘惑にも靡かない。
あの男は岩で出来ているのだ。降谷の仕事上の対抗馬達は、そう揶揄した。
何とか足を引っ張ろうと金や女で釣ったのに、蹌踉めくことがない降谷へのやっかみだった。
ところが、驚くことが起こった。
なんと、その降谷が、突然、結婚したのだ。
降谷の職場は、静かに揺れた。あの降谷が人間らしいことをしたと?一体、相手は誰だ?
周りのさざめきには頓着せず、当の本人は、岩のように固いまま、一つだけ華美である指輪を左手の薬指に嵌めたのだった。
十一月某日。
とある良き日に、一組のカップルが結婚式を挙げることになった。
日本で一番有名な若き名探偵が、初恋を実らせたのだ。それを祝おうと、国内外から、集まった友人知人が、数百人。とんでもない規模のパーティが開かれた。
「凄い、人数」
招待客の一人である降谷は、あんぐりと口を開けていた
式場は大きな公園の中の迎賓館が借りられた。
石造りの教会と、クラシックな洋館と、木漏れ日が気持ち良い庭園が素敵な会場である。そこに集う人々も、今日は皆が幸せそうだ。
「坊やは、世界中にファンが居るからな」
降谷の隣には、パートナーの赤井秀一が居る。
岩のような降谷のお相手は、予てからの因縁の相手である赤井であったのだ。
降谷たちは主役の二人にお祝いを伝えてから、庭園に出て来た所だった。
森の中、白とピンクを基調にした会場に、風船や花が飾られている。花嫁の好みなのだろう。可愛らしい雰囲気が、若い二人にぴったりだ。
「俺たちも、式を挙げるか?」
赤井は目線の先の教会を眺めつつ言った。
「えー、面倒です。僕の職場って、そういうの、ややこしい」
二人は目を見合わせ、笑い合う。
「残念だ。俺も君のことを自慢したい」
赤井は降谷の頬を撫でて、甘く囁いた。それから、お互いしか目に入らないと、じっと見つめ合い鼻先が触れそうなほどに顔を寄せ合う。
「ごほんごほん」
口付けを交わさずに済んだのは、突如として割り込んできた咳払いのせいだ。
「人目がっ、ございますのでっ」
同席している降谷の部下、風見が、何故か頬を染めて唸ったのだった。
「誰も僕らなんて見てない」
「私がっ、見ておりますのでっ!」
降谷の言葉に被せ気味に突っ込んで、風見はやけっぱちみたいにビールを煽った。
風見も縁があってパーティに招待されたが、その場で上司とそのパートナーに捕まり、帰るタイミングを逃してしまっている。
それにしても、と、風見は目の前の二人を盗み見る。
岩の如く固い上司が、今日は洒落たスーツでビシッと決めて現れた。隣には、因縁の…いや、今はパートナーの男を連れて。しかも、ぎゅっと手を繋いで参上したのだ。その場で叫んでしまいそうになったのは仕方ない事だろう。
「あんまり飲むなよ」
風見のビールは、何故か、それほど親しくも無い赤井に止められた。
彼は捜査官を辞めて、日本に移住したという。
降谷と、結婚するためにだ。
何となく二人が付き合っているのは知っていた風見だが、それは青天の霹靂だった。
何せ、降谷は、いつも堅物のガチガチで、面白味のない男であったし、赤井との事を聞いても「たまに日本に来た時に、お相手するだけだ。あいつは、向こうに女でも居るんだろうさ」なんて、どこか諦めたような事を言っていたからだ。
だが、どうだ。蓋を開けてみれば、赤井は降谷との未来の為に日本に移住してきて、同棲、結婚とトントン拍子に進み、二人揃って現れたと思えば手を繋いでいるラブラブっぷりである。
あの、「所詮は現地妻です」みたいな悲壮感は何だったんだ。
風見は問いたいのをグッと堪え、ビールを煽る。
「もしや、君は、職場では俺のことを隠してるのか?」
「全然。ちゃんと届け出て、お相手も貴方だと公表してますよ」
降谷はにこにこと言った。
風見もそれを知っている。だが、それは違うのだ。あんまりにも、降谷が変わりない堅物のままなので、その結婚は偽装だと思われているのだ。赤井が日本国籍を得る為に、降谷への借りをチラつかせたのだと。
誰だ、訳知り顔でそんな事を言ったのは。
この二人をそいつに見せてやりたい。
会場中の注目を集めるようなハンサム同士が、ずっと手を繋いだままだ。そのネクタイとポケットチーフはお揃いか?多分、そうだろう。
十秒に一度は見つめ合い、距離はどんどんと近付き、とうとうピッタリとくっ付く。
風見は、やりきれない気持ちをビールで流し込む。
幸せそうなのはめでたいが、上司のそんな顔、見たくなかった。
「風見、飲み過ぎだ」
「お構いなく、ノンアルコールです」
風見は言いながら、コップの中身を飲み干した。
「へ?おまっ、なんで、ノンアルで酔ってるんだよ」
降谷は朗らかに笑った。目がチカチカするくらいに眩しい笑顔だった。
岩の男は、職場の外では笑うのだ。
「降谷さん」
風見は、コップを置いた。
「ん?」
「我々も、貴方に鍛えられて、一端の警官になりました」
「うん。君達の成長は、頼もしい限りだ」
「他の派閥の奴らに舐められないくらいタフなチームであると、自負しております」
「うん」
「なので、もう、貴方が鎧を着込まなくとも大丈夫です」
降谷は潜入捜査官になり、その後も類稀な経歴を積んだ。他国の捜査機関からも称賛されるような功績をあげ、聞いたことがない速さで出世した。
当然、目立つ存在だ。
能力はずば抜けている。実績も問題ない。だが、敵が多い。降谷の足を引っ張りたい奴らがうようよしているのだ。
降谷には後ろ盾はない。しかし、真っ向からの矢面になら、風見たちが立てる。
「大丈夫なんです」
「お前、やっぱり酔ってるな」
「ノンアルです」
風見の班は、降谷に鍛えられて来た。よそより厳しい。よそより忙しい。だが、それが何だ。
降谷の下について八年か?九年かもしれない。その信念は、まだ理解しきれない。だが、鍛え上げられて、漸く、自分たちは恵まれていると分かったのだ。
自分たちは、良い警官になろうとしている。
長い時間をかけて、風見は降谷のことを心底から敬うようになっていた。
降谷に降り掛かる火の粉は、部下である自分たちが払おう。
いつのまにか、風見やその班員たちはそう思うようになっていたのだ。
「そうか」
降谷は、ポンと風見の肩を叩いた。
それから、隣の伴侶を呼ぶ。
「秀一さん」
「うん?」
赤井は、他の誰にも聞かせないような甘い声で答えた。
「僕らも式を挙げますか?」
「ほぉ、何故、急に気が変わったんだ?」
「頼もしい部下が、僕にややこしい思いはさせないと言うので」
風見の足りない言葉は、降谷がちゃんと受け止めていた。
「僕も、貴方のことを自慢したい。こうなったら、 堂々と警視庁で結婚式を挙げましょう」
「降谷さんっ、それは、我々の胃に穴が空きますがっ」
とんでもない提案には、抗議した。
「冗談に決まってるだろう」
赤井が呆れたように言った。
それから、風見のコップにアルコール分の無いビールを注ぐ。
「俺たちの式では、飲んでくれ。美味い酒を用意しておく」
「…えぇ、浴びるほど呑みますよ」
その時、偽装だなんだと言った奴らは、腰を抜かすだろう。目の前で、この二人のイチャつきを見せられたら、もう、この場の風見のように困惑のうちに酒を飲むしか無くなる筈だ。
だが、今日のビールはアルコール分ゼロである。なので、複雑な胸の内の殆どはしまっておける。
「そう言えば、まだ言ってませんでしたね」
「ん?」
「おめでとうございます」
風見は目の前の二人に祝いの言葉を述べた。
「あぁ、ありがとう」
降谷はそんな風見のことはお見通しだ。ニヤリと笑った。
秋の良き一日のことであった。
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