初戀
初めて、君を見た時のことを覚えている。
顔合わせの日、俺はわざと遅れて行って、先に来ている君を確かめた。
君は、白いシャツを着ていた。緊張気味の面持ちで、じっと直向きに前を見ていた。
冒険小説に出てくる異国のお姫様みたいなエキゾチックな顔をしているなと、そう思った。それだけだった。
だけど、そのまま、数分も、君から目が離せなかったのだ。
俺は目が良いから、君が少し不安そうな顔をしたのも見逃さなかった。腕時計を確かめ、顔を上げる。周りをきょろきょろと見回す。俺を探しているのだ。
ゾクっと奇妙な感覚が背筋に走った。
この子を可愛がりたい。いや、壊れるまで滅茶苦茶にしてみたい。
それは、危うい感情だった。
君とは、距離を取ろうと決めた。それが、君の為だと。
己の中に初めて芽生えた執着心が、信用できなかった。
それから、君との仲は、歪んで拗れて、途切れた。だが、それを修復しないまま放っておいた。
それが適切な距離だと、自分で決めたからだ。
もしかしたら、また俺を必死で探す君の姿を見て、歪んだ欲望を慰めたかっただけかもしれない。
君の気配を感じると、居ても立ってもいられずに会いに行きたくもなった。自分で決めた事だが、何度も揺らいだ。
馬鹿馬鹿しい話だが、過去に戻れたらどうしたいか、何度か聞かれた事がある。過去を変えるチャンスを得たら、何をするか。
その幸運を手にしたなら、運命の歯車が同じ道を巡るとしても、俺はどこまでも抗うだろう。
六年前、あの時に戻れたら、俺は君と出会わない運命を選ぶ。
お互い名前を聞いた事はある。そんな程度の距離で、俺は君を見守り続けたい。
君を陰から助けることができるし、あの悲劇が起きるのを避けられる。君が俺を知らないのは寂しいが、その分、俺が君を覚えている。
君が俺を知るのは、全てが終わってからだ。
「貴方が、ライだったんですね。初めまして」
君は名前だけ知ってる他国の捜査官とにこやかに握手を交わす。
側にはきっと、スコッチが居るだろう。彼は死ぬ運命を選ばない。俺が選ばせない。
「ライ、久しぶり」
彼は、もう、闇を睨み続けるような暗い目をしていない。優秀な友人を支えるという使命感に煌めいていた筈だ。
君を側で見守る役目は彼に譲る。
俺は、君の為に、遠くへと逃げ帰る。
その人生は、とても寂しく哀れで味気ないものになるだろう。だが、君を想う時にだけ、あの六年前の、街角のカフェに戻れる。君の美しい横顔を思い出し、交わした会話を思い出し、荒れ狂う執着心を抑えるのだ。
それが、君の為だと。
「…それ、なんで、今、言うんですか?」
長い告解を聞き終えた降谷は、長い睫毛をゆったりと瞬かせた。
赤井はそれを奇跡のように見届けた。
「今、言っておかなくてはならないからだ」
「いや、今じゃないでしょ。だいたい、僕の方から愛を告げましたよね?あの時、なんで言ってくれなかったんですか」
「あぁ、嬉しかったよ」
「恋人にしてもらえるまで、結構、待ちましたよ。その間にだって、言えますよね?」
降谷の口振りは厳しかった。お怒りなのだ。
「いや、その期間は俺も悩んでいた」
「何を?」
「このまま、君の前から姿を消すべきか、否か」
「馬鹿ですね。僕は、どこに隠れても貴方を探し出せる」
降谷はため息を吐いた。
「それに、恋人同士になって、もう長い時間を一緒に過ごしてる」
さっきまでは膨れっ面。今度は憂顔。一瞬一瞬で表情が変わる。
そのどれもが素敵で、どうしても手放したく無い。
「貴方は、僕と別れようと思いながら付き合ってたんですか?」
「あぁ。だが、俺は、君を片時も離さなかった。その上、もっと君を窮屈に縛り付けてようとしている」
赤井は項垂れて、目を伏せた。
この数年間は、奇跡のような時間だった。恋人となった降谷は、赤井の度を超えた愛にもめげずに応えてくれた。
疲れさせていると自覚しながら、手放せなかった。赤井の意思が愛に押し負けたのだ。
手に、何か触れた。
目を上げると、降谷が直ぐ側で微笑んでいた。
「僕も一緒ですよ」
赤井の懺悔に、彼は怒っていなかった。それどころか、その美しい青い目にはぼんやりと涙が浮かんでいた。
「貴方と初めて会った時から、ずっと、心を奪われてる。貴方が死んだと聞いても、諦めないで追いかけたくらいに」
ぎゅっと手が握られた。
「執着心なんて、味気ない言葉にしないでください」
それから、触れるだけのキスをして、降谷は泣きそうに笑った。
「貴方を愛してる。こんなに愛してくれてるなんて、知らなかったけど」
長い付き合いなのに、そんな顔は見たことがなかった。
赤井は、また性懲りも無く惚れ直してしまうのだった。
「別れる気なんて、これっぽっちも無いんだからな、馬鹿」
降谷はさっと立ち上がり、こっそり隠れて目元を拭う。そういう隠したいことも、赤井は全部、暴いてしまう。降谷の全てを知ろうとしてしまう。
「ほら、そろそろ時間ですよ」
「零っ」
先を行く降谷の手を引き留めた。
今が最後のチャンスだ。君をこんな頭のおかしい男から逃してやれる。
たが、振り返った降谷の少し赤らんだ目元を見たら、赤井は堪らなくなってしまったのだ。
「君を愛している。ずっと。これからも」
口からは、愛の言葉しか出てこなかった。
「うん」
赤井の全てを聞かされたのに、降谷ときたら、キラキラの笑顔で受け入れてしまうのだ。
「でも、それは、本番にとっておいてくれなくちゃ」
降谷の手が、赤井の髪を直す。
「今日も、世界で一番、いい男です」
それから、胸のブートニアを整えて、最後に赤井の手を取り、先へと促した。
「行きましょう、秀一さん」
赤井も、もう躊躇わなかった。
二人で腕を組み、見つめ合う。
うっかりキスしそうになったが、それは、この後に取っておかなくては。
今日、この世界の全てに愛を誓う。
これは、二人の結婚式の日の、お話。
顔合わせの日、俺はわざと遅れて行って、先に来ている君を確かめた。
君は、白いシャツを着ていた。緊張気味の面持ちで、じっと直向きに前を見ていた。
冒険小説に出てくる異国のお姫様みたいなエキゾチックな顔をしているなと、そう思った。それだけだった。
だけど、そのまま、数分も、君から目が離せなかったのだ。
俺は目が良いから、君が少し不安そうな顔をしたのも見逃さなかった。腕時計を確かめ、顔を上げる。周りをきょろきょろと見回す。俺を探しているのだ。
ゾクっと奇妙な感覚が背筋に走った。
この子を可愛がりたい。いや、壊れるまで滅茶苦茶にしてみたい。
それは、危うい感情だった。
君とは、距離を取ろうと決めた。それが、君の為だと。
己の中に初めて芽生えた執着心が、信用できなかった。
それから、君との仲は、歪んで拗れて、途切れた。だが、それを修復しないまま放っておいた。
それが適切な距離だと、自分で決めたからだ。
もしかしたら、また俺を必死で探す君の姿を見て、歪んだ欲望を慰めたかっただけかもしれない。
君の気配を感じると、居ても立ってもいられずに会いに行きたくもなった。自分で決めた事だが、何度も揺らいだ。
馬鹿馬鹿しい話だが、過去に戻れたらどうしたいか、何度か聞かれた事がある。過去を変えるチャンスを得たら、何をするか。
その幸運を手にしたなら、運命の歯車が同じ道を巡るとしても、俺はどこまでも抗うだろう。
六年前、あの時に戻れたら、俺は君と出会わない運命を選ぶ。
お互い名前を聞いた事はある。そんな程度の距離で、俺は君を見守り続けたい。
君を陰から助けることができるし、あの悲劇が起きるのを避けられる。君が俺を知らないのは寂しいが、その分、俺が君を覚えている。
君が俺を知るのは、全てが終わってからだ。
「貴方が、ライだったんですね。初めまして」
君は名前だけ知ってる他国の捜査官とにこやかに握手を交わす。
側にはきっと、スコッチが居るだろう。彼は死ぬ運命を選ばない。俺が選ばせない。
「ライ、久しぶり」
彼は、もう、闇を睨み続けるような暗い目をしていない。優秀な友人を支えるという使命感に煌めいていた筈だ。
君を側で見守る役目は彼に譲る。
俺は、君の為に、遠くへと逃げ帰る。
その人生は、とても寂しく哀れで味気ないものになるだろう。だが、君を想う時にだけ、あの六年前の、街角のカフェに戻れる。君の美しい横顔を思い出し、交わした会話を思い出し、荒れ狂う執着心を抑えるのだ。
それが、君の為だと。
「…それ、なんで、今、言うんですか?」
長い告解を聞き終えた降谷は、長い睫毛をゆったりと瞬かせた。
赤井はそれを奇跡のように見届けた。
「今、言っておかなくてはならないからだ」
「いや、今じゃないでしょ。だいたい、僕の方から愛を告げましたよね?あの時、なんで言ってくれなかったんですか」
「あぁ、嬉しかったよ」
「恋人にしてもらえるまで、結構、待ちましたよ。その間にだって、言えますよね?」
降谷の口振りは厳しかった。お怒りなのだ。
「いや、その期間は俺も悩んでいた」
「何を?」
「このまま、君の前から姿を消すべきか、否か」
「馬鹿ですね。僕は、どこに隠れても貴方を探し出せる」
降谷はため息を吐いた。
「それに、恋人同士になって、もう長い時間を一緒に過ごしてる」
さっきまでは膨れっ面。今度は憂顔。一瞬一瞬で表情が変わる。
そのどれもが素敵で、どうしても手放したく無い。
「貴方は、僕と別れようと思いながら付き合ってたんですか?」
「あぁ。だが、俺は、君を片時も離さなかった。その上、もっと君を窮屈に縛り付けてようとしている」
赤井は項垂れて、目を伏せた。
この数年間は、奇跡のような時間だった。恋人となった降谷は、赤井の度を超えた愛にもめげずに応えてくれた。
疲れさせていると自覚しながら、手放せなかった。赤井の意思が愛に押し負けたのだ。
手に、何か触れた。
目を上げると、降谷が直ぐ側で微笑んでいた。
「僕も一緒ですよ」
赤井の懺悔に、彼は怒っていなかった。それどころか、その美しい青い目にはぼんやりと涙が浮かんでいた。
「貴方と初めて会った時から、ずっと、心を奪われてる。貴方が死んだと聞いても、諦めないで追いかけたくらいに」
ぎゅっと手が握られた。
「執着心なんて、味気ない言葉にしないでください」
それから、触れるだけのキスをして、降谷は泣きそうに笑った。
「貴方を愛してる。こんなに愛してくれてるなんて、知らなかったけど」
長い付き合いなのに、そんな顔は見たことがなかった。
赤井は、また性懲りも無く惚れ直してしまうのだった。
「別れる気なんて、これっぽっちも無いんだからな、馬鹿」
降谷はさっと立ち上がり、こっそり隠れて目元を拭う。そういう隠したいことも、赤井は全部、暴いてしまう。降谷の全てを知ろうとしてしまう。
「ほら、そろそろ時間ですよ」
「零っ」
先を行く降谷の手を引き留めた。
今が最後のチャンスだ。君をこんな頭のおかしい男から逃してやれる。
たが、振り返った降谷の少し赤らんだ目元を見たら、赤井は堪らなくなってしまったのだ。
「君を愛している。ずっと。これからも」
口からは、愛の言葉しか出てこなかった。
「うん」
赤井の全てを聞かされたのに、降谷ときたら、キラキラの笑顔で受け入れてしまうのだ。
「でも、それは、本番にとっておいてくれなくちゃ」
降谷の手が、赤井の髪を直す。
「今日も、世界で一番、いい男です」
それから、胸のブートニアを整えて、最後に赤井の手を取り、先へと促した。
「行きましょう、秀一さん」
赤井も、もう躊躇わなかった。
二人で腕を組み、見つめ合う。
うっかりキスしそうになったが、それは、この後に取っておかなくては。
今日、この世界の全てに愛を誓う。
これは、二人の結婚式の日の、お話。
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