片思い

 その日、赤井は、降谷を伴い都内のショップに訪れた。
 例の組織を巡る大きな事件が片付いてから、数年が経っていた。二人の生活も、ガラリと変わった。今の二人は、あの常に命懸けの状況から比べれば、平和と言っていいだろう。
「ねぇ、あれなんてどうですか?」
 降谷が指差したのは、本格的なコーヒーメーカーだ。
「いいんじゃないか、坊やはコーヒー党だ」
 今日は、二人が可愛がってる、もしくは一目置いている青年探偵への結婚祝いを選びに来たのだった。
「祝いの品を君との連名で贈るつもりだ」と呼び出したところ、それならと誰にも知られてない住処から出て来てくれたのだった。
「蘭さんには、つまらないかな。一つ、女性らしいものを添えても良いかも」
「身につけるものか?」
「それは、夫になる人が許しませんよ」
「確かにな。アクセサリーなんて贈ったら、坊やが嫉妬するか」
「花瓶とか…あ、僕が使ってるプロセッサーが使い勝手が良いんですよ。贈りたいな」
 降谷は料理家電に狙いを定めたようだ。
「良いんじゃないか」
「ちょっと探して来ます」
「あぁ」
 その、なんとかいう機械は、赤井にはちんぷんかんだ。それより、自分用にもコーヒーメーカーが欲しい。
 そちらは降谷に任せ、赤井は数種の機械の見比べを続けた。
 エスプレッソを淹れれる物も良いが、プロ並みのコーヒーを淹れれる物もいい。
 赤井がアメリカに帰って、一番、がっかりしたのは、降谷が淹れてくれたコーヒーが飲めなくなったことだ。
 彼のような拘りある男が側にいると、舌が肥えてしまって仕方ない。帰国してからは、何を食ってもがっかりするばかりだ。
 今回、日本に帰って来たのは、工藤青年への祝いと、降谷の手料理をご馳走になる為と言っても過言ではない。
 すっかり日本贔屓になってと降谷は笑うが、日本食に惚れ込んだわけではない。降谷の作る、赤井の好みにぴったりの、それでいて健康的な食事が恋しいのだ。彼が、キッチンで「僕が一番好きなのは、お料理すること食べること」なんて鼻歌を歌いながら忙しく立ち動くのを眺めるのが好きなのだ。
 気恥ずかしいが、この歳で、親友…。
「〜〜」
 その単語の恥ずかしさに、赤井は被っているキャップを引き下した。

 ジリリリ

 耳をつんざくようなベルの音。フロア中に警報が響き渡った。
 赤井は、その瞬間に降谷の姿を探し、その特別製の目でもって彼を見つけ出した。
「降谷くんっ」
 駆け寄って、腕を掴み、肩を抱く。
「避難するぞ」
「赤井?」
 とにかく、降谷を無事に避難させなくては。
「非常階段は、こっちだ」
「いえ、一般人を誘導をしなくては。赤井は先に避難を」
「俺がやる。君は、先に…」
 そこまで言って、赤井はまたもや被っていたキャップを引き下げるはめになった。
 降谷は、プロだ。テロ対策が仕事で、大規模な災難に対処するスキルがある。
 だが、赤井は、その彼を一番に安全な場所へといて欲しいと、そう、思ったのだ。 
「非常階段までに怪我人がいたらお願いします。とにかく、ご自身が避難することを優先して」
 駆け出す彼を引き止められなかった。山程の人の命を背負う背中が健気で、赤井の胸は張り裂けそうだ。
 君を守りたい。強い人だと知りながらも、そう思ってしまうのは、仕方がない事なのか?
「おい、どこかで火が出たのか?」
 赤井は小走りの店員を捕まえ、尋ねた。

 結局、非常ベルは誤報だった。悪戯…ではなく、万引き目当ての一騒ぎだったようだ。
 混乱に乗じて盗みを働こうとする賊は、降谷が現行犯で捕まえ、地元警察に引き渡した。赤井も暴れる犯人を締め上げて手伝った。
 示し合わせたわけじゃないが、彼とは視線だけでも通じ合えるくらいに長い付き合いだ。
「僕が動く前に、貴方がしてしまうんですよね」
 微妙な言い回しだが、褒め言葉として受け止めた。
 こんなものは、ちょっとしたトラブルだ。
 ただ、赤井にとっては、重要な転換ポイントだったと言うだけ。
 言葉が要らないくらいの長い付き合いなのに、お互いの気持ちには無頓着だったな。
 赤井は隣を歩く横顔を見つめて、彼と間近で過ごせる幸運に感謝した。
「すっかり、遅くなってしまいましたね」
 降谷の予定では、買い物を済ませた後はお茶をして、のんびりと町を案内したかったそうだ。
 降谷の部屋への帰り道は、すっかり夕方になってしまった。
「米花町に住み続けたい気持ちもあったんですけど、降谷としては、少々、難しくて」
「安室は?」
「彼は、今、横浜で探偵してます。なかなか有名なんですよ」
 まるで、別人がそこに生きているような言い方ではないか。
「安室の立場は、とても便利なんですよ」
「なるほど。なかなか捕まらないと思ったら、安室として横浜をうろうろしていたのか」
 相変わらず忙しいことだ。
「沖矢は?」
「国外へ引っ越したことにしたさ。君が殺すなって言うから」
「親しくしていた人を亡くすなんて、子どもたちにはショックです」
「君、意外と、子ども好きなんだな」
「好きって…日本の将来を背負って立つ子たちですよ、大事にしてください!」
「ふっ、相変わらずだ」
「なんですか。何か異論が?」
「いやいや、君が正しい。それに、俺の事も大事にしてくれてると知ってるさ。今夜は、俺の好物を作ってくれる」
「…生姜焼きです」
「素晴らしい!」
「庶民的」
「お互い様だ」
 生き方も、物の価値も、人それぞれだ。だが、赤井のそれは、降谷のそれと近い。無理に合わせる必要が無いのだ。
 あぁ、そんな事を気にしたことが無かったのに。
 降谷といると、あれもこれも素晴らしいと、そう気付く事ばかりだ。
「君と、分かり合えるのは、とても嬉しい」
「え?」
 君の考えることも分かる。
「こんなゴツい男を守りたいなんて、君は本物の王子様だ」
「はぁ?ぶん殴りますよ」
 赤井には、降谷の事がなんでも分かる。言葉より視線や態度から気持ちは伝わる。本人が知らない心の奥の事も。  
 赤井のようなプロを先に避難させる?降谷なら、存分に働かせるところだった。赤井には、逃げ遅れた者が居ないか走り回らせ、火元が見つかれば消火を手伝わせる。そういう男だ。
「赤井は、お客様だから、怪我をさせたくなかっただけです。もっと、自分の価値を自覚して欲しいですよ、貴方みたいな人は他に居ないんですから」
「ハハ…そんな特別な男じゃないさ」
 それでも、君にとっては特別な男なんだな。
 赤井は胸の内で、降谷からも愛されていると確信した。
 何故、これまで気付かなかったのだろう。同性だというフィルターが、ありえないと目隠ししてたのだろうか。
 同じ目隠しは、きっと降谷にも掛かっている。
 だが、きっと、降谷も思い知る筈だ。
 今夜、赤井がキスしたら、魔法が解けたみたいに、恋に気付くだろうから。
 それまでの少しの間、赤井はこの甘酸っぱい片想いを楽しむのだった。
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