十三夜

 ある晴れた日の昼下がり、降谷は、とあるカフェテリアのテラス席でお茶を嗜んでいた。
「こういう可愛いケーキって、見てるだけで楽しいわね」
 向かいに座るのは、魔女ベルモットだ。
 本日は、彼女のお供兼運転手として、朝から連れ回されているのだった。
「貴女、ケーキなんて好きじゃないでしょ」
 ベルモットは、ここのアフタヌーンティーがお気に入りなのだが、毎度、ケーキスタンドの中身を減らすほど食べやしない。
「一口で満足」
 そう言うと、魔女は楽しげに微笑むのだった。
 今日の彼女はやけに機嫌が良い。つまり、バーボンの働きぶりには満足していただけているのだろう。
「そう言えば、さっきの店で、コートを見てたわね。欲しいの?」
 テーブルには馥郁たる紅茶で空気が満ちている。降谷だって、そりゃあ気分が良かった。
「いえ、まぁ」
「買えば良かったじゃない」
「…思ってたより高くて」
 気分が良かった。なので、少しばかり素直にそう言ってしまったのだった。
 これまで興味がなく見もしなかった値札には、想定していたよりゼロがたくさん並んでいた。ベルモットが行く店の中では、カジュアルな店であったのに。
「あはは、しみったれた事を言うじゃないの。私は貴方に出し惜しみなんてしてない筈だけど?」
「探り屋やるには金がかかるんですよ。あちこちに情報網を広げてると、どうしても」
「ふうん」
 カチャ
 ベルモットがカップを置いた。そして、頬に指を添える。ふわっとた肌と艶々の爪が麗しかった。
「で?あんな、皮のコートが欲しいわけ?」
「いくらくらいするものかと、気になって」
「あら、とうとうファッションに興味が湧いた?」
 魔女の目がキラッと輝く。返答次第では、夜中まで買い物に連れ回されてしまうだろう。
「実は、ライが持ってるんです」
 ボソリ
 仕方なく、降谷は、否、今は犯罪組織の構成員であるバーボンは、観念したように呟いたのだった。
 ライとは、同じ組織に所属する狙撃手の男だ。
 昨日、新しい仕事の為に奴と合流した時の事だ。急に冷え込んだものだから、ライは上着を調達してくると、その辺の古着屋へふらっと入って行き、そして、一着の黒い革製コートを買って戻ってきたのだった。
「それが、フランスのルべ…なんとかいうブランドのものらしくて」
 この店の奴は価値を分かってない。これが三万そこそこだぞ。呆れたもんだ。
 ライはぶっきらぼうに言い捨てて、買ったばかりのコートをその場で羽織った。
 重いコートが背中に翻り、軽々と腕が通される。その一連の動きが、大型の猛禽類みたいだった。
 コートを着た着たライは、背の高さや肩幅の逞しさが際立って、より近寄り難く感じた。どこから見ても悪人だ。だが、それでも見惚れるほどの男振りだった。
 あぁいうコートを着たら、ベイビーフェイスのバーボンも、一端の男として扱われるだろうか。
 あんな風に、男が見惚れるような漢に。
 内心では羨んでいたが、素直にそう言う気にはなれず、バーボンは面白くなさなそうな素振りを装った。
「ベルトやスタッズがゴツくて、着る人を選ぶデザインでした。売れ残って安くなったのかも。良い皮なんでしょうが、そんな価値があるものかと」
「そうねぇ、七、八十万はするんじゃない?」
「そんなに?」
 素っ頓狂に聞き返してしまった。ベルモットは笑っていた。
「フランスで人気が出てきたデザイナーね。世界進出はついこの間。日本でも、これから名前が売れるかも」
 では、ライが買ったコートは、海外で売られていた物が巡り巡って日本にたどり着いたのか。
 そう思うと、面白い巡り合わせだ。欧州から日本に来て、また欧米人であろう男に買われるとは。
「驚いたわ。あの男、案外、目利きなのね」
「そうみたいですね」
 降谷はこっそり溜息をついた。
 悔しいが、バーボンにはそんな目はない。
「バーボン、貴方も、良いものを見極める目を鍛えなさいな。丁寧な仕事を知る良い機会よ」
 向かいの席で、ベルモットが微笑む。いつもみたいな、妖艶な魔女のそれではなく、まるで姉のように慈悲深い微笑みだった。
「そしたら、仕事の幅もうんと広がるわ」
「えぇ」
 バーボンは素直に頷いた。
 自分には、まだまだ足りない物がある。このままでは、ライに負けてしまうかもしれない。
 これまで興味が無かったが、拘って服やアクセサリーを身につけること。自分の肌や髪を気遣うこと。それは、バーボンには必要なことなのだ。
「じゃ、いきましょうか」
 ベルモットが席を立った。
「どこへ?」
「古着屋なんてケチは言わないわよ。ルベラッティなら、ここから近いわ」
 バーボンも立ち上がる。
「貴方にもコートを見繕ってあげる」
 それは何の気紛れだ。
 慌てて先を行くベルモットを追いかけた。
 バーボンにコートを与えると?何の気紛れだ?いや、まさか、これまで、この魔女がバーボンを連れ回したのは、そこで見る目を養えということだったのだろうか。
「貴方にあれこれ着せてみたかったのよ。いつも安い服着てるから、連れて歩くの恥ずかしくって」
「……」
 酷い言い草だ。だが、身に覚えがあるので言い返せなかった。
「これからは、着る物にも気を使ってくれるかしら?」
 バーボンはきゅっと口を閉じ、神妙に魔女をエスコートしたのだった。
 

 ベルモットが選んだコートは、ライの物よりソフトな雰囲気の物だった。無骨な金具やスタッズは無しで、よく言えばシンプル、悪意を持って言えば、なんの変哲も無い物だ。
『貴方には、あんまりゴテゴテしてない物の方が似合うわ。貴方自身がゴージャスなんだから。その顔に感謝しなさい』
 ベルモットは、一目でそのコートに決めた。
 バーボンがイメージしていた物とは違ったが、着てみると、肩や背中がシャンとして見えた。自画自賛だが、男振りが上がって見えたのだ。
 着るものに何十万も出す人間の気持ちが分からなかったが、それで男の格が上がるなら、確かに払う価値があるのだろう。
 さて、そろそろ時間だ。 
 今宵の月は美しい。バーボンは空を見上げ、それから腕の時計を確かめた。これも安物だ。だが、正しく時を教えてくれる。指定された時刻は二十三時。今、丁度、秒針が頂点に達した。
 繁華街の路地裏から、指定された店先を覗く。二人のマッチョが用心棒よろしくそこに立っているのが見えた。
 ブブブ 
 胸ポケットでスマホが震えた。一分たりとも待てない相手からの電話だ。
「もしもし」
『おい、約束の時間だぞ』
 まず怒鳴るのは、気が短く、プライドが高いから。自分が待たされるのが許せないのだ。
「えぇ、指定された店が分かり難くて、迷ってます。もう少し、待ってください」
『オレを待たせるとは、いい度胸だ』
 電話の向こうで要らぬお説教が始まった。
 バーボンは大人しく聴くフリで、相手の背後の音を探る。
 バーにしては、周りが静かだ。店構えからして、うるさい音楽が聞こえきそうなものなのに。他の客は静かに飲んでるのか、若しくは、店には男の仲間しか居ないのか。
「あ、店が見えてきました。厳ついのが店先に居るので間違いないでしょう。お待たせして、申し訳ありません」
 丁寧に謝る。バーボンは、そういう奴なのだ。自分より馬鹿を相手にしている時も、組織の幹部を相手にしている時も、同じ。丁寧に、慇懃に振る舞う。
『仕方ねぇな、早く来い』
 それを良い気分で受け取れるか、馬鹿にされてるいると感じるか、相手次第である。
 バーボンを呼び出した男は、所属する暗殺組織の下っ端の男だ。どうやら、最近は仕事にあぶれているらしい。そいつが、バーボンに何の用があるのかと言えば、きっと文句が付けたいのだ。
 後から入ってきたバーボンに仕事を奪われたと、ご立腹らしい。
 全く、お門違いもいいところである。
 バーボンは、所謂、探り屋だ。情報を集めて、分析して、実行部隊にそれを渡す。腕っぷしに自信が無いわけでもないので荒っぽい仕事もこなすが、それはおまけでしかない。
 待っている男は真逆の武闘派だ。つまり、バーボンと縄張りは被らない筈であろう。
 あの男の仕事を奪ったとするなら、それは…。
 ゴツッ
 重たい靴音がして振り返る。 
 長い黒髪に鋭利な白皙、そして、男臭いハードなコートを羽織った男が月明かりに浮かび上がった。
「おい、門限は十時だと言ったろ」
 まさかと思ったのに、やはりその重い音は、ライのゴツいエンジニアブーツの靴音だった。
「貴方、僕の保護者かなんかのつもりですか?」
 潜伏場所からこっそり出てきたのだが、後を付けられていたらしい。気付かなかったのは、不覚だ。
「今回の仕事は、俺の仕切りだ。お前は俺の子飼い。言ってみりゃ、弟分みたいなもんだろ。面倒を見るのが義務だ」
 ライは聴き分けのない子どもにいい聞かせるような口振りで言った。
「はぁ?貴方の仕切りですって?」
 この仕事は、元々、ライが断ろうとした仕事をバーボンが受けた物だ。面倒な部分はバーボンが請け負うならと、ライも乗っかってきたに過ぎない。つまり、良いとこだけ齧るだけなのだ。
 実に、腹立たしい。
「それに、これは、今回の仕事とは別の問題です」
 バーボンはガウっと噛みついた。
「ほぉ」
 ライは顎に手をやり、ニヤリと笑った。
「僕のせいで仕事が無くなったとか、とんだ言いがかりをつけられてるんですよ」
「お前は目立つんだ」
「顔は出してません。僕を待ってる奴だって、面識ない人です」
「名前が目立つ。入ってすぐにバーボンなんて偉そうな名前貰ったら、そりゃあなぁ」
「それは、僕のせいじゃ」
 ある日突然、幹部連中が降谷をバーボンと呼び始めただけ。だが、確かに、名前が先に歩き出してしまった気はしていたのだ。
「お前、ボコられてマワされるんじゃないか」
 意地の悪い物言いには、肘打ちで抗議したが、ライは面白そうに笑っているだけだった。
「お前の仕事が滞って納期に遅れるのは困る。俺も忙しいんでな。仕方ないから、手伝おう」
「当たり前でしょ。僕は情報屋ですよ。荒っぽいことは、貴方の仕事に決まってる」
「こいつめ」
 荒っぽいことになるのは嫌だな。 
 降谷はそう思ったが、横でライが愛銃を確かめているのを見ると、そうも言ってられそうにないなと溜息をついた。
「殺さないでくださいよ」
「どうした?怖気付いたか?」
「無駄に殺すな」
 できれば、その銃も使わないで欲しい。
 甘ったれたことを言うなと笑われる覚悟で言った。
「俺も同じだ。無駄に殺したくはない」
 ライは笑い飛ばさずに、ポツンと呟いた。
「狙撃手なんてやってるとな、殺したという実感が無くなってくる」
 それから、愛銃をまた懐へと戻した。
「お前に殺すなと言われると、安心するよ」
 闇夜に溶けそうな真っ黒だ。ライがどんな顔をしてそう言ったか、降谷には見えなかった。だが、優しい声だったから、きっと微笑んでいたのだ。
 降谷は、その顔を見られなかったことをひどく惜しいと思った。

 深夜のバーで大暴れして、二人がアジトに戻ってこれたのは、真夜中なのか早朝なのか、曖昧な時間になっていた。
 流石に疲れた。
 アジトは町外れの小さなコーポだ。昔は近くの工場が社員のために借りていたらしいが、今は空き部屋だらけ。間取りが広いのが気に入って決めた部屋だった。
 そういえば、ライと合流する前に隅々まで掃除したっけ。
 降谷は玄関でこそっと笑った。バーボンみたいな男は床を磨いたりしないだろうに。
 磨かれて埃一つない床は、ひんやりと二人を迎え入れてくれた。
「…なぁ。どうしたんだ、そのコート」
 屈んで靴を脱いだタイミングで問いかけられた。
「あ、ベルモットに貰ったんです」
「は?」
 そういえば、もらったコートを着ていたのだった。
 こんな荒っぽい事になるなら着なかった。せっかくの新品が埃っぽくなってしまった。
「貴方が皮のコートを買ったと言ったら」
「なんで、あの女がお前に着るもんなんて買うんだ」
「運転手と荷物持ちをやらされてますから、ご褒美だそうで」
 それと、お茶の相手もだ。ケーキは美味しかったが、魔女相手のお茶会は疲れる。
「ほぉ」
 ライが徐にコートの襟元に手を伸ばしてきた。
 少し、驚いた。
 これまで、衣服だろうと、触れられたことなんて無かったのに。
「これは、お前には、ちょっと重すぎるな」
「え?」
「ハード過ぎるだろ、お前には」
 カチンときた。
「僕に男らしさが足りないと言いたいんですか?」
「そうは言ってない」
 ムキになったのは、図星だったからだ。
 コートは気に入った。だが、鏡に映った自分には、もう少し肩幅があればとか、もう少し男らしい顔つきだったらとか、無いものばかりを探してしまったのだ。
 目の前で、バーボンが思い描いた背が高く肩幅も広い男がひんやりと冷たい目で見下ろしている。
「お前には綺麗な色の方が似合う。青でも赤でも着こなせるだろう。形も、タイトなシルエットの方が良い」
「黒が、よかったんです」
 降谷はライを押し除けて部屋に上がる。そのまま、奥の個室のドアを閉めた。
 新品のコートを脱ぐ。埃を叩き落とし、ハンガーに掛けた。
 自分に似合う服なんて意識したことがなかった。確かに、逞しいとか男らしいとか、そういう見た目でない事は自覚している。だが…。
「着こなせてると、思ったのにな」
 僕には、ライみたいな服は似合わない。
 壁に掛けたコートには、先ほどまでのような輝きは感じなかった。
 

 翌日、遅れてスコッチが合流した。今回は三人体制での仕事になるので招集していたのだ。
「すまん。前の仕事が長引いて」
 忙しい彼は、仕事終わりに急いで直行してくれた。
 スコッチは狙撃手なのだが、機転が効くし愛想もいいと指名が多い。売れっ子だ。
 逆に、ライは、腕はピカイチだが、その風貌や言動から恐れられているので、下っ端から仕事に誘われる事はない。ついでに、当然だが単価も高い。つまらない仕事では呼べない男なのだ。
 幹部連中以外でわざわざ彼と組みたがるのは、いつでも難しい仕事を請け負ってくるバーボンくらいのものだろう。
「あれ、ライは?」
 スコッチは愛用のギターケースを肩から下ろしつつ、ぐるっと室内を見渡した。
「外に出るって言うから、食事を頼んだんだ」
 昨日、くだらないことで言い争ったので、二人きりでいるのも気まずかった。出かけてくれてホッとしていたところだった。
「今回は、ちょっと長引くかもな。調べに時間が掛かってて」
 降谷は言った。
 ターゲットの保護も算段しなくてはならない。降谷は潜入捜査官だ。警察に、暗殺のターゲットを保護するよう指示しているので、手間が倍かかる。
 今回のターゲットは、米国の大富豪の隠し子だ。日本の愛人に産ませた娘だが、遺産の相続権を巡って、殺されるハメになった。
 勿論、殺すわけにはいかないので、狙撃手にスコッチを呼んだ。彼に空砲を撃たせる。
 他にも、彼女には数人のボディガードがついてるので、遠距離にも近距離にも強いライも必要だ。ライの腕なら、ターゲット以外を死なせたりしない。
「依頼の内容もコロコロ変わってて、しまいには、本当に隠し子がどうか調べろって、今更何を言ってんだか。まず、それを調べてから依頼するもんだろ。それで、身辺調査からやってて、時間が…あーもうっ」
「あはは、お疲れ」
 ポンと背中を叩いて、スコッチは気の良い笑顔をる見せた。潜入なんて始めてから険しくなった目元が、やんわりと緩んだ笑顔だった。
「せっかく急いでくれたのに、悪いな」
「いいよいいよ。なんか手伝わ…」
 コツコツ
 スコッチが口元に指を当てて、会話を止めた。
 物音に、スコッチの顔つきが変わる。
 安い造りのアパートは通路を歩く音も響く。
 重い足音だ。ゴツいブーツが立てる低い音。
 ライが帰ってきたのだ。
「ライだ」
 バーボンの呟きに被さって、重々しい玄関のドアがギイギイ言いながら開けられる音がした。
「スコッチが来てるのか」
 呟きは、玄関の靴を見たからだろう。狭いコーポでは、玄関からリビングまでそれが聞こえるくらいの距離だ。
「遅れてすまなかったな、ライ」
 スコッチはバーボンと距離を取り、ライを迎え入れた。
「よぉ、スコッチ」
 愛想なしのライだが、スコッチとは仲が良い。二人は再会の握手を交わした。
「また一緒に仕事できて嬉しいよ。よろしくな」
「あぁ」
 因みに、バーボンがライを呼び寄せた時には、握手なんて求められなかった。
「ほら、飯だ」
 ライが袋を簡素なテーブルに置く。
「何?」
 スコッチが袋を覗き込んだ。
「中華」
「肉まんじゃん。美味そうだな」
 多分、碌に食事も摂ってなかったのだろう、スコッチの声は隠しきれずに弾んだ。
 降谷も少し笑って、少し気分が浮上した。
 それに、中華は久しぶりだ。
 だが、手を伸ばすより前に、別の紙袋が突きつけられた。
「ほら」
 分厚い紙の袋だ。
「なんですか?」
「こっちの方がいい」
「え」
 受け取るのを戸惑っているうちに、ライがその袋から中身を取り出した。
 ベージュのコートだ。かなり明るい色で、広げるとパリッと張りがある。しっかりした生地なのだろう。チェスターコート?いや、デザインがモダンで、格式張っていない。
 普段の降谷なら尻込みしそうなくらい洒落たコートだった。
「皮の方はスコッチにやれ。そいつ、薄っぺらいパーカーしか着てないぞ」
 ぐいっと押し付けられて、受け取ってしまった。
「わぁ」
 その滑らかな手触り。ふわふわで滑らかで、重くないのに緻密な生地の感触。とても良い物なのだろう。
「忙しくて買う暇がなかったんだよ」
 スコッチは肉まんを片手に肩を竦めた。
「これ、高かったんじゃ」
 バーボンはライに問いかけた。
 何かの気紛れだとしても、ライからこんな綺麗な物を貰うなんて。
 先日のベルモットの時も、何故?と戸惑った。だが、今度は、戸惑いながらも、自分でも変だと思うくらいに胸が高鳴っていた。
「お前には、こういうのが似合う。明るい色で、柔らかな素材がいい」
 では、ライの目には、バーボンは、こんな綺麗なコートが似合う男に映っていると?薄汚い情報屋でしかないバーボンが?
「良いんですか?こんな」
「あぁ、あの物の価値の分かってない古着屋で買ってきた」
「嘘ばっかり、これ新品じゃないですか」
 知らぬうちに、ぎゅっと手に力がこもってしまった。とても嬉しくて、コートを抱きしめた。
 色々な事を考えた気がする。
 男らしさなんて曖昧な価値感を求めたが、所詮はライを真似ただけだった。だが、良い経験をした。
 ライの様な男になるには、ライの様な生き方を積み重ねるしか無い。
 バーボンをどんな男に仕上げるのか、それは、降谷の経験次第だ。
「ありがとうございます」
 バーボンは、こんなコートを着る男なのか。
 自分の中のバーボンという男を育てるのだ。これまでは何の境目もなかった降谷とバーボンに、明らかな差ができた。
 降谷は降谷だ。自分でも呆れるような固い男だ。
 バーボンは違う。美しく壊れやすい物を愛する繊細さと、他人から差し出された物を平気で受け取る太々しさを持つ。捧げられる側の男なのだ。
 だが、このコートのことは、捧げ物とは思わなかった。贈り物をもらったのだ。
 ぎゅっと抱きしめたコートに、頬が触れた。柔らかく、暖かかった。
1/2ページ
スキ