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【第四十四争覇記録:于禁文則】

そして、落日。
昌豨は、私の手によって処刑された。

止められなかった。
決して、『記憶』を再現したかったわけじゃないのに。
私の背後に立つ、黒い陰が嗤っている。
昌豨を殺してからというもの、悪夢は輪郭をもち、幻となっていっそう私を襲うようになった。
夜な夜な金縛りのように背後に張り付き、泥のような黒い“恐怖”を飲み込ませては、私の哀れな姿を嘲笑った。

『カワイソウニ』
『カワイソウニ』

私は耳を塞ぐ。
記憶の濁流に、眠れぬ日も続いた。


──『闇』に呑み込まれぬには、一切の感情を殺すしかない。──


そうして、私は“記憶通り”に、“転ばぬように”生きていったから、
人々の心は並々遠ざかっていった。

それでも、

それでも、主君だけは、
私を認めてくれた曹公だけは、
私の一心な気持ちを汲んでくださる
唯一の私の薬であってほしかった。

例えこの先、私が闇に呑まれても、
私が人人を脅かす“悪魔”となっても、
貴方だけは、私のことを救ってくださる、光であって欲しかった。


219年
私は、樊城の救援の為に七軍を率いて急行することとなった。
最近、持病の頭痛が酷くなったという弱った主君が私に言葉をかける。
──私は、何故かこの時、『すっかり記憶を失くしてしまっていた』のだ。

背後から、厭な笑い声が聴こえる。
目を背けているうちに“ソレ”はすっかり“ヒトガタ”となっていて、
私の少し後ろで、私の行動を見て笑っていた。
──まるで、死を弄ぶ死神のように。

『──……どうした、于禁よ。何やら浮かばぬ顔だが』

主君の声で、ハッと正気が保たれる。
大事な主君との対面だというのに、意識が逸れていたなどと。
もう長年の付き合いとはいえ、疲れ果てた意識の乱れに己を叱咤する。

『……!、い、いえ………では、行って参ります…』
『うむ。……ああ、于禁よ』
『……はい?』

『……あまり、無理をするでないぞ』


──それが、私が聴いた、
今世最期の主君の声だった。

『………は。』
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