金の国
ダフォディルは金の国である。
北西部にあるゾンヌ砂漠は、雨などめったに降ることはない。それなのに、いつでも雷鳴が響き渡っている。
その砂漠のどこかに、雷の神霊チム=レサ様のいらっしゃる、ダフォディル神殿があるのだという。
タジエナはダフォディル国の港町、レンフィーで生まれた。
わずかではあるが、電気を利用し、マスカダインの中でも最も進んだ文化と技術力を持つと言われるダフォディルは、それゆえにマスカダインの他の四つの国との交流はあまり盛んではなかった。
それでもレンフィーには、農業大国である青のヒヤシンスからの農作物や海産物、火の国アマランスからの鉄製品や硝子製品などが集まり、活気に満ちている。
タジエナの両親は、その輸入品を商う大きな商家であった。
幼いころのタジエナは、何不自由すること無く、周囲からも愛され、美しく、賢く、快活な子どもだった。
◇
「お父様、お母様! 今日はシェシェルがピクニックに連れて行ってくれるのですって!」
用意された朝食を大急ぎで口に詰め込みながらタジエナは言った。
「タジエナ、その話は昨日から何回も聞いてるわ。ちゃんと、お弁当も用意させてありますよ」
母親は慌てすぎて咳き込んだタジエナを見て、苦笑いを浮かべる。
「タジエナ。シェシェル先生の言うことをよく聞くんだぞ。ピクニックではなくって、課外授業だろう?」
父親にたしなめられてタジエナは顔を赤くした。
「あ、あら、だって、授業だなんて思うより、ピクニックだと思ったほうが楽しいでしょう? シェシェルに、お花や昆虫のことを教えてもらいながら、外でランチが食べられるなんて、とってもとっても楽しみだわ。あ、そうだ。虫取りかごが、蔵の中にあったかしら?」
そう言い終わると、タジエナは残っていた食事をすべて口の中へと押し込んだ。
「ごちそうさま!」
ぴょこんと席から飛び降りて走り出す。
「こら! タジエナ!」
母のとがった声と、父の笑い声が背後から聞こえたが、タジエナの気持ちはもう、ひろい野原へ飛んでいるのだった。
シェシェルはタジエナより七つほど年上のまたいとこである。
レンフィーの町の良家の子どもたちを集めた学問所で、常にトップの成績を収めてきた彼は、今年から学問所に入学したばかりのタジエナの家庭教師をしてくれていた。
シェシェルはどんなこともよく知っていたけれど、特に植物については造詣が深かった。
「いつか砂漠の多いダフォディルでも、もっとたくさんの農作物を育てることができるようにするのが夢なんだ」
と、タジエナにこっそり打ち明けてくれた。
五つ になったばかりのタジエナは、両親と離れてピクニック(課外授業)に行くなんて初めてのことだったから、居ても立ってもいられない。
台所へ駆け込み「お弁当は!?」と、そこにいた飯炊き女に元気良く聞く。
「おや、タジエナさん。ちゃんと用意してますよ。飲み物もありますからね。持てますか? 少し重いので、シェシェルさんがいらしてからお渡ししようかと……」
「大丈夫! 私、もう用意ができているから、お弁当を持ってシェシェルの家に行くわ!」
飯炊き女は少し困ったような顔をしたが、タジエナの背後に目を移すとすぐに笑顔になった。
「シェシェルさん」
「おはようございます」
背後からアルトの柔らかな声がして、タジエナはびっくりして振り返る。
柔らかにうねる癖のある金の髪。そばかすの少し浮き出た頬をした、笑顔のシェシェルがそこに立っていた。
「おはよう。待たせてごめんねタジエナ」
シェシェルは、お弁当の入ったバスケットを取り上げると、タジエナの頭をポンポンとなでてくれる。
「今日は丘に登るから、荷物は僕が持つよ。タジエナ、君一人で登れるかい?」
「もちろんよ」
そう言ってタジエナが手を差し出すと、シェシェルは弁当を持っていない方の手でタジエナの手を握ってくれた。
丘の上に登るのは、幼いタジエナには少しだけ大変だったけれども、登った先にはそれはそれは見事な景色が待っていた。
「見て! シェシェル! あっちには 木が全然ないわ!」
タジエナの指の先にある景色を、シェシェルは眺めた。
「タジエナ。そっちは神霊様のいらっしゃるダフォディル神殿がある、ゾンヌ砂漠。ほら、時々光るのが見える?」
「ええ」
「あれは稲光。そして、ゾンヌ砂漠の上に細い線がいくつも這っているのが見えるだろう? あれは神力線。砂漠に落ちる神霊様の力をあの線に集めて各町へと送る。だから、ダフォディルでは雷の力、電気を少しだけ使うことができる。あれをもっとうまく利用できないものかって、今みんなが研究しているんだよ」
「へええー」
「そして正面に見えるのがレンフィーの町」
「それはわかるわ! タジエナの家も見える?」
「見えるよ。港から少し離れたところに、こんもりとした緑の一帯が見えるかい? あそこの一角にタジエナの家はあるよ。それから左の方を見てごらん。大きな川が見えるでしょう? あれがアマランスとの国境ヤヴェロワ川」
「え? あの向こうはもう、アマランスなの?」
タジエナが驚いて振り返る。
シェシェルはとても真剣な顔で、川の向こうを見やっていた。
「そうだよタジエナ。このダフォディルはね、マスカダインの中で一番小さな国なんだ。そして、国の半分は砂漠。だから僕は勉強をして、そして、ここを豊かな国にしたいんだよ」
「ふうん」
はっきりいうと、タジエナにはまだよくダフォディルという国の置かれている状況はわからなかったけれど、シェシェルの話を聞くのは嫌いじゃなかった。
「ねえ、シェシェル、あれを見せて」
タジエナがおねだりをすると、シェシェルは少し困ったような顔をする。
「いいじゃないの、だあれもいないよ」
「……わかったよ。ちょっと待って。ここ、本当になにもないからなあ……」
そう言いながらシェシェルが手を空に向かって広げた。
ざああぁぁぁぁぁぁ……。
途端に吹き始めた風が広場の草をなでていく。まるで模様を描くようにくるくると草がなびき、風が進んでいく様子がはっきりと目で見ることができた。
風はぽつんと置かれたお弁当の入ったバスケットのところまで来ると、上に乗っていたナプキンだけを空に舞い上げる。
「うわぁ!」
タジエナは歓声を上げた。
舞い上げられたナプキンはくるくると舞う旋風に空高く飛ばされて、そしてストンとシェシェルの手の中に落ちた。
「すごいわ」
「僕じゃないよ。ナトギ様が力を貸してくださってるだけ。さあ、お昼にしようよ」
シェシェルは屈託なく笑っていた。
だけど、こんな風に自然の精霊ナトギ様の力を扱うことができる人なんて、タジエナはシェシェル以外には知らない。
二人で、草の上に腰をおろした。明るいお日様のもとで、ディールと呼ばれる穀物をすりつぶして薄く焼いたものに、野菜や、薄く切った果物を巻いて食べた。ディールには香草が練り込まれ、塩味がついている。お弁当だからと少ししょっぱめに作ってくれたらしい。いつもより濃い目の味が、タジエナにはとても美味しく感じられた。
食事を終えると、シェシェルは少し食休みをすると言って、草の上に寝転んでしまったので、タジエナは虫取りかごを首から下げて、一人で野原を走り回った。
草原をぴょんぴょんと跳ね回る虫を、二、三匹捕まえたが、空を飛ぶきれいな色の蜜虫を捕まえることはできなかった。
花の間を飛び回る小さくて、美しい羽を持つ蜜虫を見つけたタジエナはそれを追って走った。
蜜虫に目を奪われ、周囲を確認すること無く走り出したタジエナは野原に転がる石につまずいて転んでしまった。とっさに手をついたので、顔面から落ちることはなかったが、手のひらを見たら、ものすごく大きくすりむけていて、血が出ている。
それ程痛いとは思っていなかったのに、血を見た途端に痛いような気がしてきて、タジエナは声を上げて泣いた。
「どうしたの!?」
飛び上がったシェシェルがタジエナの傷をみてくれた。
木製の筒に入った水をかけてくれるけど、お弁当と一緒に飲んでしまった水は、ちょっぴりしか出ては来ない。
シェシェルは「だいじょうぶだよ」と、タジエナに声をかけてくれるけれども、タジエナはどんどん出て来る血が、怖くてたまらない。
シェシェルは手でさっと泥を払うと、タジエナの手のひらに口をつけた。
「シェシェル! ヒクッ! きたない……っ! うっ……土、ついて、ヒクッ!」
シェシェルは時々砂を吐き出しながら、タジエナの手のひらの傷口を舐めてきれいにしてくれた。
「タジエナ、大丈夫だからね」
そう言いながら、口の中に入った異物ををペッと吐き出す。
「傷ってさ、舐めたら治るんだよ」
「ほんと?」
「ほんとう。だって、動物だって、怪我したら舐めるだろう?」
「ふうん……」
そうかしら?
タジエナは考える。
子どもを舐める、猫のお母さん。ああ、そういえば犬も怪我をしたりすると、その部分を一生懸命舐めているかもしれない。
それにシェシェルのべろは、温かくて、優しくて、痛くない。
いつの間にか、タジエナの涙は止まっていた。
シェシェルがきれいになった傷に、ハンカチをきつく巻いてくれた。
「帰ったら、ちゃんと水で洗うんだよ?」
タジエナは青い空に白いハンカチの巻かれた手をかざしてみた。
もう痛くない。
「ありがとう!」
「どうしたしまして」
シェシェルはまるで淑女に対するようにきれいに腰を折ってタジエナに頭を下げた。
タジエナが笑うと「強い子だね」といって、また頭をなでてくれた。
北西部にあるゾンヌ砂漠は、雨などめったに降ることはない。それなのに、いつでも雷鳴が響き渡っている。
その砂漠のどこかに、雷の神霊チム=レサ様のいらっしゃる、ダフォディル神殿があるのだという。
タジエナはダフォディル国の港町、レンフィーで生まれた。
わずかではあるが、電気を利用し、マスカダインの中でも最も進んだ文化と技術力を持つと言われるダフォディルは、それゆえにマスカダインの他の四つの国との交流はあまり盛んではなかった。
それでもレンフィーには、農業大国である青のヒヤシンスからの農作物や海産物、火の国アマランスからの鉄製品や硝子製品などが集まり、活気に満ちている。
タジエナの両親は、その輸入品を商う大きな商家であった。
幼いころのタジエナは、何不自由すること無く、周囲からも愛され、美しく、賢く、快活な子どもだった。
◇
「お父様、お母様! 今日はシェシェルがピクニックに連れて行ってくれるのですって!」
用意された朝食を大急ぎで口に詰め込みながらタジエナは言った。
「タジエナ、その話は昨日から何回も聞いてるわ。ちゃんと、お弁当も用意させてありますよ」
母親は慌てすぎて咳き込んだタジエナを見て、苦笑いを浮かべる。
「タジエナ。シェシェル先生の言うことをよく聞くんだぞ。ピクニックではなくって、課外授業だろう?」
父親にたしなめられてタジエナは顔を赤くした。
「あ、あら、だって、授業だなんて思うより、ピクニックだと思ったほうが楽しいでしょう? シェシェルに、お花や昆虫のことを教えてもらいながら、外でランチが食べられるなんて、とってもとっても楽しみだわ。あ、そうだ。虫取りかごが、蔵の中にあったかしら?」
そう言い終わると、タジエナは残っていた食事をすべて口の中へと押し込んだ。
「ごちそうさま!」
ぴょこんと席から飛び降りて走り出す。
「こら! タジエナ!」
母のとがった声と、父の笑い声が背後から聞こえたが、タジエナの気持ちはもう、ひろい野原へ飛んでいるのだった。
シェシェルはタジエナより七つほど年上のまたいとこである。
レンフィーの町の良家の子どもたちを集めた学問所で、常にトップの成績を収めてきた彼は、今年から学問所に入学したばかりのタジエナの家庭教師をしてくれていた。
シェシェルはどんなこともよく知っていたけれど、特に植物については造詣が深かった。
「いつか砂漠の多いダフォディルでも、もっとたくさんの農作物を育てることができるようにするのが夢なんだ」
と、タジエナにこっそり打ち明けてくれた。
五つ になったばかりのタジエナは、両親と離れてピクニック(課外授業)に行くなんて初めてのことだったから、居ても立ってもいられない。
台所へ駆け込み「お弁当は!?」と、そこにいた飯炊き女に元気良く聞く。
「おや、タジエナさん。ちゃんと用意してますよ。飲み物もありますからね。持てますか? 少し重いので、シェシェルさんがいらしてからお渡ししようかと……」
「大丈夫! 私、もう用意ができているから、お弁当を持ってシェシェルの家に行くわ!」
飯炊き女は少し困ったような顔をしたが、タジエナの背後に目を移すとすぐに笑顔になった。
「シェシェルさん」
「おはようございます」
背後からアルトの柔らかな声がして、タジエナはびっくりして振り返る。
柔らかにうねる癖のある金の髪。そばかすの少し浮き出た頬をした、笑顔のシェシェルがそこに立っていた。
「おはよう。待たせてごめんねタジエナ」
シェシェルは、お弁当の入ったバスケットを取り上げると、タジエナの頭をポンポンとなでてくれる。
「今日は丘に登るから、荷物は僕が持つよ。タジエナ、君一人で登れるかい?」
「もちろんよ」
そう言ってタジエナが手を差し出すと、シェシェルは弁当を持っていない方の手でタジエナの手を握ってくれた。
丘の上に登るのは、幼いタジエナには少しだけ大変だったけれども、登った先にはそれはそれは見事な景色が待っていた。
「見て! シェシェル! あっちには 木が全然ないわ!」
タジエナの指の先にある景色を、シェシェルは眺めた。
「タジエナ。そっちは神霊様のいらっしゃるダフォディル神殿がある、ゾンヌ砂漠。ほら、時々光るのが見える?」
「ええ」
「あれは稲光。そして、ゾンヌ砂漠の上に細い線がいくつも這っているのが見えるだろう? あれは神力線。砂漠に落ちる神霊様の力をあの線に集めて各町へと送る。だから、ダフォディルでは雷の力、電気を少しだけ使うことができる。あれをもっとうまく利用できないものかって、今みんなが研究しているんだよ」
「へええー」
「そして正面に見えるのがレンフィーの町」
「それはわかるわ! タジエナの家も見える?」
「見えるよ。港から少し離れたところに、こんもりとした緑の一帯が見えるかい? あそこの一角にタジエナの家はあるよ。それから左の方を見てごらん。大きな川が見えるでしょう? あれがアマランスとの国境ヤヴェロワ川」
「え? あの向こうはもう、アマランスなの?」
タジエナが驚いて振り返る。
シェシェルはとても真剣な顔で、川の向こうを見やっていた。
「そうだよタジエナ。このダフォディルはね、マスカダインの中で一番小さな国なんだ。そして、国の半分は砂漠。だから僕は勉強をして、そして、ここを豊かな国にしたいんだよ」
「ふうん」
はっきりいうと、タジエナにはまだよくダフォディルという国の置かれている状況はわからなかったけれど、シェシェルの話を聞くのは嫌いじゃなかった。
「ねえ、シェシェル、あれを見せて」
タジエナがおねだりをすると、シェシェルは少し困ったような顔をする。
「いいじゃないの、だあれもいないよ」
「……わかったよ。ちょっと待って。ここ、本当になにもないからなあ……」
そう言いながらシェシェルが手を空に向かって広げた。
ざああぁぁぁぁぁぁ……。
途端に吹き始めた風が広場の草をなでていく。まるで模様を描くようにくるくると草がなびき、風が進んでいく様子がはっきりと目で見ることができた。
風はぽつんと置かれたお弁当の入ったバスケットのところまで来ると、上に乗っていたナプキンだけを空に舞い上げる。
「うわぁ!」
タジエナは歓声を上げた。
舞い上げられたナプキンはくるくると舞う旋風に空高く飛ばされて、そしてストンとシェシェルの手の中に落ちた。
「すごいわ」
「僕じゃないよ。ナトギ様が力を貸してくださってるだけ。さあ、お昼にしようよ」
シェシェルは屈託なく笑っていた。
だけど、こんな風に自然の精霊ナトギ様の力を扱うことができる人なんて、タジエナはシェシェル以外には知らない。
二人で、草の上に腰をおろした。明るいお日様のもとで、ディールと呼ばれる穀物をすりつぶして薄く焼いたものに、野菜や、薄く切った果物を巻いて食べた。ディールには香草が練り込まれ、塩味がついている。お弁当だからと少ししょっぱめに作ってくれたらしい。いつもより濃い目の味が、タジエナにはとても美味しく感じられた。
食事を終えると、シェシェルは少し食休みをすると言って、草の上に寝転んでしまったので、タジエナは虫取りかごを首から下げて、一人で野原を走り回った。
草原をぴょんぴょんと跳ね回る虫を、二、三匹捕まえたが、空を飛ぶきれいな色の蜜虫を捕まえることはできなかった。
花の間を飛び回る小さくて、美しい羽を持つ蜜虫を見つけたタジエナはそれを追って走った。
蜜虫に目を奪われ、周囲を確認すること無く走り出したタジエナは野原に転がる石につまずいて転んでしまった。とっさに手をついたので、顔面から落ちることはなかったが、手のひらを見たら、ものすごく大きくすりむけていて、血が出ている。
それ程痛いとは思っていなかったのに、血を見た途端に痛いような気がしてきて、タジエナは声を上げて泣いた。
「どうしたの!?」
飛び上がったシェシェルがタジエナの傷をみてくれた。
木製の筒に入った水をかけてくれるけど、お弁当と一緒に飲んでしまった水は、ちょっぴりしか出ては来ない。
シェシェルは「だいじょうぶだよ」と、タジエナに声をかけてくれるけれども、タジエナはどんどん出て来る血が、怖くてたまらない。
シェシェルは手でさっと泥を払うと、タジエナの手のひらに口をつけた。
「シェシェル! ヒクッ! きたない……っ! うっ……土、ついて、ヒクッ!」
シェシェルは時々砂を吐き出しながら、タジエナの手のひらの傷口を舐めてきれいにしてくれた。
「タジエナ、大丈夫だからね」
そう言いながら、口の中に入った異物ををペッと吐き出す。
「傷ってさ、舐めたら治るんだよ」
「ほんと?」
「ほんとう。だって、動物だって、怪我したら舐めるだろう?」
「ふうん……」
そうかしら?
タジエナは考える。
子どもを舐める、猫のお母さん。ああ、そういえば犬も怪我をしたりすると、その部分を一生懸命舐めているかもしれない。
それにシェシェルのべろは、温かくて、優しくて、痛くない。
いつの間にか、タジエナの涙は止まっていた。
シェシェルがきれいになった傷に、ハンカチをきつく巻いてくれた。
「帰ったら、ちゃんと水で洗うんだよ?」
タジエナは青い空に白いハンカチの巻かれた手をかざしてみた。
もう痛くない。
「ありがとう!」
「どうしたしまして」
シェシェルはまるで淑女に対するようにきれいに腰を折ってタジエナに頭を下げた。
タジエナが笑うと「強い子だね」といって、また頭をなでてくれた。