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親子

 タジエナの部屋には、主人であるタジエナとウォルセフだけが取り残されていた。
 午後の、眩しいほどの日差しが差し込む部屋の中で、最初に口を開いたのはウォルセフだった。

「タジエナ、一つ聞きたいことがある」

 タジエナはうなずくと、部屋の隅に控えていた使い女に声をかける。

 「ピティナ、膳を下げたらしばらくはいいわ、下がっていてもらえるかしら?」

 声をかけられたピティナは若い女だったが、線が細く、儚げに見える。アマランスの民らしい褐色の肌をしているが、赤みが強く出ていて、健康そうには見えない。
 ピティナが膳を重ねていく。かなりの高さになった膳をピティナは一人で持ち上げた。ウォルセフははらはらとしながら見守っていたが、彼女は涼しい顔で部屋を出てい出て行った。

「彼女はね、心の臓が弱いのですって。遊女として、お店に出ることはできないのよ。それで私付きの使い女になったの」

 ピティナの様子をうかがっていたウォルセフにタジエナがそう説明した。
 ピティナもいなくなると、部屋の中にはほんとうにタジエナとウォルセフの二人きりになった。
 タジエナは立ち上がり、微かに衣をなびかせながら、窓際へと歩いていく。
 柱にそっと手を添えて、大きく開いた窓から外を眺めた。
 太陽は、西にわずかに傾き、差し込む光の角度を増していた。

「こちらへ、ウォルセフ」

 ウォルセフは言われるままに立ち上がり、タジエナの隣に並ぶ。

「見て」

 タジエナのしなやかな指が外の世界に向かって伸びた。
 その先に目を向ければ、刻の門と大きな太鼓橋が見える。さらにその先に広がるのはロワンザの街だ。
 ロワンザの町は全体的にベーシュ色に見えた。ネマの島のように高い建物はない。たいていが平屋の、石造りの町並み。所々に見える緑。その向こうに広がる畑は、青々と輝いている。畑の先には緑濃い山々が幾重にも連なる。
 ロワンザの町は川沿いの平地にあるが、アマランス国自体は、マスカダインの中でも最も山間部が多い火山の国だ。アマランスを治める火の神霊イオヴェズの御座すアマランス神殿も、マスカダイン一の火山であるフラガリエ山の火口の中にあるのだという。

「世界は広い。今私達の目の前に広がる景色はアマランス国だけだわ。なのに、こんなにも雄大で広い」

 タジエナは、今度は反対側の窓際へと向かう。

「少し隠れてしまうけど、見て」

 こちらの窓からは、累々と水をたたえて流れる大河ルルヌイが見えた。この窓から外を見ていると、まるで艶麗館が湖の中にでも浮かんでいるかのような錯覚に陥る。
 ルルヌイ川は、中流より先は高低差がほとんどなく、広く穏やかな流れになるため、つい川であることを忘れそうになる。
 そして、大河の向こう岸にはヒヤシンス国が見えた。ヒヤシンス国側には高い山はなく、その先はただただ青い空が広がっている。

「私、イオネツにはこの狭い中洲に閉じ込められたまま一生を終えてほしくはないの。もっともっと広い世界で生きていってほしいの。あの子には、神官になって欲しいと思っているのだけれど……、でも、本当はそんなのどうだっていいのよ。彼自身が選び取ったのなら、どんな未来でもいいと思う。でも、この島からは出て行かなければ……。この島には、決められた道しかないわ 」

 タジエナの瞳は遠く空の果てを映したかのように、青く輝いている。

「だけどタジエナ。イオネツはそれを望んでいるのか?」

 その疑問は、ウォルセフの中にずっとあった。部外者である自分が口を挟む問題でもないと今までは黙っていたのだが、もしイオネツがルルヌイの子になるというのなら、ウォルセフはイオネツの兄貴になる。そうなれば部外者とはいえない。

「……ええ、あの子は、それを望んでいるのよ」
「そうかな? あいつは、あんたのそばにいたいんじゃないか?」

 イオネツの心のなかを勝手に推し量ろうとするタジエナに、ウォルセフの声は自然尖ったものとなった。

「それはそうかもしれないけれど……」

 タジエナはわずかに言いよどむ。
 開門の儀で宵闇のなか踊っている姿はとても大きく感じたのだが、こうして目の前にいるタジエナは、ウォルセフと同じか、少し小さいくらいだった。

「それじゃあだめなのよ。ここにいたいと、あの子自身が本当に思っているのならいいの。でもね、ここに残る理由が私ではだめなの。私がいるから残るなんて、そんなの、本当に彼の望んでいることじゃないわ」
「なんでだよ!」

 心のなかに、もやもやと渦を巻いていたものが一気に吹き出して、ウォルセフの手がタジエナの肩を揺さぶった。
 思った以上に細い肩が、手の中にあった。

「俺たちには……いや、俺には親はいない。親の顔を見たこともない。生まれてすぐにルルヌイ川の渡し場に捨てられた。今こうして生きてるのなんて、奇跡みたいなもんだ。イオネツには、あんたがいる。それってすごく、幸運なことじゃないのか? なのになんで、離れる必要がある?」

 タジエナはウォルセフに揺さぶられながら、じっと黙って彼の声に耳を傾けていた。ウォルセフが思いの丈を吐き出して荒く息をつくと、タジエナはそっと腕を伸ばし肩に乗っているウォルセフの手をとった。
 
「……いつか……」
 
 タジエナの声がかすれていた。

「いつか私はあの子の重荷になるわ。そして、いつか私はあの子をおいて置いていなくなる。彼はいつか一人で生きていかなくてはいけなくなるの。その時、島を出ておけばよかったと思っても遅いのよ。私はあの子を愛している、あの子もそうだと思う。その思いがあればもう十分なの。彼はもう飛び立つときなのよ」

 あの子に後悔をさせたくないの。そう話すタジエナの声はわずかに震え、彼女自身も辛いのだということが、痛いほどウォルセフに伝わってきた。

「俺には、イオネツが羨ましいよ。どうして俺は捨てられたんだろうって……ときどき思うんだ……どうして俺の親は、おれを、あい……愛してくれなかったんだろう? ってさ」
「ウォルセフ……それは、違うわ」

 ウォルセフの首にタジエナの腕が回され、ぐいっと引き寄せられた。甘やかな匂いに包まれて、ウォルセフは慌てるが、甘く柔らかなタジエナを突き放すことができない。

「ウォルセフ、あなたのご両親はきっと素晴らしい人だった。そしてあなたを愛していたの」
「そんなこと……」
「わかるわ。母親ですもの。あなたはご両親から素晴らしいところをたくさんもらってるのよ。そしてね、あなたのご両親はあなたが困らないように、一生懸命考えて、ルルヌイの子のいる渡し場にあなたを置いていかれたの。きっと、私もどうしようもなくなって、子どもを手放さなくてはいけなくなったら、そうするわ。だって、あそこなら孤児たちが生きていくことが可能なんですもの」

 ひんやりとしていたタジエナの腕が次第に温かくなる。抱きしめるタジエナの腕に、そして優しい香りに、ウォルセフは、今まで一度も抱きしめられたことのない母の手を感じていた。
 自分の中にあった飢えが、満たされていく。

「……」

 思わず、母さんと呼びかけそうになったが、素直にその言葉を口にすることはできなかった。
 タジエナの手が、ウォルセフの黒い髪を優しく梳いた。

「ウォルセフ、あなたは素晴らしい子に育ったわ」

 母がそう言ってくれたのだと、ウォルセフは思った。しばらくその手の優しさに身を任せていたが、耳元で聞こえるタジエナの袖の衣擦れの音で、はっと我に返る。
 タジエナの肩を押しやり、体を離すと、赤くなっているであろう頬を見られたくなくて、荒々しい動作で顔を背けた。

「ねえ、ウォルセフ。この世の中には親をなくした子どもも、子どもをなくした親もたくさんいるわ。特にネマの島に暮らしていれば、そんなことはざらにある。でも私はイオネツを生み、そしてあの子が十三の歳になるまで、ずっと傍で見守ることができた」

 大きく開かれた窓。光を背にしたタジエナの顔は陰っていたが、彼女の後ろに広がる青い空は眩しいほどにきらめいていた。

「私、幸せだったわ。生きていてよかったと思った」

 くっと顔を上げ、胸を張ったタジエナの頬に光があたる。
 涙をこらえた鼻の頭は少し赤くなっているけれども、笑おうと釣り上げた唇の端は震えているけれども、目の端は赤く潤んでいるけれども……けれどもウォルセフは 、タジエナが輝いて見えた。今まで見たどのタジエナよりも美しく見えた。

「あんた……すごいな」

 自分でも気づかないうちに、口からそんな言葉が溢《こぼ》れていた。

「あの子を、引き受けてもらえるかしら? ウォルセフ」

 涙をいっぱいにたたえたキラキラと光る瞳で見つめられればもう、ウォルセフには うなずくよりほかはなかった。
 
 ウォルセフは額にうっすらと浮く汗を拭った。
 太陽が西に傾きはじめ、昼から夕へと移り変わるこの時間が、一日で一番熱い暑い時間帯かもしれない。
 風は吹いているのだが、今日は太陽の日差しが強いうえに、雨上がりのせいだろうか、空気は湿気をはらみ、肌にまとわりついてくる。
 タジエナは大きな扇を取り出すと、ゆるゆるとウォルセフに風を送り始はじめた。

「俺は客じゃないんだし、そんなことしなくていいよ」

 しきりと恐縮するウォルセフに向かって、タジエナはただうっすらと笑みを浮かべただけで、結局その手を止めることはなかった。ウォルセフも観念して、肩をすくめる。

「なあ、タジエナ。イオネツのやつ、放っておいて大丈夫なのか?」

 質問にタジエナはうなずいた。

「ミラルディにも、今回のことは事前に承知してもらっているわ。万が一イオネツが首を縦に振らなくても、彼を艶麗館からつまみ出してもらうことになっているの……。こういう結果になるかもしれないということは、イオネツが地下牢に入れられたときから、頭の片隅にあったの。でも、あなたが来てくれてよかった。何の後ろ盾もなく、放り出さなくて済んだもの。ネマの島から出てい出て行くということに関しては、本当にイオネツが嫌がれば、無理強いはできないんだけど、きっと大丈夫よ……」

 タジエナの瞳は、大きく空いた開いた窓の外のルルヌイの流れに向けられ、手だけが機械的に動いてウォルセフにそよ風を送っている。

「あんたは? 本当にそれでいいのかよ……」

 ウォルセフが押し殺したような声で尋ねる。タジエナの言葉を一応理解はしたのだが、それでもすっかり納得がいったわけではない。
 
「ええ、わたしは覚悟をしていたもの。心配なのはイオネツだけど、明日からはもう、わたしは彼のために祈ってあげることしかできない……ねえ、お願いがあるのよ。もしこのまま……私がイオネツに会えないまま……彼が島を出てい出て行かなければならなくなったら……」

 とんとん。
 ふいに閉ざされた入口の戸を叩く音がした。

「母さん……」

 扉の外から声がして、部屋に残っていた二人は、はっとして顔を見合わせた。
 先程までくつろいだ表情を浮かべていたタジエナの顔が一瞬にしてこわばり、表情が抜け落ちていく。風を送っていた手が止まり、ぱちんと音を立てながら扇子を閉じた。

「母さん。僕……。イオネツだよ……。島を、えっと……出てい出て行くことに決めたんだ」

 戸の外から、少しくぐもったような声がした。
 その言葉を聞いても、タジエナの全身から滲み出す緊張は緩まなかった。
 ウォルセフも、部屋の中にみなぎるぴりぴりとした雰囲気に動くことができない。

「だから、これが最後だから……お願い……顔を見せて……」

 イオネツの声が次第に細くなっていく。頼りなげに言葉が震えていた。
 ウォルセフは思わず立ち上がり、戸に噛ませたつっかい棒を取り外してやりたい衝動にかられる。
 それを察したのだろう。タジエナはウォルセフに向かって手を伸ばし、そこに留まるように仕草で伝え、無言で首を振る。

「でも!」

 傍観者でいようと思っていたウォルセフだったが、つい声が出た。
 タジエナは立ち上がると、厳しい顔のまま語り出した。

「イオネツさんとやら。私には、息子はいないのです。先程私は息子と縁を切りました。ええ、ですから私には息子はいません。それに、私の息子は女々しく母を求めてきたりはしません。あの子はきっと、外の世界でたくましく生きていってくれるでしょう。母はそう願っています」

 凛とした声に、淀みはなかった。
 しばらく重たい沈黙が続く。
 どれほど時間が流れたのか。自分が彫像にでもなってしまったかのように感じた頃、扉の外で何やら身動みじろぎするような音が聞こえた。

「タジエナ様」

 ようやく聴こえたイオネツの声は、だいぶ落ち着きを取り戻している。

「私は、今夜にも、この中洲を出てい出て行く者です。あの……」

 それでも、頼りなく途切れようとするイオネツの声に、ウォルセフは心のなかで声援を送った。

(あきらめるな。これが、タジエナに会える最後のチャンスかも知れないんだぞ!)

「あの……」

(頑張れ!)

 ウォルセフの心の声に答応えるかのように、イオネツが再び語り始はじめる。

「噂に聞く、ネマの島一のジュンラン、タジエナ様に……お願いがございます。この中洲での最後の思い出に……お顔を見せてはいただけないでしょうか……。あの、そうしたら、きっとそれを、これからの生きていく支えとして、頑張っていけると思うんです……」

 扉の外で、イオネツが動く気配がした。

「お願いです、どうか、一度だけ!」

 懇願する声は、切実さを帯びる。
 ウォルセフはじりじりとして、タジエナを振り返った。
 今まで毅然として、微動だにしなかったタジエナの肩が震え、眉根が寄り、手は胸の前で閉じた扇子をきつく握りしめている。
 その姿を見た途端、ウォルセフの呪縛が解けた。
 ガタガタと音を立てながら斜交いの棒を外し、扉を引き開ける。するとそこには、額を床にこすりつけるように頭を垂れるイオネツがいた。
 突然開いた扉に驚き、顔を上げる。見開かれた目が部屋の中のタジエナを見つけた。

「イオネツさん」

 ウォルセフの背後から、タジエナの声と、シュッ、シュッ……と、裾をさばく音がした。
 タジエナが開いた扉の方へと歩いてくる。あと少しで手が届く。そう思った時、タジエナは足を止めた。

「どうか、元気でいてくださいね。あなたの成功と幸せを、このネママイアの島の中から、ずっとお祈りしております」

 イオネツは手をついたまま、しばらく呆けたように目の前の母親を見上げていた。

「あの……」

 母からじっと目を離さずにいたイオネツの瞳にぐっと力が入り、そこに意志の光が宿ったように見えた。
 イオネツは母を見つめたまま口を開く。

「お願いです。短刀を貸していただけないでしょうか?」

 イオネツの唐突の申し出に、ウォルセフは心のなかで首を傾げた。
 タジエナはしばらくイオネツの瞳を覗き込んだ後、くるりと背を向け部屋の奥へと戻って行くと、部屋の隅の棚に置いてある小文庫の蓋を開けた。その中には夜の星を集めたような、美しい箔押しの鞘に収まる短刀が収められていた。

「これを……」

 タジエナはイオネツにその短刀を差し出した。
 それを受け取ったイオネツは、スラリと鞘から短刀を抜いた。
 ウォルセフはこれほどまでに美しく輝く刃をみたことはない。一点の曇もなく銀色に輝く短刀は、相当に高級なものであるに違いない。
 イオネツはゆるく一つにまとめてあった金の髪を手にすると、その短刀を根元付近に当て、一気に切り落とした。
 刀を抜いてから髪を切り落とすまであっという間の出来事で、ウォルセフはただ小さく「あ」と声を発することしかできなかった。
 束ねられていた髪が、ふぁさりと広がる。タジエナを見上げるイオネツの瞳から、それと同時に一筋の涙が溢れていた。
 声を上げて泣くようなことはなかった。
 ただ、こらえかねた涙の膜が、思わずぽろりと転がり落ちた。そんな涙だった。

「僕は、何も持っていません。あの、あなたに何かを残したいのですけれど……。どうか、これを受け取っては、くれないで……しょうか?」

 金色の髪の毛を受け取ったタジエナの手は、わずかに震えているようだった。受け取った毛髪をしっかりと胸元に押し抱いてぎゅうっと握りしめた。
 その様子を見届けたイオネツは大きく息を吸い込み、口元を引き上げて、笑顔を浮かべる。
 短刀を鞘に戻すとタジエナに向かって差し出した。

「ありがとうございました」

 だが、タジエナは髪を胸に抱いたまま、首を振った。

「その短刀は、あなたに。いただいた金の髪のお礼として、どうか受け取ってくださいませ……」

 タジエナは静かにイオネツに背を向ける。
 
「ウォルセフ……」
 
 扉の脇に控え、一部始終をただ黙って見守っていたウォルセフにタジエナが声をかけた。

「は……!?」

 まさかここで自分の名を呼ばれると思っていなかったウォルセフは、気の抜けたような声を上げてしまった。

「今日は、ここまで来ていただいて、ありがとうございました。いつかまた私をたずねていらしてくださいね。どうか。約束です」
「は……い」

 タジエナの頬は、涙に濡れていた。次から次へと溢れ出す涙。ウォルセフはタジエナから目を離すことができないでいた。
 背を向けられているイオネツには多分この涙は見えないのだろう。
 タジエナは涙を拭うこともせず、嗚咽することもなく、ただただ涙が流れていくままに、そこに佇んでいた。
 ウォルセフはどうして良いのかわからず、開いた扉の向こうにいるイオネツへと今度は目を向ける。
 顔に降りかかる金の髪の下のイオネツの表情は、思いの外に晴れ晴れとしていた。目は潤んではいたが、その顔には微笑みさえ浮かんでいた。
 そして、手にした短刀を懐に入れると、ウォルセフに向かって手を伸ばした。

「行こう! ウォルセフ。僕も一緒に……連れて行ってもらえるかな? ルルヌイの子の仲間に、なれるかな?」

 タジエナはうつむき、入り口に背を向けたまま、部屋の奥へと進んだ。先程短刀を取り出した小文庫の中にイオネツの髪を収め、その棚の柱により掛かるようにしている。
 もう、ウォルセフのいる場所からもタジエナの表情を伺うことはできなかった。

「タジエナ……」

 今まで毅然とした態度を保ってきたタジエナの後ろ姿が急に小さく見えた。

「行って!」

 ウォルセフは思わず歩み寄ろうとしたが、タジエナの鋭い声がウォルセフの動きを止める。
 大きく肩が上下していた。
 ウォルセフは、立ち上がるとタジエナの背中に向かって叫んだ。

「わかった。イオネツのことは、俺が責任を持つ!」

 そう言った途端に踵を返し、

「行こう! イオネツ!」

 追い抜きざまイオネツに声をかけると、ウォルセフは真っ直ぐに階段を駆け下りていった。
 そうでもしなければ、彼もまた、泣いてしまいそうだったから――。
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