真実
イオネツはウォルセフが口上を述べる間、どうしても振り返って皆の顔を見ずにはいられなかった。自分自身が犯人ではないとなれば、このなかの誰かがきっと犯人なのだ。そいつは、今どんな顔をしてこの様子を見ているのだろう?
あの日は別館に客はいなかった。使用人の行き交う別館に外部の人間が足を踏み入れることは難しい。一方で、客がなければ館の人間の出入りは制限されないから、ここに集まる者たちは皆、怪しまれずに出入りすることができたというわけだ。
イオネツは自分自身の感覚を研ぎ澄まして、居並ぶ人々を見た。
入り口の人だかりの中で、小さく一塊になった子どもたちの姿に、目が吸い寄せられていく。
もうすでに子どもとはいえないような体格のテノッサが、きゅっと前歯で下唇を噛み締めながら、立っていた。その隣にはせわしなく手を揉み込んでいるモニエルが見える。その他の子どもたちも、チラチラと視線を交わし合っていた。
「イオネツ!」
ミラルディの叱責にハッとして前を向く。
かしこまったイオネツにミラルディが声をかけた。
「これでお前の嫌疑は晴れた。地下牢から出ることを許す。懲罰を受ける必要もなくなった」
ここまで言うと、ミラルディは正面を向いた。
「ところでウィメル様、イオネツはかように、自由の身となってございます。当初の予定通りに、このイオネツをあなた様の店で引き取っていただくことはできましょうか……?」
単刀直入な問いかけであった。
風雅の間に集まる皆の意識がぎゅっとウィメルに集まる。
一瞬の静寂。
ウィメルは椅子に背を預けると、大きく息を吐いた。
「なにをおっしゃる、艶麗館のご主人。あなたはわかっておいででしょう? 彼はネマの島で生まれた子なのですよ。今回の話だって、特例中の特例だった。もともとネマの子はネマの島で生きていくというのが世の常なのです。そのうえ一度牢につながれた人間を、店に入れることなどできましょうか?」
そんなこと、できるわけがなかろうと、ウィメルはまわり持った言い方で、そう言った。
「なんだって!?」
叫んだのはウォルセフだった。
「こいつは何もしてない。無実なんだぞ! それなのに、そんなのって……」
立ち上がろうとしたウォルセフの前にイオネツはそっと手を伸ばした。自分のためにウォルセフが意見を言ってくれるのはとても嬉しいけれど、そのせいでウォルセフに都合の悪いことになるなんて我慢ができないし、本当をいえば、イオネツもどこかでこの結果にホッとしている。
これで、ネマの島を出て行かなくても良くなったのだ。
◇
「ウォルセフ、君の気持ちはわかる。だがやはり、ネマの者はネマ。それがよかったのではないかと私は思うね。こうなるのがよかったのだよ」
そんな一言を残して、ウィメルは艶麗館を去って行くこととなった。
「今回は、わざわざお越しいただいたにも関わらず、かような事態……誠に申し訳ございませんでした」
ミラルディは事の顛末 を詫 たのだが、ウィメルはただ首を振る。
見送りはいらぬとウィメルは言ったが、遊女たちは全員、彼を見送るために部屋を出て行った。
風雅の間に残っているのは、ミラルディとタジエナ。イオネツとウォルセフ。それに子どもたちと数名の下衆と使い女たちだけとなる。
「さて」
ミラルディはそれまでウィメルが座っていた上座へと向かい、それまでが座っていた椅子に浅く腰を掛けると、残っている者たちを見渡した。
「イオネツが犯人ではなかった。ということになると、真犯人がいる。そういうことになるね」
ミラルディがゆっくりと、その場に残った者たちを見つめている。どうやらその瞳はある一点でとまっていた。
イオネツはその視線を追って、背後を振り返る。
その先には、一塊になっている子どもたちの姿があった。
みんな落ち着かな気にコソコソとお互いを突きあったり、ミラルディの視線から逃れようとうつむいたりしているが、特にモニエルの様子がおかしかった。
彼女は少し体をゆらゆらと揺らしながら手を揉みしだき、褐色の肌でも見て取れるほどに顔色を青くして、唇には血の気がなくなっている。
「さっきから、お前たちの様子がどうもおかしいと思ってたんだよ。モニエル? お前さん、何か知ってるね?」
ミラルディの声がして、それと同時にテノッサの鋭い舌打ちがイオネツの耳にも届いてきた。
すでにその場に残っている者は館の住人の半数以下になってはいたが、皆の注目が、子どもたちの塊に向けられた。
今にも倒れそうな顔色のモニエルと、挑むようにミラルディを見つめるテノッサ。そして他の子どもたちは、もじもじとしながら顔をあちらに向けたりこちらに向けたり、お互いに突きあったりしている。どう見ても、挙動不審であった。
意を決したように、モニエルが一歩前に進み出ようとしたときだった。
「勝手に動くんじゃねえ!」
テノッサの声が、鋭く響いた。その声に驚き、振り向いたモニエルの頬を、テノッサが平手で打つ。
パシッ! とかなり大きな音が響き、モニエルはその場に倒れ込むと、そのまま動かなくなってしまった。
「テノッサ!」
ミラルディの尖った声がきこえた。
イオネツは、モニエルの前に進み出たテノッサを見つめることに夢中で、もうすっかり体ごと後ろを向いていた。
「俺だよ」
テノッサはそう言いながらイオネツの横に並んだ。
「俺がやったんだ。……ミラルディの部屋に忍び込んで、指輪を盗んで、そいつの荷物の中に隠した」
テノッサは「そいつ」と言いながら、顎をしゃくるようにしてイオネツを示した。
イオネツは不思議な気持ちでテノッサを見上げていた。
「ちょっと待って……テノッサ」
思わずそうつぶやいて立ち上がっていた。
だって、テノッサの言っていることはどこかおかしい。
そう感じたからだ。
「待ってよテノッサ!」
そう言ってイオネツがテノッサの腕を取る。
「そんなの……君らしくない……」
「おまえ、うるせえよ! 黙れ!」
テノッサの怒声が響く。テノッサの手にはいつの間にか銀色に光るナイフが握られていた。テノッサが大事にしている宝物で、いつも彼はそれを下穿きのポケットの中に忍ばせていたのだったなと、そんなことがちらりとイオネツの頭の隅に浮かぶ。
ナイフは鈍い光を放ちながら、イオネツの目の前に迫っていて「ああ、お腹を刺されちゃうのかな」と、イオネツはまるで他人事のように眼の前に迫るナイフを見つめていた。
すべての出来事が、まるでスローモーションのようだった。
母の悲鳴。
よくわからない言葉を叫びながら立ち上がろうとするウォルセフ。
助けてくれようとしているのかな?
でもきっと、この目の前のナイフのほうが先に自分の元へ伸びてくるに違いない。
覚悟を決めて、ぎゅっと目を閉じようとした時、自分とナイフの間にごうっと、炎が燃え上がった。
「うわっ!」
炎に驚き、のけぞったテノッサは、尻餅をついてしまっていた。
その手からこぼれ落ちたナイフを素早く取り上げるウォルセフ。
その場にいた者たちは、目を大きく見開き、何が起きたのかと互いに顔を見合わせていたが、次第にその視線はミラルディへと集まっていく。
ミラルディは、背筋をしゃんと伸ばして、椅子から立ち上がっていた。
いつも腰を曲げているのに、今は、杖すらついてもいない。その顔つきも、間違いなくミラルディではあるのだが、どこか若々しく見える。そして、一番違うのは瞳の色だった。
濁った灰色だった瞳が、燃えるような真紅に変わっていたのだ。
「ワノ……トギ!」
誰かがそう言った。
「ミラルディ様が……ワノトギ?」
動揺が広がっていく。
神霊様によって浄化された霊 をその身に宿し、マスカダインを旅しながら悪霊を滅ぼしていくと言われる存在、ワノトギ。ワノトギになれる人間はとても少なくて、このマスカダインの、五つの国すべての中でも、百人にも満たないと言われる存在。
ミラルディの燃えるようだった赤い瞳が次第に濁り始め、もとの灰色に戻っていく。身体からは急に力が抜けたようになり、よろめいたミラルディを、隣りにいたタジエナがとっさに支えた。
ここに残っていたすべての人が、この現象を目撃していた。
「まったく……私の正体がバレちまったじゃないかい。いたたたた。霊 にこの体を明け渡すと、もう、節々が痛くってしょうがないよ……」
「大丈夫? ミラルディ?」
タジエナの手を借りながら、ミラルディは今度は深々と椅子に腰を掛けた。力が入らないようで、ぐったりと背もたれに体重を預けている。
ここまではミラルディが場の中心だった。
しかし、すぐに背後のモニエルの周辺から奇妙なざわめきが聞こえだし、そばに立っていた女が数名、モニエルの上にかがみ込む。
何が起きているのか気になるのだが、イオネツのいる場所からでは、ちょうどテノッサの体が邪魔をして、その向こうで起きている事柄を見ることができない。
テノッサはまだ毒気を抜かれたような顔で尻餅をついている。
「……どうしたの?」
「……血?」
「何? これ」
「ちょっと待って」
「お見せ!」
言葉の断片が耳に届く。
小さかったざわめきが次第に大きくなり、緊迫した響きが声の中にまじり始める。
その声に、それまでぼんやりとしてしまっていたテノッサが、慌てた様子で後ろを振り返った。
腰を上げ、モニエルの様子を見ようとしたテノッサを、遊女の一人が鋭く止め、押し戻す。
イオネツには、まだ何が起きているのかわからなかった。
ふと気がつくと、それまでミラルディの脇に控えていたタジエナが騒ぎの方へと近づいていく。タジエナに道を開けるかたちで、テノッサが体を少しずらした。そのおかげで、ようやくイオネツの座っている場所からも、モニエルの様子を見ることができるようになった。
モニエルは、遊女が羽織っていた薄い羽織物で体を包まれていた。起き上がろうとしたモニエルがふらりと揺れる。それを近くにいた遊女が抱きとめた。その遊女は、そばまでやってきたタジエナと、何やら小声で話していた。
――一体どうしたんだろう。何があったんだろう? 貧血でも起こしたのだろうか。
つい数刻前までは、自分自身のこれからのことで頭の中はいっぱいだったのに、今はもうそれどころではなかった。
あの日は別館に客はいなかった。使用人の行き交う別館に外部の人間が足を踏み入れることは難しい。一方で、客がなければ館の人間の出入りは制限されないから、ここに集まる者たちは皆、怪しまれずに出入りすることができたというわけだ。
イオネツは自分自身の感覚を研ぎ澄まして、居並ぶ人々を見た。
入り口の人だかりの中で、小さく一塊になった子どもたちの姿に、目が吸い寄せられていく。
もうすでに子どもとはいえないような体格のテノッサが、きゅっと前歯で下唇を噛み締めながら、立っていた。その隣にはせわしなく手を揉み込んでいるモニエルが見える。その他の子どもたちも、チラチラと視線を交わし合っていた。
「イオネツ!」
ミラルディの叱責にハッとして前を向く。
かしこまったイオネツにミラルディが声をかけた。
「これでお前の嫌疑は晴れた。地下牢から出ることを許す。懲罰を受ける必要もなくなった」
ここまで言うと、ミラルディは正面を向いた。
「ところでウィメル様、イオネツはかように、自由の身となってございます。当初の予定通りに、このイオネツをあなた様の店で引き取っていただくことはできましょうか……?」
単刀直入な問いかけであった。
風雅の間に集まる皆の意識がぎゅっとウィメルに集まる。
一瞬の静寂。
ウィメルは椅子に背を預けると、大きく息を吐いた。
「なにをおっしゃる、艶麗館のご主人。あなたはわかっておいででしょう? 彼はネマの島で生まれた子なのですよ。今回の話だって、特例中の特例だった。もともとネマの子はネマの島で生きていくというのが世の常なのです。そのうえ一度牢につながれた人間を、店に入れることなどできましょうか?」
そんなこと、できるわけがなかろうと、ウィメルはまわり持った言い方で、そう言った。
「なんだって!?」
叫んだのはウォルセフだった。
「こいつは何もしてない。無実なんだぞ! それなのに、そんなのって……」
立ち上がろうとしたウォルセフの前にイオネツはそっと手を伸ばした。自分のためにウォルセフが意見を言ってくれるのはとても嬉しいけれど、そのせいでウォルセフに都合の悪いことになるなんて我慢ができないし、本当をいえば、イオネツもどこかでこの結果にホッとしている。
これで、ネマの島を出て行かなくても良くなったのだ。
◇
「ウォルセフ、君の気持ちはわかる。だがやはり、ネマの者はネマ。それがよかったのではないかと私は思うね。こうなるのがよかったのだよ」
そんな一言を残して、ウィメルは艶麗館を去って行くこととなった。
「今回は、わざわざお越しいただいたにも関わらず、かような事態……誠に申し訳ございませんでした」
ミラルディは事の
見送りはいらぬとウィメルは言ったが、遊女たちは全員、彼を見送るために部屋を出て行った。
風雅の間に残っているのは、ミラルディとタジエナ。イオネツとウォルセフ。それに子どもたちと数名の下衆と使い女たちだけとなる。
「さて」
ミラルディはそれまでウィメルが座っていた上座へと向かい、それまでが座っていた椅子に浅く腰を掛けると、残っている者たちを見渡した。
「イオネツが犯人ではなかった。ということになると、真犯人がいる。そういうことになるね」
ミラルディがゆっくりと、その場に残った者たちを見つめている。どうやらその瞳はある一点でとまっていた。
イオネツはその視線を追って、背後を振り返る。
その先には、一塊になっている子どもたちの姿があった。
みんな落ち着かな気にコソコソとお互いを突きあったり、ミラルディの視線から逃れようとうつむいたりしているが、特にモニエルの様子がおかしかった。
彼女は少し体をゆらゆらと揺らしながら手を揉みしだき、褐色の肌でも見て取れるほどに顔色を青くして、唇には血の気がなくなっている。
「さっきから、お前たちの様子がどうもおかしいと思ってたんだよ。モニエル? お前さん、何か知ってるね?」
ミラルディの声がして、それと同時にテノッサの鋭い舌打ちがイオネツの耳にも届いてきた。
すでにその場に残っている者は館の住人の半数以下になってはいたが、皆の注目が、子どもたちの塊に向けられた。
今にも倒れそうな顔色のモニエルと、挑むようにミラルディを見つめるテノッサ。そして他の子どもたちは、もじもじとしながら顔をあちらに向けたりこちらに向けたり、お互いに突きあったりしている。どう見ても、挙動不審であった。
意を決したように、モニエルが一歩前に進み出ようとしたときだった。
「勝手に動くんじゃねえ!」
テノッサの声が、鋭く響いた。その声に驚き、振り向いたモニエルの頬を、テノッサが平手で打つ。
パシッ! とかなり大きな音が響き、モニエルはその場に倒れ込むと、そのまま動かなくなってしまった。
「テノッサ!」
ミラルディの尖った声がきこえた。
イオネツは、モニエルの前に進み出たテノッサを見つめることに夢中で、もうすっかり体ごと後ろを向いていた。
「俺だよ」
テノッサはそう言いながらイオネツの横に並んだ。
「俺がやったんだ。……ミラルディの部屋に忍び込んで、指輪を盗んで、そいつの荷物の中に隠した」
テノッサは「そいつ」と言いながら、顎をしゃくるようにしてイオネツを示した。
イオネツは不思議な気持ちでテノッサを見上げていた。
「ちょっと待って……テノッサ」
思わずそうつぶやいて立ち上がっていた。
だって、テノッサの言っていることはどこかおかしい。
そう感じたからだ。
「待ってよテノッサ!」
そう言ってイオネツがテノッサの腕を取る。
「そんなの……君らしくない……」
「おまえ、うるせえよ! 黙れ!」
テノッサの怒声が響く。テノッサの手にはいつの間にか銀色に光るナイフが握られていた。テノッサが大事にしている宝物で、いつも彼はそれを下穿きのポケットの中に忍ばせていたのだったなと、そんなことがちらりとイオネツの頭の隅に浮かぶ。
ナイフは鈍い光を放ちながら、イオネツの目の前に迫っていて「ああ、お腹を刺されちゃうのかな」と、イオネツはまるで他人事のように眼の前に迫るナイフを見つめていた。
すべての出来事が、まるでスローモーションのようだった。
母の悲鳴。
よくわからない言葉を叫びながら立ち上がろうとするウォルセフ。
助けてくれようとしているのかな?
でもきっと、この目の前のナイフのほうが先に自分の元へ伸びてくるに違いない。
覚悟を決めて、ぎゅっと目を閉じようとした時、自分とナイフの間にごうっと、炎が燃え上がった。
「うわっ!」
炎に驚き、のけぞったテノッサは、尻餅をついてしまっていた。
その手からこぼれ落ちたナイフを素早く取り上げるウォルセフ。
その場にいた者たちは、目を大きく見開き、何が起きたのかと互いに顔を見合わせていたが、次第にその視線はミラルディへと集まっていく。
ミラルディは、背筋をしゃんと伸ばして、椅子から立ち上がっていた。
いつも腰を曲げているのに、今は、杖すらついてもいない。その顔つきも、間違いなくミラルディではあるのだが、どこか若々しく見える。そして、一番違うのは瞳の色だった。
濁った灰色だった瞳が、燃えるような真紅に変わっていたのだ。
「ワノ……トギ!」
誰かがそう言った。
「ミラルディ様が……ワノトギ?」
動揺が広がっていく。
神霊様によって浄化された
ミラルディの燃えるようだった赤い瞳が次第に濁り始め、もとの灰色に戻っていく。身体からは急に力が抜けたようになり、よろめいたミラルディを、隣りにいたタジエナがとっさに支えた。
ここに残っていたすべての人が、この現象を目撃していた。
「まったく……私の正体がバレちまったじゃないかい。いたたたた。
「大丈夫? ミラルディ?」
タジエナの手を借りながら、ミラルディは今度は深々と椅子に腰を掛けた。力が入らないようで、ぐったりと背もたれに体重を預けている。
ここまではミラルディが場の中心だった。
しかし、すぐに背後のモニエルの周辺から奇妙なざわめきが聞こえだし、そばに立っていた女が数名、モニエルの上にかがみ込む。
何が起きているのか気になるのだが、イオネツのいる場所からでは、ちょうどテノッサの体が邪魔をして、その向こうで起きている事柄を見ることができない。
テノッサはまだ毒気を抜かれたような顔で尻餅をついている。
「……どうしたの?」
「……血?」
「何? これ」
「ちょっと待って」
「お見せ!」
言葉の断片が耳に届く。
小さかったざわめきが次第に大きくなり、緊迫した響きが声の中にまじり始める。
その声に、それまでぼんやりとしてしまっていたテノッサが、慌てた様子で後ろを振り返った。
腰を上げ、モニエルの様子を見ようとしたテノッサを、遊女の一人が鋭く止め、押し戻す。
イオネツには、まだ何が起きているのかわからなかった。
ふと気がつくと、それまでミラルディの脇に控えていたタジエナが騒ぎの方へと近づいていく。タジエナに道を開けるかたちで、テノッサが体を少しずらした。そのおかげで、ようやくイオネツの座っている場所からも、モニエルの様子を見ることができるようになった。
モニエルは、遊女が羽織っていた薄い羽織物で体を包まれていた。起き上がろうとしたモニエルがふらりと揺れる。それを近くにいた遊女が抱きとめた。その遊女は、そばまでやってきたタジエナと、何やら小声で話していた。
――一体どうしたんだろう。何があったんだろう? 貧血でも起こしたのだろうか。
つい数刻前までは、自分自身のこれからのことで頭の中はいっぱいだったのに、今はもうそれどころではなかった。