DEAR MY SWEET FOOL
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ブルーのライトが照らす床をゆったりとした足取りで歩く。
天井から下がるペンダントライトが、大理石のカウンターテーブルを仄かに照らしている程よく薄暗い店内。
ここは兄である有一郎と無一郎が行きつけにしているバーだ。
「ごめん、待った?」
「少しな」
無一郎の問いに有一郎は微かな笑みを浮かべて静かに答えた。
だが、有一郎の前に置かれたジントニックは、既に半量まで減っている。
「結構待ったみたいだね。ごめん」
「そんなに待ってない。気にするな」
無一郎もモヒートを注文して、有一郎の隣に腰掛ける。
「美猫がお前のうちに来てるって?」
「うん。暫く泊めてって突然転がり込んできた」
「はは、アイツらしいな」
「なんで僕なんだろう。仕事休んで何処でもいいなら、女友達の家に行けばいいのに」
「なんでだろうな」
「美猫って本当に距離感がおかしいよね。昔から」
「⋯⋯⋯⋯」
そう言って笑いつつも無一郎の目の奥は優しい。そんな無一郎の横で、有一郎は急に黙った。
「兄さん?」
どうかしたのと尋ねようとした時、有一郎が口を開いた。
「アイツの距離感がおかしいのは、お前に対してだけだぞ」
「え⋯⋯」
「アイツは本来、他者との距離感をちゃんと弁えてる。適切な距離感で接してるよ。⋯⋯お前以外にはな」
「なんで⋯⋯」
「後は自分で考えろ」
素っ気なくそう告げて、有一郎は残りの酒を一気に煽ると、店を出ていった。
無一郎は止める事なくその背中を見つめて、逡巡していた。
店の外へ出ると、冷たい外気が肌を刺した。酒に火照った頬には寧ろ心地良い温度だった。
有一郎は約束の時間よりだいぶん前から店にいた。少し飲み過ぎてしまったようだ。
有一郎はゆっくりと店を振り返る。
「お前達のために身を引いてやったんだ。これぐらいの意地悪は許されるだろ?」
少し寂しげに吐き出された言葉とともに、吐息が白く濁り、やがてそれは外気に溶けていった。
「遅いな、無一郎⋯」
その頃美猫は、もこもことした質感のルームウェアに身を包み、リビングのソファの上で無一郎の帰りを待っていた。
しかしそれも飽きて、何の気なしにつけていたテレビを消すと、寝室へと向かう。
美猫にあてがわれたゲストルームのほうではなく、無一郎の部屋へ、だ。
本人不在の間にプライベートルームへこっそり入る背徳感。秘密を暴いているみたいでドキドキしながら、扉をそろりと開ける。
そこはモノトーン調のシンプルな空間だった。
扉の横は壁一面のクローゼット。セミダブルの黒いベッドフレームに、清潔なシーツの張られたふかふかのマットレス、ダークグレーの枕と掛け布団。
傍らのサイドテーブルには洒落た間接照明。
部屋の奥、壁一面のフィックス窓の向こうには都会の夜景が広がっている。
少し迷ってから、美猫は恐る恐るベッドへ上がった。
ゆっくりと寝転がると、甘さの中に、痺れるような深みのある彼の香りが鼻腔に触れて、頭がくらくらとした。
「
枕代わりに使っているのであろう羽根クッションを抱きしめると彼の香りに包まれる。
まるで無一郎に抱きしめられているようで、得も言われぬ幸福感に満たされた。
そのまま瞳を伏せて、美猫はゆっくりと眠りの底へと落ちていった。
