DEAR MY SWEET FOOL
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ーー1、BAD GIRL
吐き出した吐息が白く濁って外気に溶けた。
隣にいる彼女が、今日も寒いねとかぼやきながらスカートのポケットから取り出した愛用のリップグロスを塗る。
透明なグロスをたっぷりとのせたアプリケーターを唇に当てる仕草が可愛らしくも色っぽい。
ねっとりとしたグロスが体温で溶けて、彼女の唇に潤った艶を与える。
兎の舌のように淡い色味を帯びた唇がぷるっとして、仄かにバニラミントの香りがして、何だか美味しそうだ。
噛みついたら甘いのかな⋯⋯。ぼんやりそんな事を考える。
そんな無一郎の横で彼女は、
「はぁ、今日もゆう君はクールでかっこよかったなぁ」
なんて、悔しいくらい愛らしさいっぱいの笑顔でのたまうのだった。
ヴー、ヴーと、アラーム代わりにしていたスマホのバイブレーションで無一郎は目を覚ました。
学生時代の夢なんて、見たのは久しぶりだ。というか初めてかもしれない。
思えばこれは予兆だったのだろう。
その日仕事を終えて帰宅すると、マンションの入口付近に人影が見えた。
植え込みの陰にしゃがみ込んでいる、あきらかな不審者。
無一郎はそのスラリとした見た目を裏切って腕っぷしには自信があるため、こういう時でも物怖じしない。
一応は気配を潜めて植え込みの裏に回り込み、
「そこで何をしてるの?」
躊躇いなく声を掛ける。不意打ちの無一郎の声に、植え込みの陰にしゃがみ込んでいた人影がぴょこんと跳び上がって振り返った。
続く台詞を畳み掛けようとして、無一郎は絶句した。
てっきり不審者とばかり思っていたその人影は、
「美猫⋯⋯?」
ほんのりと帯びた血色が綺麗に映える透けるような白い肌。マスカラなんて使わなくても長く豊かな睫毛に黒目がちの瞳。
愛用のバニラミントの香りが漂うリップグロスを乗せた艷やかな唇を笑みの形にして、高校卒業以来だというのにそのブランクをつゆほども感じさせない気安さで、彼女は言った。
「遊びに来たよぉ、無一郎」
何が何だかわからないが、無一郎は取り敢えず美猫を連れてマンションへ。
コンシュルジュが常駐している明るいエントランスホールを抜けて、エレベーターへ乗り込んだ。
「エレベーターにも鍵が必要なの?」
「一応ね」
二四階建ての超高層マンションの十八階の角部屋が、無一郎の現在の住処だ。
ディンプルキーで解錠して美猫を招き入れる。
廊下を抜けて突き当たりの扉を開くと広々としたリビングダイニングになっている。
「わぁ⋯」
小さく感嘆の声を上げて、美猫は壁一面に広がるフィックス窓に無邪気に飛びついた。
窓の向こうは都会の夜景が一望できる。
「綺麗、綺麗!無一郎すごい所に住んでるね?さすがプロ棋士」
「何しに来たの?それに呼び捨て」
「無一郎だって呼び捨てじゃない」
「そうだけど⋯⋯」
「私達もう成人してるし、“むい君”て歳でもないじゃない?」
実にあっけらかんとした態度で美猫。その笑顔を見ていると何を言う気も削がれて黙る。
距離感がおかしい気もするが、そういえば昔からだったなと諦めて溜息を一つ。
無一郎はコートを脱いで、ハンガーに掛けながら美猫に視線をやる。
「美猫、コート貸して。ハンガーに掛けておくから」
「わぁ、ありがとぉ」
嬉しそうに頬を染めて、いそいそとコートを脱ぐ美猫。
可愛らしいコーラルピンクのフレアコートは、愛くるしい顔立ちの彼女だからこそ似合うものだろう。
コートを掛けて美猫の方を振り返った無一郎は、思わず息を呑んだ。
