君と結わえるしのびごと
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ひとしずく、ふたしずく……。
それはしのぶの目の前で静かに流れていった。
「……あ、ごめ……なさ……」
音心が流した涙。
「覚えててくれてるなんて……夢にも思わなかった……から、……嬉しくて……」
その言葉にしのぶは何も言わず席を立つと、音心の隣に腰掛けて、その身体をふんわりと抱き寄せた。
「忘れるはずがありません。忘れるわけないじゃないですか。………音心」
優しい声音で囁いて、しのぶは顔を覆っていた音心の両手をやんわりと掴んで引き剥がすと、
「名前を呼んで。………あの頃みたいに」
顔を覗き込むようにして、微笑む。
囁く声音も見詰める視線も酷く甘くてくらくらした。
そうなるともう逆らえない。
「……しのぶちゃん……」
名を呼ぶと、仄かに頬を火照らせてはにかむしのぶに昔の面影が重なる。
音心の瞳に再び水膜が張り、溢れたそれはやがてほろほろと頬を溢れ落ちていく。
しのぶはその瞼にそっと唇を寄せーーそして思ってもみなかった事を口にした。
「私の継子になりませんか?」
「え?」
「カナヲと共に、私のもとで鍛錬を」
「待って、待って下さい!私はそんな……っ」
音心の慌てた様子を見て、しのぶはさも微笑ましそうにくすくすと笑う。
複雑な気分になって顔を顰めていると、ふとしのぶは真面目な顔になりーー
「何も私は、貴女を手元に置きたいが為だけに言っているわけではありません。貴女には才能があります。特に気配の消し方や身のこなしは見事なものです。……とはいえ、腕力には少し不安がある。違いますか?」
「………っ、それは……」
「だからです。私のもとで共に鍛錬を積み、共に鬼と戦いましょう」
優しい微笑みと共に差し出された手を見詰める音心。
涙に濡れた瞳に徐々に力が戻っていく。
「はい!しのぶ様!」
しっかりと繋がれた手は、今度こそ離れない。
「お姉ちゃん……頑張って」
「身体に気をつけてね」
「うん」
「それにしても……綺麗な羽織ね。あんたそんなのいつの間に仕立てたの?」
不思議そうに首を傾げる母親に、音心は愛おしそうに羽織に手を滑らせて。
「これは頂き物」
「まぁ、そんな立派なもの!」
「お姉ちゃん、ちゃんとお礼言ったー?」
「勿論」
満面の笑みで答えると、音心は身を翻し、
「行ってきます!」
家族へいったん別れを告げた。
その背中で、あの日彼女と音心の手をしっかりと結わえていた紫色のリボンがひらりと翻る。
そうして音心は、愛しい人のもとへと駆け出した。