CRY FOR THE MOON〈序、1、2、3〉
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
なんの為にそんな事。愚問だ。恐らくーー
聡い無一郎はすぐさまピンときた。
「鬼を滅せよ。鬼を討伐できない剣士は一族には不要。鬼に敗れるのであれば、その身を以て鬼を滅せよ。⋯⋯それが、白桜家の家訓だそうです。雪桜さんは今日で十三歳になります。これを期に白桜の毒の摂取量を増やしたのでしょう」
この日無一郎は見ず知らずも同然だった女の子の、深い覚悟を知った。
水沫雪桜ーー何となくその名を胸の奥に反芻した。
「時透さん。よかったらこれからも雪桜さんの事を気に掛けてあげて下さい」
「なんで僕が?」
「⋯⋯⋯⋯」
その問いに、しのぶは答えなかった。何も答えず、ただ淡く微笑っただけだった。
無一郎には記憶障害がある。どうでもいい事も大事な事も、等しく記憶を長く保てない。
この日の事も、雪桜の事も、どうせすぐに忘れるだろうと思っていた。
無一郎が再び雪桜と顔を合わせたのは、それから数日が経った頃の事だった。
雪桜とはあの日以来任務が重なる事はなかったので、顔を合わせる機会もなく今に至った。
「あ⋯」
雪桜の存在を今まで覚えていた自身に内心驚く無一郎の視線の先で、彼女は此方を見るなり黒目がちの大きな瞳を見開いて、頭を下げた。
滑らかに艶めく黒髪が、さらさらと肩を滑り落ちる。
彼女が顔を上げる。その肌は血の気はなく、透き通るように蒼白い。
小作りな白い顔のなかで、吸い込まれそうな黒い瞳とぽつりと咲いた花のように紅い唇が映えて、やけに印象的だった。
綺麗な子だな⋯⋯とぼんやり思う。
「先日は、有り難うございました。霞柱様」
「何のこと?」
「私を蝶屋敷へ運んで下さいました」
「そんな事ぐらいで⋯」
大袈裟だと言いかけた言葉を遮るように。
「本当に助かりました。貴方は優しい人ですね」
彼女が微笑った。優しい笑顔だった。平板だった心がふわりと温かくなるような。
その日の会話はそれだけ。それだけだったが、この日の記憶は、彼女の笑顔は、無一郎の心に残り続けた。