CRY FOR THE MOON〈序、1、2、3〉
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ーー3、小夜時雨と白い蝶
細い糸を撒いたように雨は降る。小雨にけぶる街並みを無一郎は傘もささずに歩いていた。
鬼を討伐した直後の事だ。今夜は同時に三体もの鬼が人里を襲撃していた。
思考が短絡的な雑魚鬼には珍しい事だが、柱である無一郎にとっては鬼が何体徒党を組んだところで問題はない。
まずは人里の中心で暴れ出した鬼を討伐、街の出入口となっている北側から攻め入ってきた鬼もあっという間に駆けつけて討伐した。
まさに瞬殺。他隊士達が畏怖と羨望の眼差しを向けるなか、最後にもう一つの出入口となっている西側の鬼の討伐に向かおうとした時、鎹鴉により最後の鬼の討伐の知らせが入った。
事後処理を他隊士達に任せ、自宅へ向かう途中、無一郎は道の端に白い人影を見た。
不思議に思って近づいてみると、そこにいたのは隊服の上に白い羽織を羽織った一人の少女で、その少女にはどこか見覚えがある気がした。
「どうしたの?」
思わず声を掛けたのは、その少女が胸元を押さえて喘いでいたからだ。
その姿は随分と苦しそうに見えた。
「質問に答えなよ」
少女の肩に手を伸ばすと、その手が払いのけられた。
「いつもの発作だから⋯放っておいて。⋯⋯すぐに収まる⋯⋯」
答える声は途切れ途切れに、息は絶え絶えで。少女のいうように“すぐに収まる”ようにはとても思えなかった。
無一郎は暫く逡巡してから、少女をそっと抱き上げた。
「何を⋯っ」
「蝶屋敷へ行くから」
身じろぐ少女に有無を言わせぬ雰囲気でぴしゃりと言い放って、無一郎は少女を抱えて駆け出した。
蝶屋敷へ少女を運び込むと、すぐさま胡蝶しのぶが処置にあたった。
程なくして処置を終えた胡蝶しのぶが、帰ろうとしていた無一郎へ声を掛けてくる。
「危ないところでした⋯時透さん、有り難うございます」
「彼女はどこか患ってるんですか?病を抱えて戦えるほど鬼との戦闘は甘くは」
冷徹な言葉を遮るように、しのぶは言った。
「病ではありません。ただーー」
話すべきかどうか、しのぶは迷っているように見えた。
ひとり思案の海に沈むように半ば伏せられた瞳。長い睫毛が菫色の瞳に翳を落としている。
「同じく鬼を討伐する仲間として、話しておいたほうがいいかもしれませんね。噂もすぐに広まるでしょうから」
「何です?」
「彼女は名を水沫雪桜さんといいます」
その名前には聞き覚えがあり、無一郎は以前この蝶屋敷で彼女と出会った時の事を思い出した。
あの日も彼女は今にも倒れてしまいそうなほどに顔色が悪かった。
「しかし彼女の本当の名は白桜雪桜さん、“白桜の里”の生まれの方です。彼女の噂は時透さんもご存知でしょう?」
勿論その噂は無一郎の耳にも入っている。静かに頷く無一郎を見て、しのぶは続けた。
「“白桜の里”に咲くといわれる冬桜“白桜”には毒があり、鬼にとっては藤の花に次ぐ猛毒です。そして“白桜の里”の生まれの者は、代々その“白桜”の毒を摂取しているそうです」