CRY FOR THE MOON〈序、1、2〉
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ーー2、遠い日の君
十一月も終わりに差しかかった頃、花も葉もすっかり枯れ落ちて黒ずんだ桜の梢を撫でながら、時透先輩が言った。
「来週の土曜日は少し遠出をしよう」
言葉の内容のわりにその声音は沈んでおり、怪訝に思った雪桜は思わず隣に目を向けた。
時透先輩の横顔は相変わらず綺麗で、だけどどことなく愁いを帯びていた。
冬の薄陽を受けて長い睫毛がくっきりとした影を落とし、その瞳を昏く沈ませている。
「遠出?どこ行くの?」
「内緒。でも綺麗な所だよ、とても⋯⋯君も気に入ると思う」
時透先輩とこの話をしてから時間はあっという間に過ぎて、ついにその日を迎えた。
その日はとても寒くて、前日には雪が散らついていた。
時透先輩に連れられるまま新幹線と電車を乗り継いで二時間半。
雑木林に囲まれ苔むした石段をひたすら登って、山の中。
何となく雰囲気的に石段を登った先には神社でもあるのかと思っていたが、その予想は外れた。
「わぁ⋯⋯」
雪桜は思わず小さく声を上げた。
石段を登りきった先、雑木林を抜けて突然開けた視界に溢れるのは、一面の白。
高く聳える冬空の下、くっきりと浮き立つとのは一面の桜、桜、桜。
紅を帯びない真っ白な花弁を風に散らし、地を白く染める様は、さながら雪景色のようでーー
それは肌を刺すような冷気の中で白く舞う吐息と相俟って、雪原に立っているかのような錯覚に陥らせる。
澄んだ冷たい空気の中で、目の前に広がるのは桜の木立。
前日に降った雪の名残りを残し、薄っすらと雪化粧を施して、冬の陽光を受けてきらきらと澄んだ光を零している。
その光景はひどく幻想的で、雪桜の知る常識からはかけ離れており、現実味をどんどん剥離していった。
「これって本当に桜なの?こんな季節に⋯⋯」
「冬桜だよ。春と冬の年に二度咲くんだ」
「そんなのがあるんだ。初めて知った」
「品種は白桜」
「はくおう⋯⋯」
聞いたことのない品種だ。
「綺麗⋯⋯」
思わず枝へと手を伸ばすと、すかさず時透先輩にその手を掴まれた。
「不用意に触ったらダメだよ。毒があるんだ」
「桜に毒?」
「この品種は、特別だから」
時透先輩はそう言って、どこか愁いを帯びた微かな笑みを浮かべた。
透き通った淡い碧色の瞳は、雪桜の知らない感情の機微に揺らいでいる。
その笑顔は美しくて儚く、どこか現実味のない幻想的なこの風景の中に、今にも溶けて消え去ってしまいそうだった。
雪桜は思わずその手をぎゅっと掴んでしまった。
「雪桜⋯⋯?」
時透先輩が怪訝そうな顔をするが、雪桜は胸が詰まって何も言えず、ただ俯いた。
時透先輩がふっと微笑った気配がして、雪桜の頭に優しく手が乗せられて。
その手はゆっくりと雪桜の髪を撫でてくれた。