CRY FOR THE MOON〈序、1、2、3〉
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ーープロローグ
水沫 雪桜〈みなわ ゆきお〉が彼と出逢ったのは、中学校一年生の春の事だ。
入学式を終えて校庭へ向かった雪桜は、目の前に広がる光景に目を細めた。
校庭を囲むのは、ささやかな桜並木。
黒ずんだ細めの幹が微かに樹影を落とし、溢れんばかり薄紅色の花を湛えて林立している。
ーー春だな、と思う。
幾重にも重なった桜のせいで、校庭の色はまず目に白い。
その白い景色の中、静かに佇む人影に、雪桜は目を奪われた。
儚く舞い散る薄紅色の花弁の中で、その人は微笑っていた。
風にそよぐ長い黒髪が、陽射しを受けて絹のように滑らかに艶めいて、それは毛先に掛けて淡く碧色に透けている。
遠目からでも見て取れるほど、際立って長くて美しい事がわかる睫毛に縁取られた大きな瞳もまた、淡い碧色を呈している。
スッと通った細い鼻梁と形のいい眉、薄い唇。
繊細で綺麗な顔立ちだ。
身長はさほど高くはないが、全体的にすらりとしてスタイルがよく、背筋を伸ばして立つ姿は、それだけで美しかった。
……これが一目惚れというのだろうか。
雪桜はその日初めて見かけたその人に、心を奪われたのだった。
入学してすぐその人について調べ始めた。
その人は、校内でも少しばかり有名人だったようで、すぐに調べはついた。
時透無一郎先輩。成績優秀、スポーツ万能、将棋が強く双子の兄とともに将来を有望視され、テレビ出演の経験あり。
……思ったよりも凄い人だった。
ある日雪桜は時透先輩に告白する事にした。
勿論OKが貰えるなんて思ってはいなくて、まさに玉砕覚悟の決死の特攻だった。
「時透先輩が好きです。付き合って下さい……っ」
至極当然の事だが時透先輩は、今までにも沢山の女の子達が告白し、その全てが玉砕している。
きっと私も断られるのだろう。雪桜はそう思っていた。
「……いいよ」
思い掛けない答えに一瞬理解が追いつかず、雪桜は目を丸くして、へ……?と何とも間抜けな声を出してしまった。
時透先輩はそんな雪桜を柔らかい眼差しで見つめて、くすっと小さく微笑う。
「一つ条件があるけどね」
「何ですか?私……、何でもします!」
それまで穏やかだった瞳がふいに、スッと真剣な色を帯びた。
そうして時透先輩は、雪桜にとっては至極不可解な事を言ったのだ。
「僕の事を必ず思い出して」