花恋溢れる
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翌日も同じ場所に無一郎はいた。
藤棚の中で石製の長椅子に腰掛け、その長い睫毛を半ば伏せるようにして淡々と藤を眺めている。
初夏の澄んだ青空の下に広がる淡い紫色の藤棚。
その中に、目の覚めるような黒い服を纏った容姿端麗な少年が一人。
その様はまるで一枚の絵画のような佇まいだと小琴は思った。
風が吹いて少年の長い黒髪がさらさらと揺れる。
それは毛先が淡く碧色に透けていてーー
陽射しに透けてきらきらと煌めいて、あまりにも美しく、小琴は瞳を細めてその“絵画”に暫く見惚れていた。
「何見てるの?」
不意に声を掛けられてハッと我に返った。
「時透様今日もいらしてたのですね」
「今日はあの変な隊服着てないんだね」
「変!?」
「変だよ。肌を出し過ぎだと思う」
「………………」
あまりの言われように小琴は絶句した。
確かに、今日の小琴は隊服ではなく普通の着物姿だ。
淡紅色に白い牡丹と扇模様の着物は、袖と裾には空色のぼかし染めが入っている。
白藍色の帯揚げと藍色の帯には銀色の帯締めを結び、後ろはオーソドックスにお太鼓だ。
好きな人に会う為に、こっそりお洒落をしてみたのだ。
しかし小琴はそんな心情はお首にも出さず。
「分かってないですねー。あの隊服だと鬼の喰い付きが良いんですよ」
“あの隊服”とは上は袖と胴体部分の分離した上着とブラウス、そしてボトムスはミニスカートにショートブーツを合わせた出で立ちの事である。
確かに肌の露出は多いが、実際に鬼の喰い付きは良いのだ。
最初に隊服を渡された際には恋柱である甘露寺蜜璃と同じデザインの物を渡された。
そこで「胸元を出すのは嫌だけど、肩なら出してもいい」と交渉して今のデザインを勝ち取った訳だ。
寧ろ褒めて貰いたい。
だが、これに対しての無一郎の答えは意外なものだった。
「余計な虫も寄って来ると思うよ」
余計な虫………。この人にもそういう発想があるのかと内心で微妙に感心しつつ、
「そういう輩は、返り討ちにします!」
ガッツポーズで答える小琴に、
「してたね。その後“雑魚が!”って罵ってた」
見事な追い打ち。
「やだぁぁぁぁ!見てたんですかぁぁぁぁ!」
恥ずかしさのあまり、わっと両手で顔を覆う小琴。
無一郎はその隣で淡々と続ける。
「見てた。助けようと思ったから。…………… 出番なかったけど」
「ーーえ?」
虚を突かれて思わず無一郎の方を見た。次の瞬間だった。
ーー唇に、温かいものが触れた。
視界に映るのは、長い睫毛が縁取る大きな瞳。
淡い碧色の瞳が閉じる事なく至近距離から此方をひたりと見据えていた。
小琴は瞬きするのも忘れて目を見開いていた。
唇と唇が触れ合う感触ーー
ここでやっと事態を認識して、小琴は無一郎の胸元を突き飛ばした。
突き飛ばして、充分に距離を取ると、わなわなと震える唇で問いかけた。
「な、な、何して、何してるんですか……っ」
「何って。接吻」
「な、何で……っ、どうして、そんな……っ」
「うーん」
此方の問い掛けに無一郎は至って不思議そうに首を傾げ、手を口元にやり、考え込む仕草を見せる。
そんな考える事なんだ!?衝撃を受ける小琴を余所に、無一郎はゆっくりと口を開いた。
「君の事が好きだから……?そうか……好きなんだ」