花恋溢れる
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竹林の奥の滅多に人の来ない場所に藤棚がある。
中に入るとふわりと漂う藤の芳香。見上げれば、淡い紫色が視界いっぱいに広がる。
風が吹けば、さわさわと揺れる藤のせせらぎが静かな空間にそっと響いて耳を満たす。
視覚、聴覚、嗅覚が藤に支配されるようなその感覚は、お館様の屋敷を彷彿とさせ、まるで現実味を奪われたような感覚に陥らせる。
それは時間を忘れて時透無一郎を酷く落ち着かせた。
「あ、時透様」
そんな中に突然割り込む不協和音。
「今日もいらしてたんですか?」
ころんと鈴を転がしたような可憐で甘いこの声音が、何故だかいつも無一郎の心を僅かにざわつかせた。
「君もね」
敢えて表情を変えぬまま答えれば、少女はころころと笑って、
「あ、やっと顔覚えてくれたんですね。嬉しなぁ」
少しの距離を空けて隣に腰掛ける。
「まぁ……毎日顔合わせてるし」
「時透様は毎日ここへいらしてますものね。余程お好きなのですね……藤の花」
「うん。好きだよ。……………。ねぇ、そろそろ……」
「私も好きです。あ、そうだ」
そう言って彼女は隣に置いていた包みを何やらごそごそし始めたかと思えば、開いたそれを無一郎の目の前に差し出して、
「どうぞ!」
満面の笑みでそう言った。
「…………… 団子?」
「はい」
「食べていいの?」
「勿論」
「有り難う……頂きます」
包みから団子を一串取り出して口に含むと、
「どうですか?」
間髪入れずに彼女が感想を求めて来る。その目は何処かきらきらとした期待に満ちていて、無一郎はピンとくるものがあった為、敢えてこう答えた。
「別に……普通」
その瞬間彼女は明らかなショックの色を浮かべた。
これは明らかにーー
「ねぇ、何で拗ねてるの」
「拗ねてませんっ」
「拗ねてるよ。何で?」
「………オススメのお店だったから」
「オススメ、ね……」
しょんぼりと肩を落として自分ももそもそと団子を食べ始めた彼女に、無一郎は一言。
「嘘」
「え?」
「美味しいよ。餡の甘さも丁度良いし……うまく言えないけど。かなり美味しいと思う」
「!………じゃあ何であんな嘘ついたんですか?」
心なしか涙目で彼女が頬を膨らませながら恨めしげに訊いてくるものだから、その様子が妙に可愛らしく思えて内心でちょっと笑いそうになりながらもいつもの無表情で答える無一郎。
「僕の話を遮った罰だよ」
「うぐっ」
「その様子だと自覚があるんだね。何で遮ったの?」
「大変、もうこんな時間です!私、任務へ行かないと!」
そそくさと立ち上がり少女がその場を去ろうとする。
「待ちなよ」
無一郎はその手首を掴んで引き止めた。
「柱である僕が直接問い正してるのに、どうして君は答えないのかな。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
思わず手首を掴む手に力が籠る。
「…………何をですか?」
此方は真剣に問うているのに振り向いた彼女の顔には場違いな笑みが浮いていて。
先程の分かりやすかった彼女とは打って変わって、今は何を考えているのか分からない。
募る苛立ちから無一郎は眉を顰めて彼女を睨んだ。
「君の名前」
すると彼女は此方へと向き直り、無一郎の手に自らの手を重ねて放すよう促すと、意外な理由を語った。
「柱だからこそ、です」
「………え?」
「隊士たるもの、仕事ぶりで名をあげて、名前を知って貰いたくて。だから今は言いません」
「………………。なかなか野心家だね」
「隊士の鑑ですから!」
「何それ。自分で言うの?」
「有言実行!努力家ですので!」
「………………。そう」
「それでは時透様。今日はこれで失礼致します」
「うん」
快活に笑ってぺこんとか頭を下げると、踵を返して彼女は去って行った。
小さくなる後ろ姿をぼうっと眺めながら、無一郎は呟いた。
「………………。馬鹿だな……本当は、名前ぐらい……知ってるよ」
どうしても、君の口から聞きたいだけでーー
サァっと吹く風が、長い黒髪を攫って靡かせた。