月に妖かし〈序、1〉
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その日は夕方から雷が鳴っており、夜には本格的な雷雨となった。
叩きつけるような強い雨にひっそりと沈む人里を抜け、山奥の自宅を目指す。
隊士達に指示を出し、詳細をお館様へ報告、全てに片が付いて屋敷へ戻った頃には既に深夜を回っていた。
濡れそぼった傘を閉じて浴室へ向かう途中、奇妙な光景を目にして思わず足を止める。
縁側から続く庭に、雨の中ひっそりと佇む人影があった。
「そんな所で何をしてるの?」
声を掛けるが、まるで聞こえていないかのように人影が此方を振り向く事はなかった。
「風邪を引かれると困るんだけど」
無一郎が縁側を降りようとした刹那、人影ーー雛月美波が振り向いた。
その顔に浮かぶ表情に、足が止まる。
人を容れない顔だった。
濡れそぼった前髪の隙間から覗く昏く沈んだ瞳はその奥底に、強い意志の光を滲ませて、無一郎を見据える。
「貴方に問う」
「何?」
「無力が悪だというのなら、力は正義だろうか?復讐は悪だろうか?」
「……何を言ってるのかな」
「弱者は強者へただ従えというのなら、人間を喰らい搾取する鬼と何も変わらない」
「!」
「それが鬼殺隊の……貴方のやり方なのですか?」
黒目がちの瞳が瞬き一つせず、無一郎を射竦めるように見据えて問うた。
「口を慎みなよ」
答える声音はごく低く、冷ややかに響いた。
「私は復讐を否定しない。戦いを否定しない。しかし強者が弱者を支配し搾取する世界、これを是としない。……してはならない」
「結局君は、何が言いたいの?」
「これは戦争だ。鬼と、人間の」
「そうだね」
「そして私達は盤上の駒に過ぎない」
「!」
「それは一介の隊士である私も、柱である貴方も、同じ事」
「お館様は僕達の事をそんなふうに思ってないよ」
「感情論を問うているわけではないよ、時透無一郎」
雨足が更に強くなり、雷鳴が響く。
「戦争に於いて戦略は必須。将を討ち取られれば、組織は瓦解し、堕ちていくのみ。だから柱は将を守る。
そして戦略に於いて切札は軽々しく見せるべきではない。
だから私が動いた。それだけだ」
「君と言葉遊びをするほど、僕は暇じゃないんだけど」
「貴方は私に問うた。なぜ命令に背いたのかと」
既に踵を返していた無一郎は、肩越しに視線を向ける。
「その問いに対しこれが私の答えだ。それ以上でも以下でもない」
青みがかった夜闇の中で、抑揚のない口調でごく静かに語る彼女の瞳は、鋭く、冷たい光を帯びていた。
それは世の中の全てを拒み、遠ざける瞳だと、無一郎の目には映っていた。