月に妖かし〈序、1〉
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暮れ落ちる空の下、鳥の声も絶え、秋風に草のそよぐ音ばかりが辺りに響いていた。
・・・・
雛月がその場所へ足を踏み入れた瞬間だった。
突然、門の左右から草を掻き分けて黒い人影が二、三、飛び出して来る。
屈強な体躯に尖った顔つき、それが威嚇するように雛月を見る。
いずれも手に鎌や屶など構えているのを横目に確認しながら、足を止めた。
男達は退路を断つように門扉へ立ち塞がる。
特に攻撃を仕掛けてくる様子はない。
どうやら雛月をここから逃さない為に配置された、只の駒らしい。
雛月は再び歩を進め、目の前の廃屋の扉を一気に蹴破った。
「……よく此処がわかったな」
笑い含みそう言ったのは、明らかに鬼ではなかった。
「人目につかず、大人数収容可能で、日中も遮光できる場所なんて、限られているからな」
答えながら部屋の中を観察する。玄関にあたるこの場所に、当然人質はいない。
しかし問題はない。この廃屋の間取りは事前に調べて把握している。
「攫った隊士達を返して貰おうか」
隊士達が監禁されているであろう場所も、おおよそ見当がついている。
「そうはいかんよ。あいつ等は全員俺が喰い殺す。お前の目の前でな。
そして最後にお前を喰らえば、ちょうど百人目だ」
雛月はスッと瞳を細める。
彼は言った。“俺が”喰い殺す、と。鬼の言葉を、自らの意志として語っている。
一見すれば“人間を操る”というよりは、“意識を乗っ取る”血鬼術のようにも見える。
しかしこれらは似て非なるもの。この二つの血鬼術には、決定的な違いがある。
鬼の能力は前者だ。それは先程証明された。
「殺した人間の数など問うてはいない。今更だろう?」
少しでいい。もう少し、時間を稼げればーー
「そうだよなぁ、お前ら人間からしてみりゃ、一人殺せば十人だろうが百人だろうが同じ事だもんな?」
「私も」
「あ?」
「斬った鬼の数などいちいち覚えてはいない」
冷ややかに言い放たれたその言葉に、彼は反応した。
鬼は近くにいる。
「……そうかよ。なぁ、俺が何故お前を此処に呼び寄せたか分かるかい?」
「さてね」
「痕跡をいくつも残したのはわざとだよ。計算通り、お前はのこのこと一人で現れた」
「…………」
「俺はなぁ、お前に昔生き埋めにされて首を刎ねられた哀れな鬼の兄だ!」
「生き埋め?……ああ、思い出したよ」
激昂する鬼に対し、嘲るように酷薄な笑みを浮かべてみせて、雛月は言い放った。
「背水の陣と逆落とし。古典的戦法があんなに役立つとは思わなかったな。愚鈍な弟君で助かったよ」