恋し悟りし
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魚尾美砂は今日も朗らかに笑っている。
想いを自覚してはいるものの素直になれず、素っ気ない態度を取っても、彼女は変わらず笑い掛けてくれる。
「あ、師範。おはようございます」
とても穏やかな、優しい瞳を向けてくれるのだ。
何故彼女なのか自分でもよく分からないーーそれでも、思慕は日に日に積もって堪らなくなる。
「師範、師範、朝ですよー」
無邪気に布団を揺らす彼女の手を取って、ゆっくりと起こした身を彼女に委ねた。
寝ぼけたふりをして、華奢な肩に顔を埋める。
そっと抱き締めると白い手が優しく頭を撫でてくれた。
「よし、よし。ふふ」
彼女は抵抗しない。まるで幼子をあやすように、極優しく髪や背を撫でてくれる。
ーー分かっている。
これでは彼女の弟と扱いはさほど変わらないのだと。
「師範。もしよかったら私の事お母さんだとーー」
その言葉に無一郎の中で何かがピキッとひび割れた。
恐らく、プライド的な何かが。
「断る」
「え……、なぜ」
「美砂」
「はい?」
「君って本当にバカだよね」
蔑むような冷たい瞳で見下ろして。
笑顔のまま固まっている彼女を置き去りにピシャンと襖を閉めた。
……分かっている。これではただの八つ当たりだ。
とはいえ姉目線どころか、まさか母親目線だったとは。
流石に参ってしまう無一郎であった。
甘味屋にて彼女の弟と二人、並んで座っていた。
君の姉を好きなったみたいだと静かに告白する無一郎に、弟である幸志郎は度肝を抜かれて瞳を見開いていた。
「いいんですか?
「うん。身に沁みて分かってるよ」
「まぁ貰ってくれるなら俺は万々歳ですけど……なんでよりによってうちの姉なんです?」
本人に自覚はないようだが、時透無一郎は相当な美形である。
中性的だが眉目の整った顔立ちをしており、僅かに癖を帯びた長い黒髪は、毛先が淡い碧色に透けている。
それが薄日を弾いて仄かに艶めく。
その様は本当に美しく、黒一色の身なりと白い肌との対比が、表情のないせいか出来すぎた人形を思わせる。
加えて彼は柱だ。極めて腕の立つ剣士なのだ。
その人柄も柱に相応しく常に冷静で、いついかなる時でも合理的な判断の下せる聡明な人物で。
彼さえその気になれば、女性も選び放題だろうに。
「さぁ?僕にもよく分からない」
無一郎は少しばかり参った様子で空を仰いだ。
「まぁまずは男して意識させる事からでしょうけど……」
「出来ると思う?」
「難題ですね」
何しろ相手はあの魚尾美砂である。
意識させるとか以前に、彼女の中に色恋沙汰の概念があるのかすら怪しい。
無一郎は深い溜息をついた。
「いっそ柱命令で、強引に婚約へ持ち込めばいいんじゃないですかね」
「無理強いはしたくない」
提案は遮るようにバッサリと却下された。
少し意外に思うも、それだけ彼は姉の事を真剣に考えてくれているだと伝わってーー
幸志郎は微笑んだ。
「何にしろ、俺は応援しますよ」
「有り難う」