第七話 蝶屋敷
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ーー序
遠くに二つの人影が見える。
一人は黒髪でモヒカンの少年と、もう一人はーー
片腕を失い、もう片方の手に布で刀を結びつけた痛ましい姿の自分の師。
撃っていいから、と。
構わなくていいから。俺が上弦の壱の動きを止められたら、俺もろとも撃っていいからね。
絶対に躊躇するなよ。
目の前の少年に、真剣な眼差しでそう訴える。そのまっすぐな眼差しが、彼の決意と覚悟を物語っていた。
………やめて。
少年が、敵に銃を向ける。
その傍らには、死にもの狂いで敵に喰らいつく師の姿。
やめて。撃たないで。お願いだから。
遠く、けして届かない手を、それでも必死に伸ばす。
ドン、と腹の底に響くような轟音がした。
や め て !!!
「沙羅!!」
ハッとして目を覚ますと、冷汗で全身がびしょびしょになっていた。
ぼろぼろと大粒の涙が頬を伝う。
「沙羅……大丈夫?随分魘されていたけど」
女性と見紛いそうな綺麗な造作の白い顔が、表情は相変わらずぼんやりとしているが、それでもどこか心配そうに此方を見下ろしている。
沙羅はゆっくりと視線を巡らせ、生きた師の姿を視界に収めるとーー
「!」
その首に腕を回した。相手は戸惑ったように息を詰めるが、構わずぎゅうっと力を込めた。
………死なせない。
この人を、絶対に死なせない。
涙に濡れた瞳が、重い決意を孕んで虚空を睨んでいた。
当然のように今朝は食欲が湧かなかった。
あくまでも体調管理の一環として、もそもそと朝食を食べ進める沙羅を、じっと見つめる視線があった。
沙羅は当然視線に気付いていたが、敢えて素知らぬ態度を貫く。
すると相手は痺れを切らしたのか、口を開いた。
「沙羅、今朝の事だけどーー」
「申し訳ありません」
「え?」
「今朝はどうかしていたんです。忘れて下さい」
物憂げに半ば伏せられた長い睫毛に覆われた淡い色の瞳は、無一郎の方を向いてはいなかった。
「…………。分かった」
重たい沈黙の中、二人が食事を続ける音だけが暫く響く。
……そんな中、
「師範」
ふと、沙羅が口を開いた。
「何?」
無一郎が答えると、次の瞬間彼女の口から思ってもみなかった言葉が飛び出す。
「暫くの間蝶屋敷で過ごす許可を頂きたいのですが」
「なんで?」
「医療について学びたいんです」
「………また唐突だね」
「お願いします」
半ば伏せられた瞳は相変わらず無一郎の方を向くことはない。
それでも無一郎は、彼女の意志を尊重してやる事にした。
「分かった。僕から胡蝶さんに打診しておくよ」
「お手数お掛けします」
「本当に君は」
どこか諦観を含んだ声音に顔を上げれば、そっと頬を撫でられる。
「片時もじっとしてないね」
淡い碧色の瞳を細めた泣きたくなるほど優しい笑顔がそこにはあって。
沙羅は改めて決意を固めるのだった。