第六話 誕生日
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それはもうすぐ八月を迎えようかという日の出来事だった。
稽古を終えて有須 沙羅がふとこんな事を訊いてきた。
「そういえば師範のお誕生日はいつですか?」
急にどうしたのか。そう思って問い正すが、
「普段お世話になっているので。お礼をするにはいい機会かと思っただけです」
と実に彼女らしい事務的な答えが、ポーカーフェイスと共に返ってくるだけだった。
これに対し無一郎は、別段落胆などはせず淡々と答えた。
しかしーー。
「そうですか。……もうすぐですね」
彼女が
その笑顔はまるで砂糖菓子のように甘くーー暖かく。
「ーーー。ねぇ、沙羅……」
そうして気が付けばーー
「そういえば師範のお誕生日はいつですか?」
さも今思い立ちました、みたいな顔をして沙羅は切り出した。
本当は知っている。何しろ推しの誕生日である。
しかし当然、本人にそれを悟られる訳にはいかない。
それに教えた覚えもない奴が、いきなり自身の誕生日を知っていたら、不愉快だし気味が悪い事この上ないだろう。
そんな訳で沙羅は訊く機会を伺っていた訳だが、如何せん彼は柱だ。
多忙を極めるためなかなか時間が取れず、結局はこんなギリギリになってしまった訳だ。
何とか当日を迎える前に訊けて、しかも準備期間も確保する事に成功出来て内心で安堵していると、徐ろに無一郎が口を開いた。
「ねぇ、沙羅……」
「はい」
「抱き締めてもいい?」
「え」
あまりにも唐突な申し出に一瞬何を言われたのか理解出来ず目を丸くしていると、此方の答えを待たず無一郎が腕を伸ばして沙羅の身体を抱き寄せる。
「…………。まだいいって言ってませんよ」
「うん。ごめん」
そう言いながらも、無一郎は放す気配がない。
「……君が好き……」
彼らしくない消え入りそうな小さな声で囁いて。
耳元で重たい溜息が聞こえてきた。
……色々と限界なのだろうか。
しかしだからといって、彼の想いに応える事は出来ない。
沙羅は彼を守りたいのだ。たとえ、この命にかえてでも。
ーーそれが、意味すること。
「……師範、もう諦めたらどうですか?」
「嫌だ」
強い語調で遮られた。抱き締める腕に力が籠もる。
こんな想いを抱えていても、お互い苦しいだけなのにーー
無一郎の腕の中、沙羅は静かに瞳を伏せた。