第五話 困惑
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ついでに夕食の買い物を済ませてから帰る事にした。
無一郎には先に帰るように促したが、一緒に行くと言ってきかない。
まぁいいかと諦めた沙羅だったが、まさかそれであんな事態を招く事になるなんて、思いもしなかったのだーー
正午過ぎの人里は活気に満ちていて、通りを歩くだけでも楽しかった。
「人多すぎ」
「楽しいじゃありませんか」
「楽しいの?」
「楽しいです」
「ふぅん。変わってるね」
「え……」
「有須 沙羅さん!!」
不意に会話に割り込んでくる声があった。
そちらへ目を向けると、一人の若い男性が何やら必死の形相で此方へ歩み寄って来るところだった。
年の頃は二十代前半といったところ。清潔感のある身なりの、なかなかの好青年だ。
しかしながら記憶を手繰っても、特に面識はないように思うが……。
怪訝な表情を浮かべる沙羅の前まで青年はやってくると、何やら小さな小箱を差し出してきた。
「これを受け取ってほしい!」
「え、あの……?」
「貴女の為に取り寄せた、特別な貝合わせです!俺と結婚してほしい!!」
「出来ません」
無一郎が口を出すよりも早く、最速で。コンマ一秒も考える事なく沙羅は断りを口にした。
男性のほうが事態が飲み込めず、「え……」と呆けている。
「お気持ちは非常に有り難いのですが、私には、果たさなければいけない誓約があります。故に誰かと結婚する気はありません。どうか私の事はお忘れ下さい」
未だ小箱を差し出した体勢のまま呆けている青年に対し丁寧に一礼をすると、沙羅は「師範、行きましょう」と促して歩き出した。
「ああいう事は、よくあるの?」
魚屋で新鮮な鮭を調達し、八百屋で野菜をあれこれ物色していると、不意にそんな事を訊かれた。
隣に目を向ければ、無表情ながらどこか不機嫌そうな横顔が目に映る。
……そういえば、告白されたのだっけ。
という事は、これはやきもちだろうか。
生前から殆ど男女交際なるものをしてこなかった沙羅にとって、こういう時に相手をどうケアすればいいのやら、さっぱり分からない(付き合ってないけど)。
少し考えてから、沙羅は慎重に口を開いた。
「ごく偶になら」
「ふぅん」
「即座に断っているので問題ありません」
「相手は逆上したりしないの?」
「する人もいますけど、私強いですから。その意味も込めて、問題ありません」
「…………」
大根と人参、牛蒡など必要な野菜をてきぱきとカゴに入れていく沙羅。
「おっ、沙羅ちゃん!来てたんだねぇ!」
「ええ。今日も新鮮なお野菜を提供して頂けて、助かります」
「こっちこそ!沙羅ちゃんみたいな美人が店にいると、客足も増えるってもんよ!」
カラッと笑って八百屋のおやっさんが沙羅の肩を叩こうとした、その時だった。
「触るな」
今まで聞いた事ない低い声音。おやっさんの呻き声に我に返ると、無一郎がその手を掴んでいた。
冷たく細められた両の瞳の奥には、何だか物騒な光がぎらついている。
「師範、やめて下さい……!」
慌てて止めに入るも、
「君は帰ったら説教だから」
「ええっ!?」
一体何が彼の地雷を踏んでしまったのか。分からないまま来た時と同様、無一郎に手を引かれての帰宅となった。