第五話 困惑
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「何ボーッとしてるの?」
気が付くと、至近距離で無一郎が不思議そうに首を
それは一昨日の事を彷彿とさせて沙羅を大いに焦らせたが、ここで隙を見せる訳にはいかないと、きゅっと表情を引き締めた。
「……すみません。少し考え事を」
「ふぅん」
ふと、無一郎の進行方向へ違和感を覚える。
「師範、どちらへ?霞柱邸はこちらの道ですよ」
まさかそんな事まで忘れてしまったのだろうかと不安になっていると、
「分かってるよ」
実にあっさりとした返事が返って来て。
「おいで。ご飯ご馳走してあげる」
「え……」
「一昨日のお詫びだと思ってくれたらいいよ」
ごくさり気ない動作で沙羅の手を引いて歩き始める無一郎。
動揺し顔に一気に熱が集まり、反射的に手を引っ込めようと試みた沙羅だったが、無一郎は素知らぬ顔で手を握ったまま放そうとしなかった。
こういう時、力の差を感じる。
こっちは力いっぱい振り解こうと頑張ってるのに、
向こうは涼しい顔してるの頭にくる……。
沙羅は溜め息を一つ。抵抗を諦めて大人しくついて行くことにしたのだった。
無一郎の行きつけらしい定食屋にやって来た。
二人並んでカウンター席に腰掛けると、無一郎がメニューを渡してきた。
「有り難うございます」
「何にする?」
「鯵南蛮定食か……ざる蕎麦天麩羅定食(茶碗蒸し付き)かで悩んでいます」
価格が同じなだけに、余計に悩む。
「じゃあ僕がざる蕎麦天麩羅定食を頼むよ。茶碗蒸しは君にあげる」
「え……そんなに食べられません」
「そうなの?」
「あっ……では、鯵南蛮定食に付いているふろふき大根を師範に差し上げます」
「うん」
笑った。無一郎が。瞳は相変わらずぼんやりとしているが、確かに嬉しそうに彼は微笑んだのだ。
その笑顔にトクンと胸が温かく疼いた。思わずこちらも笑顔になる。
ほんのりとはにかむ沙羅を見て、眩しそうに無一郎は目を細めた。
注文を済ませると程なくしてお運びの女性が持って来てくれた定食を前に、二人手を合わせる。
「頂きます」
まずは味噌汁に箸をつける沙羅。具はオーソドックスな豆腐とワカメであったが、味噌の香りの立つダシの効いた優しい味わいだった。
次に鯵南蛮。箸を通すと皮はパリッと、身はふっくらしており、甘酢の効いた野菜がシャキシャキと良いアクセントとなって、こちらもとても美味。
思わず、
「んまっ」
声に出していた。
それらをずっと横目で見つめていた無一郎は、至極満足そうに微笑んだ。
「美味しい?」
「はい。とっても」
「それは良かった」
コトン、と沙羅の定食の乗った盆の上に茶碗蒸しが置かれる。
「あ、そうでした。ふろふき大根をどうぞ」
代わりに沙羅も自分の盆からふろふき大根を取り、無一郎の盆へと乗せた。
「有り難う」
「いえ。此方こそ、茶碗蒸しを有り難うございます」
この時の沙羅は、無一郎の顔を直視出来なかった。
炭治郎達と出会い記憶を取り戻すまで、決して感情ののらないはずの瞳があまりにも優しく細められていて、その口元も微かに笑っていたからだ。
定食屋で沙羅は無一郎の顔を直視出来ず、ずっと不自然に視線を伏せる事になってしまっていた。