第十話 遊郭
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ーー5、上弦 堕姫
陽が傾きかけた空が花街全体を夕刻の
澄んだ橙色の光に沈むその街は、喧騒も活気もない静寂に満たされている。
嵐の前の静けさ。そんな言葉が脳裏をよぎる。
完全に暮れ落ちて空が濃い藍色に染まる頃には、街は極彩色の濃密な灯りに包まれて、
息をひそめて静かに脈打ち、その牙を剥く瞬間を待ち構えている鬼の動向に連動するかのように。
ーーあの戦いが、始まろうとしていた。
「花魁、お茶お持ちしました」
小さな白い手が盆の上にことりと湯呑みを置いた。鯉夏花魁は自らの禿である少女に穏やかな微笑を向ける。
「有り難う。もう支度はいいからご飯を食べておいで」
禿の少女達は、はーいと無邪気に返事をして、子供らしくぴょこひよこと跳ねるような可愛らしい足取りで部屋を出ていく。
「ご飯お先でーす」
「お先でーす」
その小さな後ろ姿を優しく見守っていると、少女達が障子からひょっこりと顔を出して、
「鯉夏花魁大好き」
「わっちも大好き」
つぶらな瞳をきらきらと輝かせて声を揃える。そんな少女達を見て、鯉夏花魁はごく優しく微笑う。
「はいはい。私も大好きよ。分かったから行きなさい」
「はーい」
花魁嬉しそうだったね、と少女達もまた嬉しそうに弾むような足取りで去って行く。
その姿を暫く見守ってから、鏡に向き直り、
「あの子達ったら⋯」
と、穏やかな笑みを零して、化粧や髪飾りの具合を確かめていた時だった。
「鯉夏さん」
背後から静かに声を掛けられて、振り返ると、そこには詰襟の黒い隊服に身を包んだ少年がいた。
その顔には確かに見覚えがあり、
「
思わず戸惑った声を漏らすと、少年は口を開いた。
「不躾に申し訳ありません。俺は“ときと屋”を出ます。お世話になった間の食事代などを旦那さんたちに渡していただけませんか?」
少年は懐から取り出した封筒を畳の上にスッと置いた。
「炭ちゃん⋯その格好は⋯」
凛々しい漆黒の隊服姿。
「訳あって女性の姿でしたが、俺は男なんです」
「あ、それは知ってるわ。見ればわかるし⋯声も」
ごく真面目な顔で語る少年に、さらりと返す鯉夏花魁。
少年は一拍間を置いて、ぽかんと怪訝そうな顔をした。
「男の子だっていうのは最初からわかってたの。何してるのかなって思ってはいたんだけど⋯⋯」
少年はまさかバレていたとは夢にも思っていなかったらしい。
「事情があるのよね?須磨ちゃんを心配してたのは本当よね?」
「はい!それは勿論です、嘘ではありません!いなくなった人たちは必ず助け出します」
まっすぐに語る少年の目は真剣で、そこに嘘の影は微塵もなかった。
「有り難う。少し安心できたわ。私ね⋯明日にはこの街を出て行くのよ」
「そうなんですか!!それは嬉しいことですね」
「こんな私でも奥さんにしてくれる人がいて⋯今本当に幸せなの。でも⋯」
そっと俯いた鯉夏花魁の白い美貌に、憂いの翳が射す。
「だからこそ残していく皆のことが心配でたまらなかった。嫌な感じのする出来事があっても、私には調べる術さえない⋯⋯」