第十話 遊郭
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それは炭治郎達が潜入する二日前、京極屋で起きた事だった。
「いい加減にして頂戴」
たった一つの光源である繊細な細工の施されたランプの濃密な赫い光に包まれて薄暗く沈む部屋の中、楼主の妻お三津が言った。
「何を?」
蕨姫花魁が問うと、その威圧感に押されながらもお三津は毅然とした態度で答える。
「うちから怪我人や足抜け、自殺する子を出すのをだよ。自殺した子はアンタが虐め殺したようなもんだろう。蕨姫」
蕨姫花魁はゆったりと顔をお三津のほうへ向けて。
「酷い事を言うわね、女将さん。私の味方をしてくれないの。私の癪に障るような子達が悪いとは思わないの?」
随分と手前勝手な言い分を、当たり前のように悠然と語る。
お三津は一瞬言い淀み、やがて意を決したように蕨姫花魁を睨んだ。
「今まで随分目を瞑ってきたけど度を越してるんだよ、アンタは⋯。庇いきれない」
シャランと髪飾りを鳴らして、蕨姫花魁が首を
「誰の稼ぎでこの店がこれだけ大きくなったと思ってんだ
ふいに一段低くなった蕨姫花魁の声がお三津の言葉を遮った。
忌々しさを隠そうともせず、下から上へ、掬い見るように冷酷な視線を浴びせてくる。
「⋯⋯⋯。ずっと昔」
と、怯えたような少しぎこちない声でお三津が切り出す。
「アタシがまだ子供の頃、聞いたことがあるのよ茶屋のお婆さんに。
物忘れが酷くなってたけど、ある花魁の話をした⋯。もの凄い別嬪だったけど、もの凄い性悪で、お婆さんが子供の時と中年の時にそういう花魁を見たって。
その花魁たちは“姫”ってつく名を好んで使って⋯気に食わないことがあると首を傾けて下から睨めつけてくる独特の癖があったって」
お三津の声は次第に大きくなり、感情的に震えだす。
「アンタ⋯何者なんだい!アンタもしかして」
後ろ手に隠していた包丁を握る手に力が籠もる。
「人間じゃ」
お三津の見据える先で、赫い薄明かりに沈む双眸が静かに光る。
「ないっ⋯」
言葉は途中で途切れた。
次の瞬間部屋はもぬけの殻で、気がつくと両者の身体は既に虚空にあった。
恐怖しもがく身体を帯が締め上げる。怯え歪む顔を両手で掴み覗き込んでくる。
「そういうことはね」
夜空に靡く長い黒髪の後ろで、華やかな帯が無数に蠢いている。
「気づいた所で黙っておくのが“賢い生き方”というものなんだよ。
今まで皆そうして生きてきた。お前は私が思っていたよりずっと、ずうっと頭が悪かったようだね。残念だよ“お三津”」
艶めかしい衣装に身を包んだ
見る者を圧倒するその美貌に浮かぶのは、大輪の花を思わせる形をした鬼の紋様。
くっきりとした二重瞼に収まるアーモンド形の大きな瞳はその眼球に、左側は“上弦”、右側には“陸”と刻まれている。
「そんなに怯えなくとも大丈夫さ。乾涸びた年寄りの肉は不味いんだよ。醜悪で汚いモノを私は絶対食べたりしない」
嘲笑を含んだ声で鬼は言う。恐怖から言葉にならない声を漏らすお三津の両の瞳に涙が溜まる。
「さようなら、お三津」
最後に無邪気ともとれる色っぽい声で鬼は甘く囁いて、ゆっくりと手を放した。
いつの間にか身体を拘束していた帯も外れて、お三津は地面へ向けて真っ逆さまに転落した。