第十話 遊郭
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部屋の前に置かれた盆の上で茶とうどんが温かな湯気を立てている。
穏やかなその光景とは対照的に、襖を一枚隔てた部屋の中には異様な光景が広がっていた。
部屋の中は異様に暗く、無数の帯が重なり合うように部屋中に張り巡らされ、その中に一人の女性が雁字搦めに捕らわれていた。
帯は意志を持っているが如く、女性の身体をぎりぎりと強く締め付ける。
女性は口元まで帯に覆われ、助けも呼べない。
「さぁさ、答えてごらん。お前は誰にこの手紙を出していたの」
問い掛ける声が部屋中に反響してわんわんと空気を揺るがせ、それは何重にも重なって耳いっぱいに響く。
屋敷の奥、窓は雨戸も障子もピッタリと閉ざれ陽も射さず、薄闇に沈んだ部屋の中。
「何だったかお前の名は」
薄闇の中不気味に蠢く唇が、言葉を紡ぐ。
「ああ、そうだ。“まきを”だ」
帯を締め上げ、詰問する。
「答えるんだよ、“まきを”!」
身体中を締め上げられる苦痛に耐えながら、まきをは懸命に思考を巡らせた。
情報を伝えなくては。他の二人とも連絡が取れなくなっている。
何とか外へ。あの人の所へ。天元様⋯⋯。
「また誰か来るわね。“荻本屋”はお節介が多いこと」
近づく伊之助の気配を察知して、帯が容赦なくまきをの身体をさらにきつく締め上げた。
「騒いだらお前の臓物を捻り潰すからね」
その言葉が脅しではない事を、まきをは知っていた。
こんな所で死ねない。天元様に、重要な情報をまだ何も伝えていないのだからーー!
至極悔しいが、まきをは口を閉ざすしかなかった。
廊下の角から部屋の様子を窺う伊之助。部屋の前に置かれた盆からあれが“まきを”の部屋だと判断する。
その部屋からは妙な気配を感じた。ぬめっとした気持ちの悪い気配だ。
今はまずい状況なのか。判断がつかず、部屋の外から暫く観察を続けて、伊之助は小さく舌打ちをした。
「ここで考えて何もしねぇのは、俺じゃねぇ!」
即座に駆け出して襖の取っ手を掴むと、勢いよく開く。
部屋の中は荒れ果てていた。敷きっぱなしの乱れた布団、鏡の割れた鏡台、窓の障子は夥しい数の張り紙で塞がれており、壁には鋭利な刃物で切り裂かれたような傷が無数に走っている。
ひゅうと駆け抜ける風を感じた。窓はきっちりと閉ざされているのに。
その時、天井裏に気配を感じた。
それが鬼だと確信した伊之助は、咄嗟に盆の上の器を掴み、鋭く投げつける。
「おいコラ、バレてんぞ!!」
器は中身をぶち撒けて、割れ落ちた。次の瞬間、バタバタと天井裏で暴れ回るそれ。
「逃さねぇぞ!!」
廊下の天井を伝って逃げる気配を追って、伊之助は走った。
どこに行く!?どこに逃げる!?天井から壁を伝って移動するか!?
よしその瞬間に壁を殴って引き摺り出す!!
呑気に廊下を行く女性達を押しのけ、部屋を突っ切り、廊下を疾走する。
「そこだ!!」
振り抜いた拳は、
「おおっ、可愛いのがいるじゃないか」
廊下の曲がり角からひょこり現れ、伊之助を見て表情を緩めた男性の顔面に直撃した。
「キャーーーッ」
「殴っちゃった⋯!!」
偶然居合わせた女性達が叫ぶ。
伊之助は男性もろとも壁を殴るが、巻き込まれた男性がクッションとなってその威力は大幅に削がれてしまった。
気配はそのまま壁を下っていく。
すかさず後を追うが、着物を着込んだ状態では気配を感じづらい。
「見失ったァァ、クソッタレぇぇ!!邪魔が入ったせいだ⋯!!」
悔しさのあまり伊之助は目を剥いて、ギリギリと盛大に歯噛みした。