第九話 華鬼と鏡屋敷
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ーー序
生い茂った木々に埋もれそうな坂道が、迂曲を繰り返しながら続いていた。
陽は大きく傾き、背後に聳える山の巨大な影がまるで覆いかぶさるように伸びてくる。
耳を澄ますと木立の微かなざわめきと下生えの揺らぐ音がする。
そして、ーー匂い。
熟しきった花果実のような酷く甘ったるくて、濁った匂い。
頭の芯が痺れるようにぼうっとして、思考力を奪われたみたいに何も考えられず、誘われるままただ足を動かす。
気が付くと、見知らぬ屋敷の前にいた。
表側は極めて美しいが、屋敷の裏手は断崖で、遥か下に激流の渦巻く河川があった。
「まさか、此処……!」
町で聞いた噂がある。
山奥の切り立った崖にぽつんと美しい屋敷が建っている。
そこは鬼の棲む迷い家で、一度足を踏み入れれば、鬼に魅入られ二度と戻れなくなるという。
ごくりと唾を嚥下した。
……大丈夫。戻れなくなるのは男の人のみで、私は
そう思うと少しだけ心が軽くなった。
改めて屋敷の方を見る。玄関の戸は開いていた。木製の連子格子に磨り硝子の入った戸だ。
恐怖心よりも好奇心が勝ってしまい、中へ踏み込むと、
瓦を敷いた広い土間と長い上がり
正常な思考力を奪われたみたいにさらに屋敷の奥へと足を踏み入れた。
玄関の三和土を抜けて廊下へ。磨かれた廊下は、艷やかな色をしている。
匂いに誘われるまま、長く、曲がりくねった廊下を進む。
ふらふらとした足取りで廊下を歩いていく姿が硝子戸に映る。
その硝子戸の反対側は障子が嵌められており、畳敷きの部屋へと通じている。
廊下から硝子戸の向こうに見える日本庭園には、淡く月灯りが射していた。
宵闇の中に植栽や灯籠が浮かび上がり、まるで一枚の絵画のような佇まいだった。
その絵画に溶け込むように女性が一人、静かに佇んでいる。
青白い肌の中にぽつりと咲いた紅い唇と、薄く紅い光を湛えた瞳。
月灯りを受けてどことなく緑色を帯びて見える長い黒髪。
人ならざるものであるからこその美しさなのだと、ぼうっとした頭で理解した。
思わずその絵に見蕩れてしまう。
もしあの美しさが人外のものが持つ妖しさなのであれば、自分はそれに魅入られてしまっているのかもしれない。
「可愛いお客さんね」
澄んだ声音で女性が言った。
少しタレ気味の大きな瞳に泣きぼくろが何とも色っぽい。
「こっちへいらっしゃい」
女性は淡く微笑んで、手招きをする。
おずおずと近づくと、女性は手を伸ばして頬に優しく触れてきた。
戸惑い息を呑む此方に構わず、女性は手を握ってきてーー
「貴女の爪はとても綺麗なのね。艶があって、形も良くてーー決めたわ」
何を……。何を言ってるの?急に雰囲気の変わった女性に、恐怖が込み上げる。
呼吸が浅く乱れていく。手を振りほどいて逃げ出したいのに、血が止まりそうなほど強く掴まれた手はびくともしない。
女性の指が皮膚に強く喰い込む。
「貴女の爪を私にちょうだい」
紅い唇が、禍々しく弧を描く。
「そうしたらーーお礼に美味しく食べてあげる」
気がつくと、声を限りに悲鳴をあげていた。