第七話 蝶屋敷
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空は高く蒼く、澄んだ陽射しを零し、山は午睡を貪る形。なだらかな稜線はこっくりとした緑色。
遠く鳶の鳴く声が鼓膜を掠めていく。
爽やかな秋晴れの午後だった。
午後の散歩へ赴いた無一郎の足は、気が付けば蝶屋敷へと向いていた。
なぜ此処へ来てしまったのだろう。特に治療しなければいけない怪我などない。
蝶屋敷の門前で無一郎はぼんやりと門を見上げる。
暫くの間そうしていると、
「あら?」
背後からふんわりとした綺麗な声がして、振り向けば今しがた帰宅したらしい胡蝶しのぶが、白面に上品な微笑を漂わせて此方を見ていた。
「時透さん、どうしましたか?」
問われたのは至極当然の疑問なのだろうが、どう答えていいのか分からない。
しかしそんな無一郎を見ても、しのぶは心得た様子でくすっと軽い笑みを漏らした。
「どうぞ。上がっていって下さい」
「有り難うございます」
ーー微かに風が吹いている。
忍びやかな音を聞きながら無一郎は縁側で、出されたお茶を一口飲んだ。
熱い液体が喉を通り、人心地ついて、庭を眺めた。
縁側から見渡せる日本庭園は手入れが行き届いており、無数の蝶がふわりふわりと淡く舞って、まるで一枚の絵画のようにいつ見ても美しい。
ぼんやりとその様子を眺める無一郎の隣、しのぶが話を切り出した。
「沙羅さんにお渡しした髪飾りの事ですね?」
唐突に核心を突かれて、無一郎は少しばかり驚いた様子でしのぶを見た。
しのぶの様子はいつもと変わらず、白面に柔和な笑みを漂わせて穏やかに此方を見ている。
「…………。どうして沙羅に髪飾りを?」
言葉は自然に口から零れた。
「深い意味はないのでお気になさらないで下さい……と、言いたいところですが」
「意味はあるんですね」
無一郎の言葉にしのぶが頷く。
「沙羅さんは強く優秀な方です。……ですが同時に繊細で優しく、他人にのめり込みやすい側面もあるように見受けられます」
「そうですね」
「沙羅さんご自身は気が付いてないようですが、恐らくあれが沙羅さんの本質ではないかと思います」
「…………」
「加えて彼女は、生き急いでいるようにも見えます。切迫する思いに突き動かされるように、強さを求めて足掻いている。
その思いの根源が何なのかまでは、私にはわかりませんが……」
それは無一郎も感じていた事ではあった。
「このままではいつか、折れてしまうのではないかとーー」
「だから髪飾りを渡した?」
此方の問いに、しのぶは憂いの翳りを帯びた笑みを浮かべて頷いた。
「そうですね。沙羅さんの心が折れてしまった時、此処を訪れてくれたら……この蝶屋敷が、せめて沙羅さんの心の拠り所となれるよう願いを込めて渡したのは事実です」
「………」
「そして時透さん、沙羅さんの心が折れてしまわないよう導くのが貴方の役目です。
どうか沙羅さんをより良い方向へ導いてあげて下さい」
しのぶは憂いを帯びたーーけれど優しい笑顔でそう言った。
無一郎は俯けていた顔を上げて、しっかりと頷いてみせた。
くっきりとした二重瞼に収まる淡い碧色の瞳に、強い光を宿らせて。
【宵の呼吸】の斬られ心地
「気づいたら死んでる」
「痛みを感じる間もなく死んでる」
「異国の人形みたいな綺麗な顔に油断してたら一瞬で死んだ」
「弾幕が、わぁ〜綺麗〜と思った次の瞬間には死んでたよ」
「あれはあれで容赦ねぇよな」